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ヒロイン健在でも攻略は始まらない



 昭殿と小夜殿の手がかりを求めて侵入した学校の、校舎の一角で。

 拙者は手厚い歓待を受けることとなり申した。

「粗茶ですが」

「かたじけない」

 昭殿のことを『ゲームマスター』と呼称した男子が、茶器をことりと置いて去る。

 目の前に出された湯飲みの中には、乳白色の液体が並々と……粗茶?

 試しに口に含んでみると、良く知る乳酸菌飲料の味がしたでござる。……茶?

 一体どんな茶葉を煮出せばこんなお茶が……

「久しぶりだね、さくま(仮名)」

「っ……昭殿、拙者のことがわかるのでござるか!?」

「わかるからそう呼びかけたんだけど?」

「流石でござる! 昭殿、息災なようで安堵したでござる。会いたかったでござるよー」

「さくま(仮名)も元気そうで何よりだね」

 目の前、長椅子に腰かけている昭殿は随分と様変わりしていたでござる。

 様変わり事態については、拙者も人のことは言えぬでござるが……

 昭殿は、拙者に輪をかけて変わっていたでござる。

 何よりまず、性別が女になってござるし……。

 しかし昭殿、女になってしまってから一か月が経過しているとしても、なんでそう平然としていられるでござるか……? 自分の身に置き換えて考えたとして、拙者なら一か月かかっても性別が変わったとか受け入れられそうにないでござるよ。

 いろいろと聞きたいことが沢山あったはず、なのに。

 いざ昭殿を前にすると、考えていたことが全部頭から吹っ飛んでしまったでござる……。

「それで、その……昭殿は、この一か月どう過ごされたのでござる?」

「僕? 特に何もしてはいないけど、この生活も一年経てば自動的に終了するみたいだし。ゲーム機器もないし、することないから一年間適当に寝貯めしておこうかなってところ」

「ゲームどころかそもそも家電が存在しないでござるから……って、昭殿!?」

「いきなり慌ててどうしたのかな、さくま(仮名)」

「一年経てば自動で終わる、とはどういうことでござるか!?」

「ん? ……ああ、さくま(仮名)は知らなかったんだ」

「昭殿は何をしっているのでござるか!?」

 さすがに『するー』は出来ないでござる!

 昭殿との間にテーブルがなければ、きっと拙者詰め寄ってござったよ!

 そんな拙者の焦りに同調してくれることもなく、昭殿は冷静な顔でこう言ったでござる。


「 さくま(仮名)、実はここはゲームの世界なんだ 」


「……昭殿、とうとうゲームのやりすぎて現実との区別が!?」

「失礼だよ、さくま(仮名)。僕はオンラインよりオフラインゲーム派なんだ。仮想現実は趣味じゃない。リアルに楽しみたいとは欠片も思っていないのに、リアルになってほしいと思う訳がないよ」

「何がどう違うのか、拙者にはわからぬでござるよ……ここがゲームの世界だという根拠はどこにあるのでござるか? 拙者、ゲームの類にはそう詳しくござらぬが、この国にモンスターやら魔法やらがあると耳にしたことはあいでござるよ」

「そういうゲームとは違うんだよね。この世界がゲームの世界だっていうのも、僕が『主人公』だからわかってるだけだろうし」

「昭殿が主人公でござるか!?」

 先程から衝撃発言の連続でござる!

 昭殿が主人公、その言葉を受けて改めて昭殿の今のお姿を上から下までじっくり観察してみたでござるが……薄紫色の、よく手入れされた長髪。おそらく膝まで長さがござろうが、ちょっと長すぎて動きが阻害されそうでござる。それに顔を見ても手指を見ても、丁寧に手入れがされているのは確かでござるな。あれは労働を知らぬ、誰か専門の知識を持つ者に日常的に手入れされて保持されているくちでござる。ちょっとの刺激で傷ができそうでござるな。武器を持つなど以ての外でござろう。それを証明するように、着用しているのはこの学園の女子に課せられている制服という名のドレスでござる。裾は長いし、ひらひらしてござるし、貞淑な令嬢でなければすぐに鍵裂きを作ってしまうこと間違いなしでござるな!

 総評、昭殿の肉体は荒事への適正ゼロでござる!!

