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(19)ハーシェル



 応接間で待っていたのは、本当に騎士の制服を着たハーシェル様でした。

 私が部屋に入ると笑顔で立ち上がり、丁寧な礼をしてくれました。


「ご機嫌よう、奥方殿。突然押しかける非礼をお許しください」


 そう言いながら、ちらりと壁際に立つルーナを見やります。つられて目を向けると、元気なメイドは誇らしそうに胸を張りました。


 やっぱり、ルーナが原因のようですね。

 ……あなたの伝手、大物過ぎますよ!



「エレナ、早く座りなさい。レイマン様にご用件を伺えないでしょう?」


 頭が動かない私を促したのは、アルチーナ姉様でした。


「ご機嫌よう、レイマン様。父も母も不在ですので、私が妹と同席させていただきますわね」

「これは、アルチーナ嬢。今日も大変にお美しい。しかしご覧の通り、今は軍人として来ています。家名ではなく、ハーシェルとお呼びください」


 いつの間にか、アルチーナ姉様も応接間にいました。

 当然のように割って入り、私を座らせて自分も隣に座ります。ハーシェル様も微笑みながら向かいにいます。

 ……が。なぜか肌がピリピリするというか、和やかな空気とは少し違うような……。


「そう言えば、アルチーナ嬢は近く正式に婚約なさるとか。おめでとうございます、と今回は申し上げてよかったかな?」

「もちろんですわ。妹のおかげで、今度こそ幸せになれますもの」


 ……ん?


「その幸せ者の婚約者殿は、今日はいないのですね。一度、ゆっくり挨拶をしてみたかったのだが。それとも第二軍の制服を見るだけで怖気付いてしまうから、控えるべきですか?」


 ……んん?


「あら、ロエルは優しい人ですが、腰抜けではありませんわよ? 今日の話を聞いたらきっと残念に思うはずですわ。レイマン様がこんなに急にお見えにならなかったら同席できたのに、と」

「どうか、家名ではなくハーシェルとお呼びください」

「これは失礼しました。なんだか目の前に家名がチラついている気がして、うっかりしてしまいましたわ」


 ……えっと……?


 二人とも微笑んでいますし、流れるような会話をかわしているのですが。肌がピリピリどころか、胃のあたりがきゅっと痛くなって来ました。一体何があっているのでしょう。

 でも永遠に笑顔の会話を聞いているわけにはいきませんから、私は思い切って口を挟むことにしました。


「ハーシェル様。わざわざお見えになった理由を伺ってもいいですか?」

「……あら、これからが楽しいのに」


 横でお姉様がつぶやいていますが、無視します。


「メイドに伝言を頼んでいましたが、その件でしょうか。それとも他に、直接お話しいただくようなことがあったのでしょうか」

「ああ、失礼。姉君とのお話に、つい夢中になってしまいました」

「光栄ですけれど、私にはロエルがいることを忘れないでくださいませ」

「あいにく私は、他人のものを欲しがる悪癖はありませんので」


 話が戻りかけたのに、また混乱しかけていますね。

 この二人の言葉に、いちいち棘があるのはなぜでしょう。


「こほん」


 内心頭を抱えながら、大袈裟に咳払いをしました。

 それでやっと、ハーシェル様はお姉様から私に目を戻しました。


「そうそう、オズウェルのことでしたね。彼に、手紙を送りたいと」

「はい」

「恋文ですか?」

「えっ? まさか! そんな失礼なことはしません! お聞きしたいことがあるだけです!」

「恋文は失礼ではありませんよ? 姉君もそう思いますよね?」

「さあ、どうかしら」

「そ、それで送り先を正確に知りたいのですが! 部外秘だったら諦めますっ!」


 また混乱しそうだったので、私は強引に話を進めました。

 ハーシェル様は面白そうな顔をしましたが、すぐに真顔に戻して体をやや前にのり出しました。


「特に秘密にすることではありませんよ。でも、手紙を送るのなら私が預かりましょう」

「え?」

「普通に手紙を送るとなると、それなりに日数がかかってしまいますからね。返事まで待っていたら、向こうの状況によってはオズウェルの帰還の方が先になってしまいます」

「……それは、そうかもしれませんが」

「私が直接預かれば、特権を濫用してもっと早くお届けできます。替え馬を使えば、まあ三日か四日くらいかな。私は彼の代理ができますから、内容によっては入れ替わりに帰還させることもできますよ」


 実現すれば、早そうだし話も複雑にならないでしょうし、魅力的な提案ではありますが。それは……ありなのですか? いや、そこまでしていただくような内容ではないですよね。


「つまらない用件ですから、流石にそれは」

「しかし、奥方がわざわざ王宮まで問い合わせに来るほどのことでしょう?」

「本当に大したことではないのです! その、侯爵様がお持ちの屋敷を見てみたいというだけでっ!」

「屋敷?」


 ハーシェル様が首を傾げました。

 やや考えてから、問いかけるようにお姉様に目を向けます。もう飽きてしまったのか、アルチーナ姉様はお茶を飲んでいましたが、つまらなそうに肩をそびやかしました。


「エレナは、遠くない時期にこの屋敷を出る予定ですから、住み心地の良い家を探しているだけですわ」

「……詳細を伺ってみたいが、今はやめておきましょう。しかしそういう話なら、もっと簡単に解決できますよ。奥方は、すでにグロイン侯爵邸の鍵をお持ちのはずだから」



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― 新着の感想 ―
[一言] 誰も彼もが主人公を蔑ろにしていいと思っている事に、私1人が泣きそうなくらい怒っていて虚しい。それについて主人公でさえ気にしていなくて、そのことが悲しくて寂しい。
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