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(30)アルチーナの秘密



「お姉様。あの、お話とは……?」

「特には何もないわよ。雨が降るだけでも嫌なのに、見張られるのはうんざりしていただけ」

「……そうです、か?」

「いくら私だって、いまさらおかしな事なんてしないわよ。でも、お母様は疑い深いのよね。エレナがいれば大丈夫と思っているみたいだけど」

「そ、そう……なのですか?」

「まあ、自業自得とも言うわね。私は後悔はしていないけれど」


 アルチーナ姉様は鼻の先で笑ったようでした。

 その目は、でもいつになく真剣で、私は何と言えばいいかわかりません。いつも通りにわがままで、いつも通りに不機嫌で、でもどこかいつものお姉様とは違う気がします。


 お姉様は向かいに座ってはいますが、私には目を向けていません。

 会話を拒んでいるのは伝わります。

 どうやら、私はここに座って、お茶を飲んで、お菓子を食べて、気が向いた時だけ話し相手を求められているようです。


 ……ヒヤヒヤしながらご機嫌を探るより、まし、でしょうか?

 今日は特に予定はないし、お菓子も美味しいので特に問題はないのですが。



 空になったカップに、自分でお茶を注いで、お姉様はどうだろうかと目を向けて。

 外を見ているお姉様の横顔が、何だか顔色が悪いことに気付きました。


 お化粧をしているから、すぐには気付けなかったようです。でもそう言う目で見ると、お姉様がベストの状態より明らかに痩せていることにも気付きました。

 体重管理にしては、痩せすぎていませんか?

 そういえば、リザたちは食欲のなさを気にしていました。


「アルチーナ姉様、やはり体調が良くないのでは……」

「うるさいわね。ちょっと黙っていて」


 お姉様に不機嫌そうに一喝されてしまいました。

 でも、その声はやはりいつもと違います。余裕がないというか、切羽詰まっているというか……。


 おろおろしていたら、お姉様が口元に手をやりました。

 持っていたハンカチを鼻と口に当てています。そのまま立ち上がり、ふらふらと隣の小部屋の扉へ向かいます。慌てて私も付き添いました。

 私の方が小柄で痩せているので、支えとしては頼りありませんが、何とかお姉様を洗面台の前までお連れすることができました。


「お姉様、やっぱり医者をお呼びしましょう」


 ひどく気持ちの悪そうなアルチーナ姉様の背中を撫でながら、私はそっと囁きました。

 苦しそうなお姉様は、でも少し収まったのかスッと背筋を伸ばし、私の手を払い除けました。


「いらないわ」

「でも、病気なら放置しないほうが……!」

「病気じゃないわよ」


 お姉様は口に当てていたハンカチをおろし、乱れかかっていた髪を優雅に払い除けました。


「妊娠しているだけだから」


 それだけ言うと、お姉様は優雅な足取りで部屋へと戻っていきました。

 私はその後ろ姿を呆然と見送り、すぐに慌てて追いかけました。


「あの、今のは……!」

「静かにしてよ。お父様とお母様には知られたくないのよ」

「は、はい、ごめんなさい! ……でもっ!」


 元の椅子に座ったお姉様のそばに立ち、私は改めて部屋を見回します。

 部屋にいるのは、私とお姉様の二人だけ。でも、扉の向こうにはリザが控えているでしょう。大きな声は出せません。


 ごくりと息を飲み、私は身を乗り出して声をひそめました。


「……本当に、妊娠、しているのですか?」

「間違いないみたいね」

「あの……聞いていいかわからないのですが……その……」

「父親はロエルよ。言っておくけど、ロエルとのことが決まってからはわきまえていたわよ。でも……時すでに遅しってことね」


 お姉様は何でもないことのように話します。

 でも、私の顔は見ていません。

 どこか怒ったような横顔を見ながら、私はじわじわと現実であることを思い知ってしまいました。


「このことを知っているのは……」

「まだ誰にも言っていないわ。もともと月経は不順な方だから、メイドたちにもまだ気付かれていないはずよ」

「……ロエルも知らないのですか?」

「言っていないもの」

「で、でも、お姉様のそのご様子では、これからの行事は……!」

「平気よ。ちょっと吐き気がするだけだから。それで駄目になるのなら、初めから駄目だったと言うだけよ」

「お姉様っ!」


 私はお姉様の手をにぎりました。

 流石に驚いたのか、アルチーナ姉様がようやく私を見てくれました。



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