 昭殿が好んで遊んでいる類のゲームでは、モンスターと戦ったりダンジョンに入ったり大冒険するのが常でござる。しかし今の昭殿ではモンスターと戦っても勝てる未来が欠片も想像できませぬな!

「昭殿が主人公、というのは何かの間違いでは……?」

「うん、だからさくま(仮名)が想像しているようなゲームじゃないと思うよ。シミュレーションゲームの一種」

「しみゅれーしょん? それって牧場経営したり飲食店経営したり服飾店経営したり水族館経営したり株価の変動を試算してみたりするアレでござるか?」

「経営してばっかりだね。他にも夏休みを満喫してみたり国家運営したり戦争してみたりするヤツだね」

「シミュレーションといっても幅があるのでござるなぁ。ですが昭殿、やっぱり拙者にはこの国は普通の世界に思えるのでござるよ。ここがゲームだという根拠は何なのでござるか?」

 昭殿が無為に嘘を吐くような御仁だとは思っておらぬでござるが。

 それでもどうしても、信じ難い言葉ばかりでござった。

 信頼する昭殿のお言葉でも、信じるにはそれに足る確証が欲しい。

 その一心で、拙者は昭殿に根拠を提示してほしいと願ったのでござる。

 昭殿も、拙者の気持ちを(おもんぱか)ってくれたのでござろうか。

 じっと見つめる拙者に、こう言ったでござるよ。

「それじゃあ頭の中で、『コントローラー』を想像しようか」

「?」

 言葉の意図が、よくわからぬのでござるが……話の流れ的に、不要なことは言わない、と思うので。

 拙者は脳裏に、昭殿が良く使っていた型の『コントローラー』を思い描いたでござる。

「想像したら、想像の中でコントローラーの『START』ボタンを押してみなよ。そうしたら」

「そうしたら?」

「『メニュー画面』が出る」

 昭殿がそう言った瞬間。

 空気が振動するような音がして。


 昭殿の眼前に位置する空中に、半透明の『板』が出現したでござる。


「あ、ああああああああきだ、昭殿!?」

「噛んだね、さくま(仮名)。舌、大丈夫?」

「痛いでござる……」

 昭殿の指摘通り、舌を噛んでしまったでござるよ……。

 でもそれどころじゃないでござる。

「……昭殿、昭殿」

「なんだい、さくま(仮名)」

「頭の中で想像のコントローラーのボタンを押してみても、拙者の前にメニュー画面なんて出てこないでござる。昭殿の眼前に浮かんでいるのは見えるのでござるが……」

「ならこれはきっと『主人公特権』だったんだろうね。さくま(仮名)にも見えるなら、これでこの世界がゲーム世界だっていう証明になるかな。この世界の人には見えないみたいなんだけど、きっとさくま(仮名)はNPCじゃないから見えるんだろうね」

「え、えぬぴー……? よくわからぬでござるが、拙者にはちゃんと見えるでござる。この、不可思議な……非現実的な『板』が。……流石に、現実で目の前に『メニュー画面』がいきなり立体映像よろしく出現するような珍妙な事態は発生しないでござるよ。昭殿の言葉通り、ここはゲームの世界なのでござるな……」

 信じがたいことではあるが、それでもこの目にしてしまったことでござる。

 信じない訳にはござらぬ、な……。

 まあでも、今までにも信じ難い経験はいろいろしてきたでござる。

 ……『ゆーふぉー』に攫われたり、とか。

 …………他人の体になってしまったり、とか。

「それでメニュー画面の、設定画面を開いて隠しコマンドの『←↓→□〇↑↑↓↓△□×〇××→←』を入力すると……」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待つでござるよ昭殿! 隠しコマンドってなんでござるか」

「特定の条件下で入力すると隠し機能が発生するコマンドのことだけど」

「拙者が聞きたいのはそういうことではなく」

「色々試してみたら色々発生したんだ」

「色々ってなんでござるか!?」

「『アルバム』の『用語解説』が全部解放された。あと『年表』と『チャート』も見られるようになったよ」

「……よくわからぬでござるが、昭殿がとんでもない裏技を連発したんでござろうなぁ、というのは察したでござる」

「暇だったから用語解説と年表に目を通したんだけど、この『ゲーム』の概要、聞く?」

「是非もないでござる。聞かせてほしいでござるよ」

「それじゃあ、このゲームのあらすじから話して聞かせようか」

 と、いう訳で。

 昭殿から、拙者たちが連れ込まれたという『ゲーム』について解説してもらうことになったでござる。


 

