「やま」といえば?
なんだかんだ、この誰とも知れない異人さんの体になってから一か月が経過した、でござる。
時間が経つにつれて、冷静に記憶を掘り返すことができるようになってきたでござる。
ここはどうやら異国のようでござるが、あの時、日本での最後の記憶を辿ると……拙者たちはおそらく、『ゆーふぉー』にかどわかされてしまったのでござろう。
おそらく、この異人さんの体と脳みそ入れ替えられてしまったでござるよ。なんと恐ろしい。
深く考えれば眩暈がするので、そこは今は考えぬことに致した。
思い返せば、拙者以外に昭殿と小夜殿がいたはずでござる。
しかし、このどことも知れぬ異国で、この体で目覚めた時。
拙者の近くには二人の姿は……
……目覚めてすぐ、衝撃的な体験に動転して拙者すぐに逃亡してしまったのでござるが。
思い返すも、冷静に行動していればと悔やまれるでござる。
もしかすれば、近くに二人がいた可能性もござったのに。
でも、今からでも遅くはござらぬ。
この国に、近くにいるのでござれば……
頼るよすがもない、不安定な境遇にきっと二人も心細い思いをしているはずでござる。
昭殿は拙者よりもよほど心の強い御仁でござるが、今の状況で心を強く保つのは昭殿と言えどもきっと難しい筈でござる。
拙者、なんとしても二人を探し出してみせるでござるよ。
そんな決意とともに、拙者は情報を集めることにしたでござる。
あの目覚めた時。
一か月前に前後して、様子の変わった人物を探す。
拙者が異人さんの体になっていたのでござるから、二人もそうと仮定して人の変わったようになってしまった人物を探すことにしたでござる。
……とは申しても、この都は結構な広さでござる。
こんな中からたった二人探し出すのは大変でござるが……
拙者のいま使っているこの体、身分の高そうな男でござる。
身体の状態といい、目覚めた時の環境といい、人に仕えられる立場でござった。
それに目覚めた場所がお城のような場所でござったし。
であれば、二人も拙者と準じた境遇にあると仮定して。
身分の高い人物から、この一か月で様子の変わった人物を探ることにしたでござる。
そうしたら、割とあっさり該当者が見つかり申した。
この一か月で様子の変わった人物。
行方不明になったという王子何某はどこにいるのか知れぬので除外するとして。
王子の婚約者である公爵令嬢で次期女王候補のヴィヴィアン・アマゾネス・ヴァルキュリエ。
同じく女王候補で辺境伯の御息女、エルジェベット・アマテラス・バートレー。
まずはこの二人を探ってみることにしたでござる。
軽く探ってみると、どうやら現在、二人は同じ学校に通っているようでござる。
それも寮暮らし。
早速、不法侵入して調査してみるでござる!
目的地は、この国……調べたところによるとアマテラゾネス女王国というらしいでござるが、この国の王侯貴族がこぞって通う名門校という話でござる。
名家の子弟が通うとなれば、さぞかし警備体制も厳重なものでござろう。
拙者も気を引き締めて、慎重を期して侵入に挑戦するでござる! にんにん!
……別の隠里に住まう従兄弟にかつて「テンションを上げて集中力を高めるためのおまじない」として「にんにん!」という掛け声が有効だと教えられたのでござるが、そういえば「にんにん!」ってどういう意味でござろうか。煮ん煮ん?
ふと素朴な疑問を思い浮かべながら、拙者は堂々と裏口から学園に侵入したでござる。
「ちわーっす! 配達に来ました、タケル酒店っす。はんこくださーい、でござるー」
……あっさり侵入出来てしまったのでござるが、この学校の警備どうなっているでござる?
王国の未来を担う上流階級の子弟が通っているでござるよな?
これで大丈夫なのでござるか、この学校……。
しかし侵入に成功したこと自体は拙者の目的を思えば良いことでござる。
気を取り直して、話題の豹変令嬢×2を捜索するでござる!
「すみませーん、電報をお届けに上がったんですがー。女王候補のお二人がどこにいるのかご存じですかー」
「女王候補? ヴァルキュリエ家の御令嬢はお忙しい方だからなぁ。そっちの所在は知らないが、バートレー家のエルジェベット嬢なら大体いつも第三多目的室に陣取ってるはずだぜ。あっちのオレンジ色の校舎の、西口から入ってあーいってこーいって、突き当りの階段で三階まで行って、右手に歩いて行ったら辿り着けるはずだ」
「どうも細々とご親切にー。ありがとうでござるー」
そうして、探し始めて十数分後。
……呆気なく、探し人の片方が見つかってしまったでござる。
いくら何でも事の運びがスムーズ過ぎではござらんか……?
若干、何かの罠を疑う気持ちになったでござる。
しかし騙されているのでは、という懸念は、第三多目的室に辿り着いて早々に吹っ飛んでしまったでござる。
だって、第三多目的室の中に。いたでござるから。
壁際の長椅子に寝そべっている人物の顔を見ただけで。
それだけでござるが、それでもそれだけで拙者にはわかり申した。
顔も体格も、雰囲気やら、何から何まで拙者の知る姿とはかけ離れてござったが。
それでも、何もかもが違っても一目でそうだと思ったのでござる。
昭殿、こんなところに。
一発で本来の探し人のところまでたどり着いてしまったでござる。
万歳三唱で大喜びするべき場面ではござるが、寸でのところで思い留まる。
本当は、第三多目的室に乱入して昭殿に再会の喜びを伝えたいところなのでござるが。
直感的にそうだと思っただけ。
確信していても、物的証拠はござらぬ。
この状況で、保証もなしに飛びつくのは慎重さに欠ける行為でござる。
だから。
先人の知恵に則って、拙者はアレが昭殿だと断定する為に、声を張り上げたのでござる。
相手が昭殿という保証がないのであれば、確実に昭殿だと確信に至る方法を試すのみ。
昔からこういう場面では、合言葉で互いの正体を明かし合うものと相場は決まっているのでござる。
拙者は第三多目的室の窓をがらりと全開にし、室内に向かって大声で叫んだでござる。
「やま!!」
拙者の言葉に、昭殿っぽい御令嬢がハッと顔を上げる。
そしてすかさず、間を開けぬタイミングで叫び返してきたでござる。
拙者や昭殿や、小夜殿……日本出身者でなければ通用しない、わかりやすい言葉を。
「●き、春のパンまつり!」
あ、やっぱりアレ、昭殿でござる。
拙者は嬉しくなって、居ても立っても居られず。
第三多目的室に、後先考えずに飛び込んだのでござる。
「お会いしたかったでござるー、昭殿ー!」
しかし飛び込む前に、ちゃんと室内の状況を確認しておくべきでござった。
確認を怠ったが故に、拙者の行く手は遮られてしまったのでござるから。
「貴様、何奴……!?」
「ゲームマスターエルジェベット様に何用だ!」
「げーむますたぁー!?」
拙者の行く手を遮ったのは、どうやらこの学校の学生らしい若い男子三名。
揃いの制服を着こなし、厳しい顔つきで昭殿を……辺境伯令嬢エルジェベット殿を守ろうと体を張って拙者の前に立ちふさがったのでござる。
けど、一つ聞いてもいいでござるか?
引っかかった単語が一つ。
昭殿……ゲームマスターってどういう意味でござるか……?
なんでそんな呼ばれ方をしているのか、ちょっと教えてほしいでござる。