Prologue
銀の光が踊る。闇に溶け込むように佇んでいた複数の黒い影が、地に沈むように倒れ伏した。動く気配は一切感じられない。
この場に残った影は2つ。その内の1つが、よろよろと後退る。教会のステンドグラスから射し込む月光を浴びて、その男の顔が照らし出された。
何が起きたのか理解できていないようで、その双眸は正しく点のようだと言うのに相応しい。しかし、事態が呑み込めないにしても、本能が恐怖と警告を訴えているのだろう。額には冷や汗が浮かび、身体は震えて上手く動かなかった。
「な、何者だ、お前は!?」
ようやく絞り出せた声は、恐怖と緊張で掠れていた。思ったように出なかった声が、自分の感じている恐怖が確かなものだと再認識させるようで、余計に焦りを強める。対して、相対する影は静かに応える。
「それは、貴方も十分理解しているのでは?」
その声に、感情は一切見られない。淡々とした言葉を吐きながら、影は男にゆっくりと近付く。動き出したことに、更に後ずさろうと下げた足がもつれて、男は受け身もとれずに転んだ。物理的にも精神的にも、男は追い詰められてしまったのを感じる。
「こ、このっ……聖鐘響協会のっ、狗めがぁッ!!」
語気を荒らげて怒鳴りつけるも、できることは尻餅をついたまま、少しでも距離を取ろうと必死に後ろへ下がることだけだ。惨めにも見えるそれを前にしても、影からは何も感じられない。ただ与えられた使命を果たすのみ、そう言っているように感じ取れた。
「貴方の懺悔は、直接神の御本へと行き、なさるといい」
そう言って、影は右手を頭上に掲げる。その手には何かを持っていて、ちょうど月光の射し込む位置まで来れば、その正体が照らし出される。
それは、銀色に鋭く輝く刃だった。その刀身は大きく、数多の罪人の首をはねてきたギロチンを思わせるというのに、どこか神々しさを感じさせるものだった。
「ま、待っ――!!!!」
男の声は最後まで発せられることなく、短い風切り音と共に途絶え、代わりに大量の水が溢れた音、1拍の間を置いてどうっと何かが倒れるような音が響き、辺りが静寂を取り戻した。
影は刃についた血を振り払えば、元は罪人だった彼に歩み寄り、十字を切った。その魂が、安らかに眠れることを祈って。
近づいたことで、その影が月光の下に晒される。祈りを捧げるその影は、手に持つ刃と同じ銀の髪をした、快晴の空を思わせる程の澄んだ青の目をした青年だった――。