  『きゅんふわ学園ホワイトストロベリー物語 ~恋する乙女は世界の絶対正義!~』あらすじ

  ~三倉昭解釈Ver.~


 アマテラゾネス女王国は、その名の通り代々女王が治めてきた。

 建国の初代女王アマテラス、その妹である二代目女王アマゾネス。

 代々の女王は、必ずそのどちらかの血統から選ばれている。現女王に娘がいれば、王女が次代の女王になってきた。しかし王女が生まれなかった代はアマテラスとアマゾネス、二人の女王の血筋から候補者を二、三人選出して次の女王を決めることが国法で定められていた。

 そして、今の女王の子供は王子が一人だけ。

 百年ぶりに、女王選出の儀が開始された。


 今の女王の従姉の娘にあたる王子の婚約者と、前回の女王選で落選した令嬢の玄孫にあたる辺境伯令嬢。

 二人の候補を同じ環境に置き、一年かけて女王としての資質を計る。

 女王選出の審査を務めるのは、王国に代々仕える五つの重臣一族。

 女王の選定期間終了と同時に、それぞれの家の当主五人が投票で次代の女王を選ぶ。


 『ゲーム』の期間である一年はこの女王選定の期間にあたり、ゲームのエンディングで候補のどちらが女王となるのかがはっきり決まる。

 学園には女王選出に大きな影響力を持つ六人の生徒がいた。

 現政権の大きな後ろ盾の象徴となる王子と、女王を選ぶ五家の子息たちである。

 当然、彼ら自身に女王を選ぶ権限はない。

 だが彼らはそれぞれ親の耳目としての役目を担っており、彼らの支持を得られれば女王選定の大きな後押しとなる。彼らの心を掴むことでそれぞれの家を説得、味方につけることが可能だ。

 そしてこの『ゲーム』では、王子と五家の子息たち計六名の内過半数を味方につけることで主人公が女王になるか否かが確定する。


 

 各家の子息を味方につけることで女王候補の趨勢が決まる、と。

 そこまで昭君が説明したところで、さくま(仮名)君が瞳をキラキラさせながら、思わずとこう叫んだ。


「つまりは調略でござるな!」

「……うん、まあ似たようなもんなんじゃない?」


 【調略】=政治的及び政略的に影響を及ぼす工作、諜報活動。

 敵方の人材引き抜き、有事における内応、誘降、謀反、離反などを誘発させる工作活動など。


 つまりは忍者のお家芸である。


 そしてそれは、乙女ゲームにおける『攻略』とは似て非なるナニかだった。


 まだ子供のさくま(仮名)に工作活動の実践経験はない。

 しかし己の専売特許ともいえる、ある意味で得意分野になる予定の工作だ。

 自分で口にした調略という単語に、さくま(仮名)の胸は高鳴った。


「拙者のおじじ様が、そういうの大の得意だったそうでござる! 拙者も父上から教わっているでござるよ!」

「へー。現代日本では中々特殊な技能だけど、身につけて損はないんじゃない?」

「でも現代日本ではあまり需要がないとも言っていたでござる! 技術を習得しても活かす機会が少ないと聞いて残念に思っていたのでござる。それがこんなところで実践する機会を得られようとは……拙者、俄然やる気が出てきたでござるよ! にんにん!」

「やる気が出てきたのは結構だけど、僕は特に何もしないからさくま(仮名)は自分で頑張ってね。何もしなくっても時間さえ経過すれば勝手にこのゲームは終わるんだし、特に僕が動く必要はないし」

「昭殿、当事者でござるよ……?」

「この国の女王が誰になっても僕には関係ないし、興味もないかな。どっちが選ばれても良いんじゃない? 一年の間、僕はほぼこの第三多目的室にいる予定だから用があったらここに来ると良いよ」

「学生でござろう、昭殿……学業は構わないのでござるか? ここで授業が行われているようには見えないのでござるが……」

 主人公というからには、昭殿は当事者であるはずでござる。

 それに確か昭殿の体は女王候補の片方だったはず……って当事者でござるよ! めちゃくちゃ当事者でござるよ!

