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(47)エレナの攻勢



 アルチーナ姉様の婚儀は、無事に終わりました。

 ほっとする間もなく、賓客たちを招いての広間での宴が始まりました。


 私の時と同様、一部で微妙な空気がある気がします。でも概ね、今日は賑やかで楽しげなものになっていると思います。

 やっぱり、祝宴はこうでなければいけません。

 祭壇の前での婚儀は荘厳な雰囲気でしたので、今の気楽な騒がしさは心地よく感じます。楽しげな音楽もいいですね。


 でもグロイン侯爵様は、私の隣で軽く葡萄酒に口をつけただけで、後は手早く食事をして席を立ってしまいました。


「悪いな。これから軍本部に戻らねばならない」

「視察の報告なんて、お前の副官に任せればいいのだよ。高位貴族の軍人は皆そうだから、連中も慣れているぞ」

「俺はその押し付けられる方を長くやったから、苦労を知っているんだよ。貧乏性と笑いたければ笑えばいい」

「笑いたいが、奥方に嫌われたくないからやめておこう」


 廊下まで見送りに来たハーシェル様は、私を振り返って笑いました。

 ……お酒が入っているせいか、やけに色っぽいですね。お願いですから、うちのメイドたちに手を出したりしないでくださいね?


 そんなことを考えていたら、ハーシェル様は私の背中をポンと叩いて、持っていた葡萄酒を飲みながら宴の席に戻っていきました。



 廊下にいるのは、グロイン侯爵様と私だけ。

 使用人たちは私たちを見ると、慌てて背を向けていきます。いつまでもここに立っていると仕事の邪魔になってしまいますね。早めに移動しましょう。

 私はそっと伸び上がり、豪華な上着を脱いだ侯爵様に囁きました。


「着替えていきますか? 部屋に行けば侯爵様の服もありますよ」

「あの部屋に入るのはやめておく。長旅の後の体には誘惑が多すぎる」

「誘惑に乗ってお休みになってもいいんですよ? 寝台をお使いください。私、疲れている侯爵様を襲ったりしませんから」


 少し体を寄せながらそう言って笑うと、侯爵様はわずかに顔を強張らせたようでした。


「……男を誘惑するのはよくないぞ」

「よかった! ちゃんと誘惑になっていたのですね!」


 本当は、少しドキドキしていました。

 でも成功だったようです。嬉しくなって、さらに思い切って上着を抱える腕に触ってみました。


 厚手で豪華な織りの上着と違って、絹のシャツは柔らかくて滑らかで、触れると肌の温度がしっとりと伝わります。そっと手を滑らると、侯爵様の腕の形がはっきりとわかりました。

 私のような痩せた腕とも、アルチーナ姉様の柔らかな腕とも違う、体を鍛えた男性の腕です。


 絹の下はどんな感じなのでしょう。

 肘のあたりでこれなら、上腕は、肩は、どんな風になっているのでしょう。

 ふと興味に負けて、侯爵様の肩へと手を滑らせていました。


 その手を、大きな手がぎゅっと包み込みました。はっと我に返った時には、私は少し押し離されていました。


「ネイラ殿。着替えを持ってきてもらえるか」


 侯爵様は廊下の向こうを見ていました。

 振り返ると、いつの間にかネイラがいました。私が羞恥に赤くなっている間に、ネイラはすすっとやってきて恭しく着替えを差し出しました。


「すでに替えはご用意しております。こちらの部屋でお着替えください」


 ネイラは私を見ずに、近くの部屋に案内していきます。

 自分の衝動的な行動と、侯爵様の反応に戸惑ってしまい、私はしばらく立ちすくんでました。でも、いつまでもぼんやりしているわけにはいきません。

 遅れて動きましたが、部屋の前まで来た時には侯爵様は着替えを終えていました。



 やや気楽な服に変わった侯爵様は、私にちらりと苦笑を見せ、そのまま玄関へと歩いていきます。

 侯爵様本来の、大股の歩調です。


 私はその後を、ほとんど走るように一生懸命に追いかけました。



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