よっちゃんの将来展望
1人目のサンバ殿は色恋沙汰で陥落したでござる。
2人目のアラン殿は、兄弟間の確執を突っついてどうにかなったでござる。
調査の結果わかったことでござるが、アラン殿には兄への劣等感で道を踏み外し気味の弟さんがいたようで、悪いお友達にそそのかされて騙されて、社会的に人生終了の秒読みがスタートしそうになっていたでござる。
その情報を掴んだ拙者は裏を取り、証拠を集め、ついでに未然に防ぐための仕込みを完了させてから取引を持ち掛けたでござる。
弟さんの社会的人生が終了してしまえばお家にもただでは済まない事態になること間違いなしでござったし、そもそもが御父上の政敵が裏で糸を引いていたので、結果的にとてもたくさんの恩を売ることに成功したでござる! ちゃんと政敵が関与した証拠もそろえておいたので、拙者、いい仕事をしたでござるよ!
この恩によって、2人目の調略は完了したでござる。
なんかそのついでに兄弟間の確執にも一応の決着がついたそうでござるが、ご家庭内のことなのでそこは拙者も細かくは知らないでござる。問題が解決したなら関係ないかと、特に調べもしなかったでござるし。
伝え聞くところによると問題行動を起こしていた弟さんは3カ月ほど幽h……謹慎させられた後、遠い異国の権力と財力を握った未亡人(54歳)のお宅へお婿さんに入ることに決まったそうでござる。
婿入り先には既に後継ぎもいるそうなので気楽な立場ですよ、とアラン殿は爽やかに微笑んでござったが、新天地では夫婦仲良く過ごせることを縁結びの神様にお祈りするでござるよ。
拙者は1人っ子でござるから、よくわからないのでござるが……兄弟間ってそんなにコンプクレックスだのなんだの発生するものなのでござろうか。昭殿に聞いても人によるとのことで、昭殿にとっては無縁の感情だそうでござるが。なんにせよ、兄弟とか羨ましいでござる。拙者も弟か妹がほしいでござるよ! 無事に家に帰りつくことができた暁には、父上や母上に兄弟が欲しいってお願いしてみるでござる!
家に帰ったら父上たちにお願いしたいこともできて、拙者は意気軒高。
ますますやる気は十分で、うきうき鼻歌交じりに調略準備を進めるでござる。
3人目はマック殿を調略する予定でござる!
ゲームの性質から周辺に何かしら交渉材料に使える情報があるはずと、最近は要領もわかってきたでござるよ。そうしたら案の定、マック殿の家臣の裏切り計画を掴むことができたでござる!
この情報を使って交渉を有利に進めるでござるよー!
拙者は意気揚々、うきうきしながら今後の算段を立てるのに夢中になっていたでござる。
マック殿は神経質で疑り深い性格のようでござるが、どう話を運ぶべきでござろうかー。
すっかり拠点と化した多目的室の応接セットで、拙者はせっせと計画を練り練りしていたでござるよ。
そうしたら、そんな拙者の対面に座っていた昭殿が淡々と言ったのでござる。
「さくま(仮名)、今日から僕、この部屋で寝泊まりするから」
「はい? 昭殿? 寝泊まり、とは……」
いきなり、何を言いだすのでござるか。
広さは十分でござるが、居住するには不十分でござるよ?
何より昭殿には、ちゃんと寮に快適なお部屋が……
「今夜あたり、暗殺者が来る頃合いなんだよね。寮は隣室の住人が手引きする設定みたいだから、防衛の観点からみると不安があるんだ。来るのがわかってるんだから罠仕掛けておこうと思うんだけど、襲撃者に対して有効な罠についてさくま(仮名)の意見も聞きたいな。蛇の道は蛇っていうしね」
「昭殿ぉ!?」
は、はいぃ!? 襲撃!? あ、暗殺っ!
昭殿は一体何を言っているのでござるか!?
というか襲われるのがわかっているのに、なんでそんなに淡々としているのでござる!
冷静さを保つのは良いことでござるが、ちょっと他人事っぽ過ぎでござるよ!
「ど、どういうことなのか詳しく!」
「前に言わなかったかな。このゲーム、王子と貴族の息子3人を支持者に引き入れた段階で隠しキャラの暗殺者が襲撃かけてくるんだよね。主人公に」
「確かにそれは前に聞いたでござるが……」
うん? 王子×1に貴族の息子×3……?
「計算がちょっと合わないでござるよ? 今、調略済みなのは貴族の息子さん2人で……」
それに確か、王子は現在失踪中だかなんだかで行方不明だったはずでござる。
拙者もちょっと情報を集めてみはしたのでござるが、きれいさっぱり痕跡なく消えていたでござるよ。
首を傾げる拙者に、昭殿はひとつ頷いてみせて。
おもむろに、ぴっと人差し指を拙者に突き付けてきたでござる。
「王子×1」
「昭殿、人を指さしたら先生に怒られるでござるよー……で、王子がどうしたでござるか?」
「心当たりがないなら良いよ」
「?」
「気にしないで良いんじゃないかな。王子は既にこっち側だとだけ覚えておけばいいよ」
何やらよくわからぬでござるが、どうやら王子に関しては昭殿にどうやら心当たりがある様子。
知らぬ間に昭殿が陥落させたのでござろうか?
