そして彼らはジャンルを超えた。
明くる、朝。
彼らの学校にも新しい一日がやって来た。
学園の裏側に整備された林の、奥……人目につかぬよう偽装された入口の、下。
さくま(仮名)君の潜伏拠点である薄暗い地下壕の布団で、昭君は目を覚ました。
いつもと比べて当社比0.7倍爽やかな朝の訪れに、穴倉としか思えない地下壕の中で昭君は思いっきり伸びをする。さて、今日の朝ご飯はなんにしよう……?
備蓄しておいた保存食料のリストを頭の中で反芻しながら、昭君はとりあえず布団をめくって地に足をつけた。とりあえずはお湯でも沸かそうと、煙が漏れないように工夫された地下壕内の竈で薬缶を火にかけた。
よし。今朝のお茶は、ドクダミ茶だ。
小夜が調合してくれた特製ドクダミ茶の缶を取り出しながら、お茶の準備をのんびりと進める。
薬缶がしゅんしゅんと鳴き始めた、そんな頃合いで。
その肩書きが哀切に泣きそうな勢いで、足音高く地下壕に青年が飛び込んできた。
「昭殿昭殿、昭殿~!!」
さくま(仮名)君だった。
見てわかる程、慌てて取り乱した様子だ。
常人であれば一体何が起きたのかと息を呑むことだろう。
だけどここにいたのは昭君で。
タックルの勢いで突撃してきたさくま(仮名)君に対する驚きは、ちょっと足りない。
動揺した様子もなく、突撃されてもちょっと体が揺らいだだけで心はちっとも揺らいでいなさそうだ。
「昭殿!」
「はいはいはいはーい。どしたの、さくま(仮名)」
「拙者、拙者……拙者ぁ! どうか、お、お、おおおちついて聞いてほしいでござる!」
「聞いてるよ。あ、さくま(仮名)もお茶飲む? いまドクダミ茶しか用意してないけど」
「せ、拙者、昨夜、昭殿に聞いていた通り昭殿のお部屋で刺客を待ち受けていたのでござるが……っ」
「そう、身代わりついでの待ち伏せ、無理にしなくっても良かったんだよ? ベーコン焼くけどさくま(仮名)も食べるよね」
「焼き加減はカリカリでお頼み申す! そ、それで刺客と遭遇したのでござる……」
「卵と食パンも出そうかな……あ、スープは中華風なんだけどさくま(仮名)、ふかひれ嫌いじゃなかったよね」
「どうか、お、驚かないで聞いてほしいでござる!」
「むしろ僕が驚くような話をしてくれても良いんだけど?」
「こ、こんなこというとおかしいと思われるかもしれぬでござるが……っ」
「大丈夫、さくま(仮名)の発言が常識を疑われそうな感じに聞こえるのは割といつものことだから。主に時代錯誤的な感じで」
「じ、じつはっ拙者……拙者の、体っ……この国の、王子だったでござる!!」
「知ってるけど」
「知ってたでござるか!?」
「メニュー画面の好感度確認ページで王子の顔形は確認できたから。最初からさくま(仮名)の憑依先が王子だってことはわかってたけど?」
「知ってたのなら、先に教えておいてほしかったでござる……ひ、酷いでござるよぅ、昭殿……」
「むしろなんでさくま(仮名)が自覚してないんだろうね」
「そ、それは……っ」
まさか混乱した結果、自分の状況把握よりも脱走に労力を割いてしまった、とは言い難い。
だけど確かに、脱走を思い留まって慎重に身の回りの情報を集めていれば、すぐに自分の置かれた立場など知れただろうことは確実で。
自分の忍者にあるまじき迂闊さが身に染みて、さくま(仮名)は頭を抱えて蹲ってしまった。
昭君はちょいっと肩をすくめてみせると、平然とフライパンに卵とベーコンを焼き始めた。
薄くバターを塗った食パンも投入だ!
頭を抱えて落ち込んでしまったさくま(仮名)が復活したのは、食欲をそそる香ばしい匂いに腹の虫が暴れだしてすぐの事だった。
その目は、先ほどまでに比べて明らかに『達観』の二文字を浮かべている。
何を諦め、何を察して受け入れたのか。
そこはさくま(仮名)君の事情なので昭君には察しようもない、はずだが。
昭君の用意した朝ご飯を大人しくもぐもぐごっくんしながら、さくま(仮名)君は遠い目をしている。
席の対面で、同じく同一メニューの朝ご飯を咀嚼しながら。
ふと、昭君がさくま(仮名)君に別の話題の水を向けた。
「そういえばさくま(仮名)、主人公の命を狙ってきた暗殺者とエンカウントしたんだよね? 対峙して、どうだった?」
「ハッ……そうでござった!」
うっかりすっかり忘れていたでござるよ、と。
別の話題(自分の素性)に思考領域を占められて大事な伝達事項をすっかり忘れていたことを思い出し、さくま(仮名)君はハッと息を呑んだ。
そう、大事なことを話し忘れていたと。
困惑もたっぷりに途方に暮れた声でさくま(仮名)は言った。
「実は、昭殿……拙者もよくわからぬのでござるが……拙者が調略して仲間に引き込んだサンバ殿達と、昨夜襲撃してきた刺客の人が、声をそろえて拙者に言うのでござる。
――今こそ、男女同権を求めて国に反旗を翻す時、と。
拙者がその旗頭だって言うのでござる。男性王族にも王冠を冠する権利を、と」
「そういえばこの国、玉座は女性が占有してるもんね。大臣とか重要な役職も過半数は女性が独占してるんだっけ? 王様決める時の投票権持った重臣5人以外、そういえば全員女の人だよね」
「昭殿、拙者、どうすれば良いのでござろうか……昭殿を女王にしようとは思っていたのでござるが、拙者、別にクーデターを起こしたかった訳ではござらんのに」
「どうすればいいとか、僕が知る訳ないよね。でも、一度始めたことは最後までやり切るしかないんじゃない? このゲームの終了まで、まだ大分時間があるし……あと数カ月はこの世界に留まらないといけないんだし。数か月間、はぐらかしてのらりくらりと逃げ続けられる?」
「う、ううぅぅぅ……」
穏やかでのどかな、新しい朝。
食卓では目玉焼きとベーコンが香ばしい匂いを漂わせる。
中華風スープをすすりながら、さくま(仮名)はがっくりと肩を落とす。
そうして『乙女ゲームの世界』で。
男女同権を訴える男達を率いた忍者による、『戦略シミュレーションゲーム』が開始した。