調剤薬局『悪役令嬢』
「つまり、昭君を女王様にしたら元の世界に帰れるの?」←違う
「細かい部分はちょっと違うような気もするでござるが、おおむねその理解で大丈夫でござる」
再会を果たした小夜殿を昭殿と引き合わせ、現状の説明をしたでござる!
小夜殿もいきなり知らない世界に知らない人間として生活する日々に不安を抱えていた様子でござったが、現状を把握するにつれて安心してもらえたみたいでござる。
今は昭殿の隣にピッタリくっついて、こくこく頷いて心強いお言葉をくれたでござるよ!
「昭君を女王様にするの、がんばって手伝う!」
拙者のお友達は、二人とも心が強いでござるなぁ。
見知らぬ世界で、見知らぬ他人の体に精神ぶち込まれても。
動じない昭殿の平常心は、特に見習いたいものでござる。
「昭君、会いたかったよぅ……っ」
「ちょっと待って、小夜。あと十三秒でこの問題解けるから。十三秒待って」
「え、私、クロスワードパズルに負けた……? こんな時にパズルを優先しちゃうの、昭君」
「このパズル、答えを持っていったら先着十名様限定で食堂の日替わりスイーツのパス(※一年間有効)がもらえるから。スイーツパス手に入ったら半分こしよう。だからちょっと待って。後二十分くらい」
「……頑張って、昭君! その代わり絶対に半分こしようね! 約束だからね!」
全然ぶれないでござる。
言動が変わらなさ過ぎてここがゲームの世界だなんて思えないくらいでござる。
昭殿、今はお嬢様でござろう? ねじり鉢巻きで鉛筆がりがり走らせるのはどうかと思うでござる。
小夜殿、「半分こってやっぱり『あーん』? 『あーん』かなぁっ」じゃないでござる。昭殿の恰好、よく見てでござる。今の昭殿は女人でござるよ? 良いんでござるか? でっけぇ器でござるなぁ。
何はともあれ、協力については小夜殿の快諾をいただけたでござる。
昭殿の推測通り、小夜殿には『調薬』のスキルなるものがあったようで。
「これが必要でござるー。あ、これレシピでござる」
「うん、わかったー。ちょっと作ってみるね」
レシピと必要な薬を伝えたところ、難なく用意してくれたでござるよ!
レシピの出所的(薬学教師の研究室から無断書写)に、大っぴらに作るのはまずいかもしれないと思案した結果、昭殿率いる『ゲーム愛好会』の溜り場と化したこの部屋でこっそり調合してもらうことになったのでござるが……
机のほとんどが端に寄せられて、がらんとした教室内で。
窓際の応接セットでくつろぎ飲茶中の昭殿。
広々とした空間の真ん中で卓を囲み、サイコロを転がす5人の男子生徒。
そして教室の火があたらない一角に持ち込んだ卓上コンロみたいな何かで、紫色のやたらと巨大な大釜をぐつぐつ……やたらとぼこぼこ気泡の立ってる謎の液体を煮詰め、かき混ぜ続ける小夜殿のお姿。
うん、異様でござる。
よくわからない空間になってきたでござるよ……。
まあ、細かいことでござるな。
気にするような御仁もおらぬようでござるし、拙者も自分の仕事に専念するでござるよ!