昭殿、いつの間に……この侮れなさ、流石でござる!
「でも王子が陥落していたとしても、まだ貴族の息子が1人足りぬでござるよ?」
「それについては――」
首を傾げる拙者の対面で。
昭殿が、パンパンと手を打ち鳴らす。
「お呼びでやんすか、ゲームマスター!!」
昭殿の柏手に応える形で、即座に男子生徒が駆け付けたでござる!
拙者も驚きの即応ぶりでござるよ! 反応速度! 条件反射かってくらい速いでござる!
ちょっと離れたテーブル席で、今日も今日とてサイコロころころさせながら『てーぶるとーくあーるぴーじー』とやら申すゲームに興じていたはずの男子生徒が、5人。
昭殿の声なき招集に応えて横一列に綺麗に整列しているでござるなー……いつの間に、誰が訓練したでござるか? それとも自主的に? 自主的に整列しているのでござるか。
今まで興じていたゲームを即座に止めて、ずらり勢ぞろいした男子生徒たち。
その右から三番目に立っている男子に、そういえば何やら見覚えが。
誰だっけなーと思っていたら、昭殿が言ったでござる。
「ヨシュアン・シシカバブー、挙手」
「はい! お呼びでしょうかゲームマスター!」
見覚えのある男子が、手を挙げたでござる。
え、あれ4人目のターゲット……よっちゃん殿でござるか!?
なんということでござろう。
調略すべき男子の内、最後に回していた1人が既に陥落済みだったでござる。
詳しく話を聞いてみると、経緯は以下の通りでござった。
なんでも以前から勉学や武術でよっちゃん殿は実力の伸び悩みを抱えていたとのこと。
特に好敵手と目しているこの国の王子に今一歩のところで勝てず、悔しい思いをしていたと。
思い悩んでいたところに、まさかの王子失踪。
目標としていた好敵手が姿を消したことで、よっちゃん殿の苦悩は更に深まり……
気が抜けて、しまったと言うのでござる。
目標を見失ったせいか、どう鍛えていくべきか悩み過ぎたためか。
今度は何も手につかず、日課の鍛錬や勉強にも意欲的になれぬ日々。
腑抜けたように学院の中庭でタンポポを眺めながら無為に日向ぼっこをしていた、ある日。
彼の耳に、凛とした声が届いたというのでござる。
『――急募、暇な人。時間を忘れてゲームに没頭できる人、募集中』
それが、昭殿の声だった。
そうして集められたこの多目的室で。
よっちゃん殿は人間社会の煩わしさや己の才足りぬ部分への苦悩、果てのない習練への足掻き――それら一切を忘れてただただ楽しく忘我・没頭できる新たな生きがいを見つけたのでござる。
そう、『てーぶるとーくあーるぴーじー』という生きがいを。
そしてその生きがいを与えてくれた昭殿のことを、『尊師』と慕うようになったとのことでござる。
っていうかゲームマスターって単語に心の中で『尊師』ってルビ振ってたのでござるか。
なんか『尊師』っていうと別の何かを連想しそうでござるなぁ。
遠い目で4人目の調略計画がふいになったことを残念に思ってしまうでござる。
そんな拙者の思いは知らず、よっちゃん殿は目をキラキラさせながら元気に宣言してござった。
「俺、一生ゲームマスターについていくっス! きっとゲーム道を究めて、将来は伝道師として全国津々浦々にこの画期的な新技術を広めていくっス!」
「そう、がんばれ」
「応援あざっす!!」
どうやら、すっかり。
よっちゃん殿は骨の髄まで昭殿に心酔済みのようでござった。
よっちゃん
本来はゲームのメイン攻略対象である王子にライバル心を燃やす、闘争心溢れる騎士系男子だった。
特に剣術の授業で王子に度々負けては闘争心と自己研鑽を募らせていたが、どうしても勝てず。
実力の伸び悩みやら何やらで色々凝り固まっていたところを主人公が解きほぐし、つけ入るというシナリオだったが、彼を攻略する上で最大のキーキャラとなる王子が忍者になって失踪。
目標を見失って無気力な日々を過ごしていたところ、偶然昭君に勧誘されてシナリオを踏み外した。
今まで交流のなかったタイプの男子4名と和気藹々と日々テーブルに向ってサイコロを振る日々。
主人公というよりむしろ、TRPGに落とされた形といえよう。
彼らとの忌憚ない会話と価値観の交感により、元々は騎士系キャラだったはずなのにすっかり違うナニかに進化してしまったようだ。今ではすっかり生涯の親友との認識だ。
現在の語尾に「~っス」とつく口調はゲーム仲間の影響である。
ちなみに騎士団長やってる彼のお父さんは頭を抱えている。