 なのに昭殿はやる気がないようでござる。

 昭殿が一年の間、溜り場にすると言った多目的室の中をぐるりと改めて見回してみたでござる。

 基本的な構造は、教室と大差ないでござるが……

 見事に、室内はがらんとしているでござる。

 机のほとんどは室内の後方に寄せられて、広々とした空間が確保されているでござるな。

 そんな中、学業とは全く関係なさそうな長椅子とローテーブルの素敵なくつろぎセットが窓際に設置されているでござる。クッションふかふかでござるよ。

 そして教室の中央に、学業用の机を寄せて作られたスペースが……

 そこには昭殿のことを『ゲームマスター』と呼称した男子学生が五人くらいいて、机の上に広げた何かを囲んでわいわいやっているでござる。偶にサイコロを転がしているように見受けられるが……すごろくでもしているのでござるか?

 というか今思い出したでござるが、なんで昭殿はゲームマスターなんて呼ばれていたのでござる……?

「昭殿、ここで一体何をやっているのでござる?」

「……さくま(仮名)、この世界にはゲーム機がないんだよ。この世界そのものがゲームだから」

「そういう話でござったな。家電も存在しないでござる。拙者の火打石が大活躍でござるよ」

「そう、だから暇だったんだよね。僕」

「……昭殿?」

「暇すぎて、せめてゲームっぽいことをやってみようかと思ってね。


 試しに作ってみたんだ、TRPG 」


「て、てーぶるとーくあーるぴーじー……それは、昭殿がお好きなRPGの一種でござるか?」

「説明が難しいね。僕も詳しく知っている訳じゃないし、やったことないからルールも厳密には知らない。でも概念は知っていたから、試しにそれらしいものを作ってみたんだけど……やっぱり限界はあるね。なんだか人生ゲームっぽいものになった」

「つまり、RPG風人生ゲーム……?」

「そんな感じ」

「では、あちらでサイコロを振っている男子学生たちは?」

「僕と同じく退屈を持て余していて、僕の提案に乗ってくれた賛同者たち。さくま(仮名)が言うところの、RPG風人生ゲームのプレイヤー達、かな」

「昭殿がゲームマスターと呼ばれているのは、」

「それはもうそのままの意味だね。彼らがプレイヤーから脱却できるほど習熟するまでは僕がゲームマスターをやらざる得ない、んだけど僕の望むところじゃないんだよね。それ。作ってはみたけどやっぱり失敗だったな……やっぱりTVゲームみたいにはいかないね」

「なんだかよくわからぬでござるが、昭殿は昭殿の試みに果敢な挑戦を繰り返していたでござるな。思ったよりは充実した一か月を過ごしていた、ということでござるか」

「やればやるほど、TVとゲーム機が恋しくなるけどね。早く一年過ぎないものか」

 そういって溜息を吐く昭殿は、なんだか珍しくげんなりしているように見えたでござる。




 攻略≠調略


ゲームの攻略について

 攻略対象は七名。内訳は王子・貴族子息×5・暗殺者。

 攻略対象の好感度をそれぞれ70%まで上げると主人公の支持に回る。

 支持してくれている攻略対象の数でエンディングが女王になるかならないか分岐する。

 女王にならなくっても攻略が完了していればハッピーエンドになる。

 女王になる上、攻略が完了していればトゥルーエンドになる。

 ちなみに隠しキャラ【暗殺者】は王子と貴族子息三人以上を支持者として確保した段階で登場する。というか主人公を暗殺しに来る。


 元々この国は代々女王が治めているだけあり、根底に女性優位な価値観が根付いている。

 男は女の奴隷、とまではいかないがそれに近しい価値観が。

 しかし辺境で他国との交易が盛んな領地で育った主人公(※本来の人格)は他国の男性優位な価値観の方がなじみ深く育ってしまい、自然と男を立てるような振る舞いをしてしまう。

 それが気の強い女性に尻に敷かれがちな王都の男たちの琴線に触れて、気に入られるようになるというのが本来のストーリー……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] まってこの男子五人って攻略対象じゃ無いよな? [一言] 暇を持て余してTRPGのシステム作ったんか…まぁアキラくんならできるだろうな。 小林晴幸さんTRPGってやってるんですか?
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