いま、クレームに行きます
走る彼の姿を、多くの人が見ていた。
夜が間近に迫る夕闇の中でも、彼の姿は目立つ。
特に、若い女性にとっては惹きつけられるように。
姿というわかりやすい魅力の指標。
娘たちは宝物のようなキラキラとした姿を目撃しては、頬を染めて囁き合う。
「わっ……すごい、かっこいい人だね!」
「ほんと。外国の……モデルさんとか、かな? 頭身すごい。日本人とは違うよね」
「あんな綺麗な金髪、初めて見たよ~! あんな男の人、本当にいるんだねぇ」
でも、と。
彼女たちは彼の姿を目にとめた後、声をそろえたように同じことを言う。
――「なんであんなに大慌てで走り回ってるんだろう?」と。
首を傾げた女性たちの耳に、外国のモデルではないだろうかと推測された金髪男の声が届いた。
それはちょっとだけ泣きの入った、必死で困り果てた感じの声で。
なりふり構わず、人目も気にせず。
彼は叫び声と共に視線を方々へと走らせるのだった。
「あきらくーん!? もうお夕飯の時間なのに、どこに行っちゃったんだー!」
予想もしなかった情けない声に、目を輝かせていた女性たちがぽかんと間抜けな顔をする。
方々を狼狽えたように走り回る、綺麗な顔の男。
それはただの、自らの子供を見失った父親に過ぎなかった。
ただし、その正体は妖怪である。
緩く波打つ、闇の中で月の光を集めたような明るい金髪。
陽の光など知らないかのような、透き通った白い肌。
作り物のように整った容貌の中、ひときわ存在感を放つのは青い瞳。
まさに完璧な美貌。
――を、備えた温和な四児の子持ち(男)。
それが三倉家の大黒柱、三倉 大(本名:アウグストゥス)。
彼の正体は現代の人間社会にひっそり潜む、海洋性人外生物……人魚(※妖怪)である。
そして絶賛宇宙人に拉致られて妙ちきりんな行動実験に巻き込まれ中の、昭君のパパさんでもあった。
彼は今現在、息子を探して夜の街を跳梁跋k……いや、疾走していた。
「昭君ー!? 小夜ちゃん、さくま(仮名)くーん!? どこにいるんだーい!?」
彼が汗水流して必死に夜の街を駆け抜けている理由はひとつ。
いつも通りに学校から帰ってくるはずだった三番目の息子が、予定通りに帰ってこなかったからだ。
保護者もなしに小学生が徘徊して良い時間は、とっくに過ぎ去っている。
学校にも確認を取ったが、担任の先生からは既に帰ったはずだと回答を受けていた。
その先生も、今は姿を消してしまった受け持ち生徒三名を探して方々を訪ね歩いている筈だ。
先生が児童を探しているのなら、その保護者が探していないはずがない。
いま、夜の街では大さんだけでなく、小夜ちゃんのパパさんやさくま(仮名)君の御父上が懸命の子供たちの姿を探しまくっていた。
もちろん、何事もなく家に帰ってくる可能性が無い訳じゃない。
だから各ご家庭のお母様方は自宅待機で子供の無事な帰りを待っていた。
子供が家に帰りつき次第、父親や先生たちに連絡を取る手筈になっている。
だけど未だに、誰の携帯電話も着信を告げはしなかった。
時間はどんどん過ぎ去り、夜の闇は着実に迫ってきている。
大さんの焦燥も、夜が迫るにつれて募っていく。
もう本当に、子供たちはどこにいるのか。
無事で見つかるだろうかと。
脳裏に過ぎるのは、記憶に残る痛ましい事件の数々。
子供というのは目に見えてわかりやすい弱者だ。
時に、誰かにとっての恰好の獲物として狙われ、事件に巻き込まれることは確かにあるのだ。
そんな事件の一つに、自分の子供たちが巻き込まれないなんて、誰が保証できるだろう?