小夜殿に幾つかの薬剤を用意してもらい、それを役立てながら情報収集に励んだでござる。
ある程度の調書が揃ってきたのでござるが……
「これはどういうことでござる? 判断が難しいでござるー……」
未だ拙者が幼いせいか、人の感情の機微というものはよくわからないところがある。
ちょっと判断に迷ったので、昭殿に聞いてもらいながら情報を整理することにしたでござる。
「昭殿ー、ちょっと聞いてほしいでござるー」
拙者は調略の下調べで作った調書を昭殿に差し出し、1人の男子生徒について話を聞いてもらったでござる。
「サイバネティックス・ゴルゴンゾーラ殿についてでござるが……」
普段の素行調査で、サンバ殿に不審な点が見つかり申した。
そのことについて、拙者はなるべく客観的に説明したでござるよ。
「普段の素行に一見不審な点は見られないように思えるのでござるが……サンバ殿の教会通いについて、1点気になることがあるのでござる」
「ふぅん? どんなこと」
「サンバ殿が頻繁に教会に行くのは、祈る為ではなく懺悔室に行くためなのでござるが……毎回必ず、同じ修道女殿が当番の時に懺悔室に入っているのでござるよ。それも故意に、狙ってのことと見受けられるのでござる」
この世界の教会は、どこにでも懺悔室というお部屋があるようでござる。
拙者、西洋の宗教についてはあまり詳しくござらぬが、キリスト教にもそんな感じのお部屋があるのでござったか?
こっちの世界では、教会関係者が相手の顔が見えないよう格子窓で遮られた一方に入り、懺悔室に入ってきた信者のお悩みやら人生相談やら王様の耳はロバの耳やら、何やら誰かに内密に聞いてもらいたいお話をするようなのでござる。そこでのお話には守秘義務?が発生するとかで、話を聞いた教会関係者も口を噤んで公にはしないとか。公にされたら損害賠償ってやつでござろうかー。
信者側はとにかく誰かに話を聞いてもらいたい、そんな一心でござるな。
でも相手の顔や名前を知りたくない、教会側も知られたくないという心理があるようでござる。
大体にして自分の内情に触れる秘密の話でござるからな。互いの平穏無事の為にも、正体は晒さないのが暗黙の了解となっているようでござる。
……で、あるのに。
狙っているとしか思えないし、相手が誰かわかっているとしか思えない素振りでサンバ殿は特定の修道女が当番の時ばかりを狙って懺悔室に入るのでござる。
1度などは、明らかに修道女が交代時間になるのを見計らってから懺悔室に入ってござったし。
これは一体どういうことでござるか?
このゲームの趣旨は調略(←間違い)と考えると、プレイヤーにわかりやすいよう付けこむ隙を作ってあるのかもしれぬでござるが……
とりあえず、相手の修道女の素性と、サンバ殿との接点について調査してみたでござるよ。
……その過程で、サンバ殿が教会関係者を買収して懺悔室の当番表を入手している事実と証拠を手に入れてしまったでござるが。
調べを進めてみた結果、修道女殿とサンバ殿の接点も見つかりはしたでござる。
でもそれほど親密な繋がりという訳では……
「どうやら件の修道女殿は、かつてサンバ殿の妹君の家庭教師だったらしいのでござる」
こちらの世界で家庭教師は一般的に住み込みの仕事とされているでござる。
つまり、かつて2人は同居していたのでござる。
心穏やかで慎ましく、子供好きのする女性だったようでござるな。
サンバ殿のお屋敷に勤める古参の使用人に聴取したところ、サンバ殿の妹君よりもむしろサンバ殿の方が大変な懐きぶりだったそうで、本当の姉弟のように仲睦まじかったとか。
そして修道女殿が家庭教師を辞めた経緯もすぐに調べがついたでござるよ。
サンバ殿が懐きすぎて妹君の授業妨害になることが頻発し、ご両親が修道女殿に縁談をご用意して辞めてもらったそうなのでござる。
修道女殿の御実家からしても良縁だったらしく、祝福された家庭生活だったらしいのでござるが……御夫君が、僅か数か月でお亡くなりになって修道女殿は未亡人になってしまったのでござる。
まだまだ再婚も狙える年頃だったようでござるが、教会に入って御夫君の冥福を祈ることに。
以来、修道女殿は教会から滅多に出てこなくなり。
……サンバ殿の執着を感じさせる教会通いが開始された、と。
「これ、どういうことでござるか?」
かつては同居していた元使用人? に大変な懐きぶりだった。
今でも折を見て、会いに行っている。
そこまでは納得できるのでござるが……教会関係者を買収してまで、懺悔室で会うことを狙う意図がよくわからないのでござる。
サンバ殿は、そんなに修道女殿に聞いてもらいたい話があるのでござろうか。
いつの間にか昭殿の隣には、さっきまで薬を煮ていたはずの小夜殿まで鎮座していて。
拙者の話を聞き終えると、ほうっと溜息を吐いて「さくま(仮名)君ったら鈍感」と……小夜殿、それどういう意味でござるか!? 拙者、なんで責められてるのでござる!?
