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(41)企みの仕上げ



 アルチーナ姉様が真っ直ぐに顔を上げたのは、しばらく経ってからでした。


 完全にすっきりした姿で、いつものお姉様です。私の差し出したハンカチを握りしめていた姿が幻だった気がしてきます。

 それを待っていたのか、ローヴィル公爵夫人はロエルとアルチーナ姉様を見ながら微笑みました。


「あなたたちはお部屋に戻って、このお茶を召し上がってはいかが? お互い、いろいろお話しすることがあるでしょう?」

「そうですね。もしお許しいただけるのなら、僕はそうしたい」


 まだ少し赤い目をしたロエルは、照れたように笑います。

 アルチーナ姉様はちらりと私を見ましたが、つんと目を逸らしました。


「そうね。喉が渇いてしまったから、失礼させていただきたいわ」

「いいわね。素直なのが一番よ。……あとの事はメリオス伯爵とゆっくりお話しさせていただくから、また日を改めてお会いしましょうね」


 ローヴィル公爵夫人は慈愛深く微笑みます。

 でもお父様の名前を出した瞬間は、ハーシェル様を思わせるような鋭い光が目に浮かんでいました。




 アルチーナ姉様とロエルが退室し、応接間にはローヴィル公爵夫人とハーシェル様とグロイン侯爵様、それからお父様と私だけになりました。

 お姉様がいた席にお父様が座り、グロイン侯爵様は窓際の椅子に座っています。


 メイドたちも、お父様の指示で全員外に出されました。

 お父様も、ローヴィル公爵夫人も、とても穏やかな微笑みを浮かべています。でも、空気がどこかぴりぴりしていました。

 ……私、この場にいていいのでしょうか。


「さて。今日は驚くことばかりで、私の心臓が持ちそうにありませんよ」


 まず、口を開いたのはお父様でした。

 いかにも人の良さそうな笑顔ですが、目は笑っていません。


「実は、今日はレイマン侯子様の訪問の話をいただく前に、陛下がアルチーナのことを話題にしてくださいましてね。いったい何のことかと思いましたが、先ほどやっと得心が行きました」

「ほう? いったいどんな話でしたか?」


 話に乗ったのは、ハーシェル様でした。


「今にして思えば、何を意味しているのか明らかですが。……結婚申請書の期日より、挙式を早めても良いのだぞ、と」

「なるほど! それは良い案ですね。さすが我らが陛下だ!」


 ハーシェル様は、いかにも名案を聞いたかのように身を乗り出しました。

 でも、これももちろん演技です。昨日ハーシェル様が口にした通りの企みが、そのまま実現しているのですから。


 それにしても……何という早さでしょう。

 私が王宮の軍本部を離れてから、まだ一日経っていないのに、もう国王陛下まで動かしてしまったなんて。

 お姉様のために動いてくれたことが嬉しく、でも、気楽に言葉を交わしてくれる方々の力が恐ろしくもあり。そんな感情ができるだけ顔に出ないよう、私は自分の膝に目を落としました。


 ……そういえば。

 今日のドレスは私に似合う色だったでしょうか。


 まだ私に合わせた新しいドレスが仕上がっていないので、今日のドレスもアルチーナ姉様用だったものです。開きすぎていた襟元をリボンとレースでごまかしていますが、おかしくないでしょうか。子供っぽくなっていないでしょうか。


 アルチーナ姉様が何も言わなかったから、特に変ではないと思いますが、でも最近のお姉様はあまり余裕がなかったので、私にまで気が回らなかっただけかもしれません。

 ローヴィル公爵夫人にお会いするのに、ふさわしかったでしょうか。

 ……グロイン侯爵様は、どう思っているでしょうか。


 斜め前の、一人掛けの椅子に背を預けている侯爵様を見ました。

 王国騎士団の制服を着たお姿は、美麗さはあまりありません。剣を外して椅子に立てかけているだけなのに、とても威圧的です。

 でも、侯爵様はそれでいいのだと思います。王国軍の軍団長という存在は、有事には王国軍に加えて諸侯の私兵も編入した大軍を指揮するのですから。


 国王陛下はこの方を軍団長にするために侯爵位を与え、さらに箔付けをするために伯爵家の娘との結婚を勧めました。

 だから私が妻でも問題はないのだと思いますが……やっぱり私にはもったいない方です。いまだに成り上がりなどと見下す貴族が多いのは視野が狭すぎると思います。



 こんなに優しくて、素敵な方なのに。




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