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一週間後の話(2)



 翌日、私はルーナと共に王宮へと向かいました。

 一応ルーナにも聞いてみたのですが、オズウェル様の予定については、アルチーナ姉様とほぼ同じことを教えてくれました。

 ……ルーナも、どうしてそんなに詳しいのですか?

 私は助かりますけれど。



 首を傾げている間に、馬車は王宮に到着しました。

 東棟はいつも通りに威圧的で、でも私たちの姿を見た途端に騎士様たちは笑顔で中に通してくれました。


 すぐに、いつも私たちを案内してくれる若い騎士様が駆けつけてきます。

 でも、珍しく困ったような顔をしていました。


「奥方様。大変申し訳ありませんが、閣下はまだ会議が続いておりまして……。閣下の部屋でお待ちください」


 そう言いながら、侯爵様の執務室の扉を開けました。

 いつも複数の騎士様がいらっしゃる部屋は、今は誰もいません。見通しが良過ぎて、こんなに広かったのかと驚いてしまいます。


 若い騎士様は、部屋の隅にあるテーブルの椅子を美しい動作でひいてくれます。

 そこに座りながら、ふと思いついたことをお願いしてみました。


「あの……少し伺いたいことがあるのですが」

「何でしょうか」

「騎士様方の名簿のようなものはありますか?」

「ありますよ。もちろん閣下も載っています! あ、ご覧になりますか?」

「私が見ても大丈夫ですか?」

「もちろんです。貴族なら見ることはできますよ。まして、あなたは閣下の奥方ですからね。えっと……ここにはないですね。すぐに持ってきましょう」


 若い騎士様はそう言って、私が何か言うより先に、あっという間に部屋を出て行ってしまいました。

 お礼も何も言えませんでした。

 騎士様は本当に動くのが早いんですね。




 若い騎士様は、すぐに分厚い名簿を持ってきてくれました。

 テーブルの上には、他にも何冊かの冊子があります。

 オズウェル様のお名前があるという戦功記録が何種類かと、数年分の武術大会の記録だそうです。

 武術大会の記録は、どうやら女性向けのようですね。

 ちらりと中を見ましたが、少し美化したような凛々しい騎士様たちの絵がたくさん入っていました。


 ……白状すると、そちらもとても気になります。

 でも、今はアルチーナ姉様に任されたお手紙が優先です。

 持ってきていた差出人の一覧を広げ、騎士名簿をめくっていきました。


 騎士名簿には、騎士様のお名前とともに、出身地や家名も書かれています。

 目的の家名を探しているうちに、思っていた以上に王国軍の騎士様たちの出身が多様であることに驚いてしまいます。

 そしてお姉様の予想通り、お父様が覚えがないとおっしゃったというお祝いの手紙をくださった方々は、確かに騎士様方のご出身の家のようでした。


 でも、用意した名簿に並ぶ人数はまだ多く、騎士名簿は分厚くて。

 私はいつの間にか、作業に没頭してしまったようでした。






 コンコン、と何か叩くような音がしました。


 一瞬遅れて顔を上げると、開け放った扉にもたれかかるように、グロイン侯爵様が立っていました。

 右手は、まだ扉を叩いた時のままです。

 そして左手には、お茶の用意をしたお盆を持っていました。

 私が慌てて立ち上がろうとすると、手の動きでそれを制します。

 それから扉は閉めないまま、私がいるテーブルのところに歩いてきました。


 一歩近付くたびに、腰の剣が硬い音を立てています。

 テーブルのすぐ横まで来ると、一瞬足を止めて私の手元を見ました。それからテーブルにお盆を置き、空いている椅子を静かに引いて、座りました。

 目の高さが、ほとんど同じになります。

 光沢のある金属のような目は柔らかく緩み、優しく微笑んでくれました。


「待たせてしまったようだな」

「……あ、あの、お邪魔しています。侯爵様」


 落ち着いた低い声に、私は一瞬聞き惚れていました。でもなんとか我に返って言葉を返します。

 侯爵様は、わずかに眉を動かしたようでした。

 でも、すぐに表情を元に戻してまた微笑みかけてくれました。


「一週間ぶりくらいか。お元気そうだな」

「はい。……あの、もっと早く伺うつもりだったのですが、いろいろ忙しくて」

「だいたい予想はできる。曰く付きの高位貴族家同士の婚儀に、ハーシェルやローヴィル公爵夫妻まで来ていたのだからな。貴族たちの間では話題になっていると聞いた」


 侯爵様はそう言ってから、改めて私の手元を見ました。


「本当に、騎士名簿だけを見ているのだな」

「……え?」

「何種類か、記録冊子が一緒に差し入れられていただろう? 外の連中は、あなたが何を一番熱心に見るかを賭けていたようだ。それなのに、あなたは様子を見に来ていることにも気付かずに騎士名簿を見ていたと残念がっていた」


 ……それは。

 ずっと扉が開いていたことは知っていました。

 でも、誰かが通っていたことも、誰かにこの姿を見られていたことも、全く気付いていませんでした。何だか急に恥ずかしくなってしまいます。

 そんな私を見て、侯爵様は少し申し訳なさそうな顔をしました。


「悪く思わないでやってくれ。騎士は時に子供のようなことをする」

「……あの、それは構いません」


 私は、やっとそれだけを言いました。

 顔はきっと真っ赤になっていることでしょう。熱くなっている頬を両手で押さえていると、侯爵様はわずかに目を逸らしたようでした。



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