拙者にはわからなかった何かしらの機微を感じ取ったらしい小夜殿。
でも答えは教えてくれないのでござるか?
戸惑う拙者に、昭殿がピッと指を立ててこう言ったのでござる。
「ひとつ教えてあげるよ、さくま(仮名)。サンバをゲームキャラ的に一言で表現すると、」
「表現すると?」
「――初恋拗らせ系、だ」
重々しい声で、昭殿が教えてくれたでござる。
え? そういうことでござるか?
本来なら、初恋にこだわるサンバ殿の心を解きほぐし、叶わぬ恋に対する悲嘆へと付けこんで親密になっていく……というシナリオだったらしいのでござるが。
拙者がそんなことを知る由もなく。
昭殿と相談した結果、拙者はサンバ殿を陣営に引き込むため、頑張って策を練ったでござるよ!
まずは小夜殿に、自白剤を作ってもらうところからでござる。
どうやらサンバ殿は、修道女殿に執着している様子。
でも執着されている側の修道女殿はどんな気持ちなのでござろうな?
まずはそこを確認でござる。
修道女殿の気持ちの持ちようで、今後の策も調整せねばなりませぬしな!
なので修道女殿には、何はともあれまず自白していただくことにしたでござる。
サンバ殿のことを、どう思っているのかを。
調略のポイントとしては、修道女殿がサンバ殿の弱みであることは間違いないでござる。
でも2人の仲が決して纏まっている訳ではなく、現時点ではサンバ殿の一方的な執着こみこみ片思いであることも明白な事実。
修道女殿をネタにサンバ殿を口説くのであれば、2人の一方通行な関係性を良くも悪くも動かすことになるので、修道女殿の気持ちは重要事項でござる。
修道女殿がサンバ殿を憎からず思いつつ、修道女である立場と年齢差と身分差を気にして遠慮しているのであれば、2人が結ばれる道筋を整えて協力するだけなのでまだ良し。
しかし修道女殿がサンバ殿の想いを不気味に思い、重荷と感じているようでござれば……
「その時は遠方に匿って完璧に身を隠してもらうことにするでござる」
「……その上で、サンバには修道女の行方を捜す手がかりをチラつかせる、と」
「単品では決して追跡しきれるものではござらぬが、ヒントであることは確かでござる!」
「それマッチポンプって言うんだよ、さくま(仮名)」
「昭殿は博識でござるな。マッチポンプでござるか……勉強になるでござる!」
昭殿と小夜殿の助言を受けながら、がんばって計画を立てたでござるよ!
準備は万端、後は修道女殿の気持ちを確認してからサンバ殿に交渉を持ち掛けるだけでござる!
張り切って初調略でござるよー! にんにん!
――ゲーム内で、1か月後。
ゴルゴンゾーラ家の嫡子サイバネティックス氏の電撃学生結婚が社交界の話題をかっさらった。
お相手は元修道女の未亡人で13歳も年上でありながら、カプレーゼ侯爵家の養女となった女性だという。
あまりにセンセーショナルな熱愛結婚の報道に、サイバネティックス氏に憧れていた学園女子たちは困惑と混沌と恐慌の渦へと突き落とされたとか。
調略作戦1人目完了、でござるよ! にんにん!