藁にでも縋る思いで、止めることのできない足を少しでも前へと進めた。
彼の体力が人並みであれば、とっくに限界を迎えていたはずだ。
そのくらい、彼は全力で子供たちを探していた。
そんな大さんの懸命な姿と、子供たちを案じる思いが天に通じたのだろうか?
いずれの神が、大さんの願いを掬い上げたのか。
きっとその神は、古い時代の装束を身に纏い、みずらを結っている。
まあ、何かしらの神の加護が通じたのだろう。
だってそれは、全くの偶然で。
そして今の彼にとって、何よりの幸運だった。
子供たちを連れ去った『犯人』の姿の一端を、その目に捉えることが叶ったのだから。
常人の目には、見えないはずのソレ。
地球人(人間)の目には触れないようにと細心の注意を払ってわざわざ施されていた、宇宙的な何らかのテクノロジー(詳細不明)。
人間の目には見えなくなるはずのそれも、人間じゃない大さん(妖怪)には意味がなかったというのか。
宇宙人たちの計算的には見えなくなるはずのソレを、彼はしっかりとその目に映していた。
満点の星空を背負い、滞空する、空飛ぶ円盤的なナニかを。
今ここに、妖怪と宇宙人の邂逅が発生しかけていた。
大さんのそれは、ほとんど直感のような物だった。
だけど彼の直感は、千年以上の時をかけて培われ、磨かれてきた直感だ。
妖怪として人魚として少なくない危機にも陥ってきた。
それ以前に激動の時代を何度も重ねて乗り越える羽目になってきた、大さんはいわば経験値の塊だ。
自らの直感によって、窮地を脱したことも少なくない。
その、大さんの直感が確信めいた強さで主張した。
我が子は、あの円盤にいると。
まず間違いない。
大さんは、狼煙を上げた。
さくま(仮名)君のパパさん(現役忍者)との連絡を取る為である。
忍者父は、家に携帯電話を忘れて慌てて飛び出していた。携帯しようよ、携帯電話。
「小夜ちゃんのお父さんには……刺激が強い、か。やめておこう」
そもそも呼びつけても、小夜ちゃんのお父さん(一般人)にはきっとアレが見えないし対応できない。
ここはさくま(仮名)君のお父さんと自分が頑張って、小夜ちゃんも一緒に連れ帰る。
大さんの頭の中では、円盤憎しと計画が積み上げられつつあった。
確たる証拠があるわけでもないのに、もうほぼ我が子は円盤にいるものと断定していた。
「最近、円盤増えてきてたけど放置していたのは間違いだったかな。アイツら、子供に手を出すとどうなるか……二百年前の失敗を忘れたらしい」
二百年前に何があったんですか、大さん。
忌々し気に円盤を眺めながら、大さんはふと思いついて携帯電話を再び取り出した。
「移動手段用意しておかないと……」
どうやら円盤を墜落させては、中にいる子供らの身が危ないと思い至ったらしい。
そこ、思い至れて良かったね。
しかし敵は空の上だ。
妖怪といえど海洋生物である大さんに、空の上へと至れる手段があるのだろうか?
