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(18)来客



 私は無趣味な人間です。

 もともと不器用ですが、勉強のために趣味に没頭するような余暇が少なかったことも影響したかもしれません。

 その勉強は、アルチーナ姉様用の宿題に対応できるようにするためのもの。前倒しで高度な学習をしていましたが、王家に嫁ぐわけでもないので不要な知識です。

 ……いや、私の夫は、国王陛下の信頼が厚い侯爵閣下でした。ということは、詰め込まれた知識は無駄にはならないかもしれません。

 人生とは、何が幸いするかわからないのですね。



 こんな感じで、長く勉強漬けだった私ですが、ぎりぎり趣味と言えなくもないことが、一つだけあります。

 それが押し花です。

 アルチーナ姉様に「お願い」されて、でも見つけた頃には興味を失われて、行き場のなくなった四つ葉のクローバーたち。そんな時は押し花にしていました。


 出来上がった四つ葉の押し花は、よく読む本に挟んでおきます。

 特に美しく仕上がったものは、きれいな紙に貼ったりもしました。飾ると和みますし、雲行きが怪しくなったアルチーナ姉様にしおりとして差し上げると喜んでもらえます。

 お姉様は四つ葉のしおりを収集する趣味はありませんから、機嫌の良い時にロエルとかメイドたちとかに配っていたようです。


 もったいないの一心というか、必要に迫られて始めたことですが、他にも、庭で見つけた野草とか小さな花とか、そういうものも簡単な押し花にしています。こちらはたいして美しくはないし、紙に貼るほどの出来でもないことが多いですね。本当に、私が一人でひっそりと楽しんでいます。


 ルーナに王宮の軍本部に行ってもらっている間も、少し前に挟んだまま忘れていた押し花を取り出していました。

 庭の野草と、アルチーナ姉様から分けてもらった薔薇の花びら。他にもいくつか。どれも、まだ私がロエルと婚約していた頃に仕込んだものです。


 そういえば、私はもう既婚者でした。

 ……ほんの数週間でずいぶんと人生が変わってしまいました。この押し花を仕込んだ頃の私に話しても、絶対に信じてもらえないでしょう。



 なんとなくため息を吐いた時。

 屋敷の敷地に、馬車が入ってくる音が聞こえました。

 窓を開けていると、この部屋はそういう音もよく聞こえます。今はお客様が訪問する時間ではありませんから、きっとルーナが帰ってきたのでしょう。


 片付けついでに押し花をお気に入りの本に挟んでいると、慌ただしい足音が聞こえました。

 家族に廊下を走るような人はいませんし、使用人たちは皆教育が行き届いているはず。珍しいことがあるものだと考えていたら、今度は激しく扉を叩く音が聞こえました。

 私が返事をする前に、誰かが入ってきました。


「お、お嬢様っ! すぐに来てくださいっ!」

「ネイラ? どうかしたの?」


 血相を変えて駆け込んできたのは、ネイラでした。

 何か大変なことがあったのかと、私は緊張しながら立ち上がりました。

 お父様が怪我をしたとか、お母様が倒れられたとか、よくない想像ばかりがでてきます。さらにお姉様の妊娠の可能性に行きついて、ごくりと息を呑んでしまいました。


「……何か、悪いことが、あったの?」

「ああ、違いますよ! 悪いことではありません! お客様でございますっ!」


 そう聞いてほっとしたのに、ネイラは相変わらず慌てています。

 どうしたのかと首を傾げた時、上品なノックの直後にまた扉が開きました。


「エレナ、何をぐずぐずしているの? 早くいらっしゃいよ」


 ひょいと覗き込んだのは、アルチーナ姉様でした。

 美人で健康的で、病んだ様子も追い詰められた様子もない、いつも通りのお姉様です。そのことに、今日ばかりは安心します。


「ルーナが戻ってきているわよ。それと、あなたにお客様よ。急いで。侯爵家のご嫡子を待たせるなんて失礼でしょう?」

「侯爵?」


 グロイン侯爵様、ではないですよね。成り上がりとか野犬とか、そういう酷い言い方をしていないですし。

 ……ん? 今、ご嫡子と言いました?


「お姉様、お客様とはどなたですか?」

「察しが悪いわね。ハーシェル・レイマン様に決まっているじゃない!」

「……え?」


 あまりにも予想外の名前でした。

 よく考えれば、侯爵家のご嫡子の知り合いは一人しかいませんでしたが。


 ……でも、なぜハーシェル様が?

 ああ、それより私が知りたいのはルーナの報告なのに……報告……軍本部……ルーナの伝手……ハーシェル様……っ!?



 ルーナは思っていた以上に有能でした。

 でも私は動揺しすぎて、まだ手に持っていた本を床に落としてしまいました。



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