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(21)グロイン侯爵邸



「……お姉様。ハーシェル様はお嫌いですか?」


 グロイン侯爵の屋敷に向かう馬車の中で、恐る恐る聞きました。

 色鮮やかな外出用のドレスを着たアルチーナ姉様は、いつにも増して美しくて傲慢そうです。果たして見た目通りに傲慢な仕草で、ふうと息を吐きました。


「嫌いではないわ。好きでもないけれど」

「アルチーナ姉様は、高位のご出身の方はお好きだと思っていました」

「高位の方は好きよ? でもあの方はロエルではないし、始めから敵意を向けてくる人に好意的でいられるほど、心が広くもないのよね」


 お姉様なら、きっとそうでしょうね。

 思わず納得していたら、窓の外に騎馬が見えました。馬車と並走しています。


「あ、ハーシェル様です。迎えに来てくれたみたいですよ」

「ふうん、さすがに手回しはいいようね。やっぱり敵に回すべきではないわね」


 ……まさかとは思いますが、敵に回す予定があったんですか? さすがにないですよね。

 深く考えるのを放棄した私は、外を見ました。目が合うと、ハーシェル様は軽く手を上げ、そのまま指先で前方を示します。

 窓にかかっていたカーテンを開けて、頭を出すように前を見ました。



 王都といっても、その範囲はかなり広いと聞きますが、今、馬車が走っているあたりは驚くほど長閑な区域でした。まるで地方都市に来たような農地が広がっています。

 ただし、芋や麦のための農地ではなく、ほとんどが果樹園のようで、一定の間隔で低めの木が整然と並んでいました。

 でもハーシェル様が指さしたのは、そのさらに前方。

 果樹園の向こうに鬱蒼とそびえる、古そうな建物が見えました。


「さすが、古い時代のものね。いろいろ内装を変えないと、憂鬱になりすぎてとても住めないわよ」


 お姉様も窓から見たようで、のんびりとつぶやいていました。





「えー、こちらが主階段でございまして、この先に当主ご夫妻用のお部屋がございます。今はまだ外装で手一杯でございますが、近いうちに内装整備も始めることができると思っております。はい」


 管理人を任されているという白髪の老人が、私たちに先立って案内しています。

 年齢のわりにしっかりとした足取りで、ドレスを着た私たちの方が遅れそうでした。


 大きな玄関と巨大な吹き抜け。

 やや奥まったところにある階段は予想していたより広めでしたが、お姉様がおっしゃっていたように、建物全体が窓が小さい所が多く、私たちの到着に合わせて鎧戸を開けてくれていますが、まだ暗く感じます。


「こちらが奥方様のお部屋でございます」


 そう言って重そうな扉を開けてくれましたが、中を覗き込んだアルチーナ姉様はうんざりしたようにため息を吐きました。


「ねえ、最後にここに住んでいたのは、おばあさんだったのではないかしら?」

「よくご存知で」

「わかるわよ。この暗い色のカーテン! いくらなんでもこの色はないわ!」

「でも、お姉様、この布はとても上質なものですよ」

「いくら質が良くても、若い女性の部屋には無理よ。エレナは若いけれど、こんな部屋にいたら幽霊みたいになっちゃうわよ」


 自分が住むわけではないのに、お姉様は辛辣です。


「でも、この古いカーテンがあるから重厚な雰囲気が増していますし……」

「まあそうね。吹き抜けと廊下と応接間に関しては、このままでも悪くないと思うわ。でもこの部屋だけは論外。エレナ、こういうことは遠慮してはダメよ。壁紙も替えるか、壁掛けに凝るか、どちらかにすべきね」

「ふむ、なるほど。一理ある」


 容赦のないお姉様の言葉に、ハーシェル様は何故か真顔で頷いています。

 ……えっ? ハーシェル様、納得しているのですか?


「私も内部に入ったのは二回目だが、やはりかなり手を入れる必要があるな。オズウェルに言っておこう。アルチーナ嬢も、なかなか有意義なご意見をありがとうございます」

「お役に立てて光栄ですわ。ハーシェル様」


 ハーシェル様が丁寧に礼をして、アルチーナ姉様も優雅に微笑みます。

 そうしていると美しいお二人は一幅の絵のようです。


 もしこの場にロエルがいたら、嫉妬に悲しそうな目をしていたでしょう。私も、もしかしたらお姉様が浮気をするのではないかとハラハラしてしまいます。



 でも、本当に幸いなことに。

 帰りもハーシェル様は馬車の警護を買って出て下さったというのに、アルチーナ姉様は少しも嬉しそうではありませんでしたし、ハーシェル様も私にしか笑いかけてくれませんでした。


 ……平和でよかったです。



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