暫し思わし気に指をさ迷わせていた大さんは、やがて通話リストから一つの名前をピックアップした。
「あ、もしもし鞍馬天狗?」
「――……」
「いや、大事な用があるんだ。何年か前に預けておいた、アレを至急こっちに寄越してほしいんだけど」
「――!!」
「え? 調整がまだ終わってない? ……躾が少しくらい不十分でも構わない。こっちも大事な用があってね」
「――!」
「本当に大事な用なんだ。……空の上に殴り込みをかけるには、ちょっと足が、ね?」
「――……」
「そんな溜息つかないでくれるかな? こっちも子供の命がかかってるんだ。子供を奪われた親は、なりふり構わなくなるものだ。そうだろう?」
「とにかく、急いで派遣してほしい」
一方的に要求を突き付けて、大さんは通話をぶっちぎる。
……それにしても、彼は何を派遣させようというのか。
ところどころに不穏な単語が混じっていたのは気のせいだろうか。
そして、30分が経過した。
大さんが上げた狼煙を確認し、黒い覆面で顔を隠した男がやってくる。
場所は人目の少ない、廃ビルの屋上。
覆面の男は、大さんの姿を見るなり凄い勢いで詰め寄った。
「あんた……昭君のお父さん! 何故、我らが一族の合図を知って……!?」
狼煙の量と色と、その他諸々。
通信網の整っていなかった古い時代、覆面の一族が用いていた、離れた位置にいる者との情報交換の手段……狼煙に含まれた、種々様々な合図。
一族秘伝の筈のそれを、何故知っているのかと。
大さんは目を逸らすことなく、覆面をしっかりと見据えている。
「この近辺に古くからいる『一族』なら、ちょっとした縁があったので……それよりもさくま(仮名)君のお父さん! 協力をお願いしたいんですが」
「協力? ハッまさか子供たちの手がかりを……っ」
「これから、殴り込みに行きます」
「殴……誘拐か!? 子供らの姿が消えたのは、誘拐なのか!」
「ええ、ちょっと空の上まで」
「………………なに?」
大さんはしっかりと空飛ぶ円盤を指差し、現役忍者に宣言した。
「あの空飛ぶステルス円盤に、目にもの見せてやりましょう」
大さんの発言は、忍者の理解を超えた。
「それじゃあ、子供たちの為にお互い頑張りましょう! もちろん、ご一緒してくださいますね?」
朗らかにそう言って笑う大さんの姿が、さくま(仮名)君のお父さんは自分とは別のイキモノに見えた。その直感、大当たりです。
だけど抗議するよりも、大さんの正気を疑うよりも。
目には見えない空飛ぶ円盤襲撃宣言を発表した、大さんの背後に。
ずごごごご……という効果音が聞こえてきそうな迫力で迫る、イキモノに。
さくま(仮名)君のお父さんは言葉を失った。
「ちゃんと円盤に乗り込むための乗り物は用意しました。準備は万端です」
「の、乗り物って、それが!?」
自分達の一族も現代社会ではよっぽど特殊だと思っていたけれど。
目の前の男は、自分の基準で『特殊』の限界を超えた。
現代社会の闇に潜む忍者の男は、理解に苦しむ現実を前に、覆面の下で顔をひきつらせた。
だって大さんの背後には、大きな龍が空に浮いていたから。
「……うちの子、絵が上手でしょう? 今よりもっと小さい時に描いたモノなんですが、良く描けてますよね!」
「い、意味がわからない……っ」
「鞍馬天狗に躾をお願いして預けていたんですが、中々の仕上がりで。背からふるい落とされることはまずないと思いますよ。でも念のために命綱つけてもらっても良いですか」
「サクサク話を進めないでくれないか!? こっちは頭が爆破しそうなんだが!」
大さんが指さすのは、墨色の鱗を星明りに艶めかせる巨大な龍。
その背なら、大人二人でも余裕で跨がれそうだ。
空飛ぶ手段として妖怪が用意した伝説のイキモノを前に、違う意味で幻の存在であるはずの忍者は世界観の乖離を実感して手を震わせていた。
自分の子供を救出するためには、どうやらこの未知の生物の背中に乗らなければならないらしい、と。
職業上、察しの良すぎる己の理解力を呪って、さくま(仮名)君のお父さんは命綱を腰に括り付けた。
悠々と空を泳ぐ、巨大な龍。
その背には人魚と忍者がまたがったまま。
はるばる目指すは同じく空の上……銀色の、空飛ぶ円盤。
そこにいるはずの我が子らを求めて、父親という名のクリーチャーが物騒な覚悟を決めていた。
空飛ぶ円盤、撃ち落とすのもやむなしと。
いきなり作中に現れた妖怪
・龍
……短編『あきら君は子供の日でも通常運転でお送りいたします』参照。
誕生の経緯からして、生粋の妖怪というよりも式神に近い存在かもしれない。
いきなり成体で生まれたせいか色々妖怪的なルールに疎かった為、あの短編の後、大さんに確保されて教育実績に定評のある鞍馬天狗に預けられた。
鞍馬天狗曰く、調整はまだ不十分らしい。