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不遇の姫は聖女となって魔王に見初められました。

作者: 宇喜たると

書き始めたら天然鈍感姫に仕上がりました。

 私の生まれはとても小さな国の王族です。民にかけてこの生まれに不満を抱いていないと断言できます。

 しかし憂いはあるのです。

 私は最初の王女として生まれました。その時に私は隣の大国の王へと嫁ぐことが決まりました。年の差はちょうど三十です。


 小さく、弱い国は大きな国と王族同士が縁続きになることでようやく生き残ることが出来るのです。私の国も例外ではありません。

 私は幼少の頃よりそれを言い聞かせられ、それも己の運命だと受け入れました。

 ですがただ一つ、夢を見たのです。どうかどうか、彼の王様が、きっと私だけを愛してくれますようにと。

 まるでお伽噺の王子様のように、私だけに永遠の愛を捧げてくれますようにと。


 しかしそんな夢も儚く、輿入れ先では十三人居る側室の一人だと知ったのは、夢を見た二年後のことでした。乳母は知っていたが、とても言えなかったと泣いて謝っていました。

 現実を教えてくれた父は溜息を一つ落とすだけでした。その目には憐憫の感情すらなく、面倒な仕事だった、と言いたげでした。


 私の下には何人かの妹が居ます。もちろん弟も。彼ら彼女らは、随分と両親に愛されて育っているようです。時折家族団欒を楽しむ声が、私の居室にも遠く聞こえてきました。

 ですが大国へと嫁にやるだけの道具には、表面的な便宜を図ってくれるだけでした。一度だって、同じように笑いかけてもらえたことはありませんでした。


 しかしそんなことで不満を抱いてはいけないことくらいは、私にもきちんと理解出来ました。私はたとえ両親に愛されていなくても、兄弟姉妹に会えなくても、それでも王族なのです。

 民に生かされ、民のために生きるこの身を、どうして嘆くことができましょうか。

 だから私は、いつでも微笑んですべてを受け入れるのです。民のためならば、この身など、どうとでもすれば良いのです。


 あと一年で輿入れとなった時に、王宮内が大騒ぎになりました。御神託が下り、私は勇者に付き従う聖女だと教団が告げたのです。

 教団の言葉は絶対です。父も母も最後まで首を縦に振りませんでしたが、私は教団に言われるがままに旅の支度をし、そして光を凝縮したような人物に王宮を連れ出されました。

 それが勇者様です。


 この国には古来より魔国と呼ばれる国があり、その頂点に君臨する魔王はこの世の全てを無に帰すことを夢見ていると言います。当代の魔王はもう四百年以上生きているそうです。

 魔王を倒すために異界より呼び寄せられたのが勇者様です。漆黒の髪に、黒すぐりのような瞳を持つのに、まるで太陽のように眩しく輝いて見えるお方です。

 その方は言いました。


 こんなことを続けても無駄だ。和解の道を持ってして古の魔王を倒し、新たな魔王の誕生としよう。


 私にはさっぱり意味がわかりませんでした。見れば他の仲間たちもそのようです。いつも私を王宮暮らしの世間知らずと笑う拳闘士様も首を捻っていました。

 このまま考えていても答えには辿り着かないだろうと思い、勇者様に訊ねました。どういう意味でしょうか、と。


「まず、魔王を倒さない。多少の戦闘は避けられないかもしれないが、なるべく両陣営ともに戦死者を出さない。

 その上で人間と魔族との共存の約束をなんとしてでも取り付ける。

 これによって旧来の人間族を滅ぼそうとする魔王を倒して、新しく人間族との共存を望む魔王にする」

「無茶だわ!だってあいつらは自分達も含めて、無に帰ることを望んでいるんですもの。絶対無理よ」

「まったく、どこぞの世間知らずじゃあるまいし、なんつー無茶な」


 呆れたり、怒ったり、笑ったり。

 勇者様に対する反応はそれぞれバラバラでした。でも私はそれがとても良い案に思えて仕方ありませんでした。

 きっとそれは、愛に溢れた世界になるのでしょう。

 両親にすら愛されなかった私です。王宮を出るまで国民に存在を怪しまれていることすら知らなかった私です。だからこそ、そんな夢のある世界を作る礎になってみたいと思いました。

 私はもう一度、夢を見たのです。







「ふん……なるほど、な。

 それで城に単身で乗り込んできたと」

 こめかみのあたりを指で揉みほぐす仕草をする男性に「はい」と答えました。すると彼は大きな溜息をつきます。


 あの後私は勇者様に頼み込んで先遣隊にしてもらいました。拳闘士様に大反対されましたが、どうしても私は譲れなかったのです。

 許可して下さった勇者様も、最初は私の他に何名か共にさせるつもりだったようですが、断固拒否したのは私です。あの時勇者様のお考えに賛同したのは私一人。

 ならば私だけが、この任に相応しいと考えたのです。


「……で?魔王に会えない、と」

「そうなのです。魔王様に会わせて下さいとお願いしても、皆様場所を教えて下さりませんし、自力で探そうにもここは私の暮らしていた王宮よりも広くてどこがどこやら」


 悄気返る私を見ながら目の前の男性は深く深く、溜息をつかれました。その方は豪奢な椅子に身を沈めて「どう説明したものか」と頭を抱えています。

 なるほど、確かにこの広さでは道を説明するのも一苦労でしょう。しかしこの方もお忙しいでしょうし、道案内を頼むのも気が引けます。

 じっと言葉を待っていますと、彼は何かを覚悟したようなお顔をされました。


「聖女だと言ったな?」

「はい。そのように御神託が下ったと聞きました」

「つまりそなたからは我ら魔族の最も苦手とする気が出ておる。それもかなり強力ゆえ、相対してまともに会話できるのは魔王くらいなものだろうよ」


 なんということでしょうか。皆さんが教えて下さらないと思っていましたが、私のせいで皆さん教えたくても教えられない状態だったのですね。

 しかも無意識とは言えそのような状態に追い詰めてしまったなどと……

 深く反省する私の前で「さては気付いていないな……」とまた頭を抱えられる男性。私が魔族の皆さんが苦手とする気を無意識に放出していたことを覚ってくださったようです。


「聖女よ、そなた魔族がなぜ人間族に対して攻撃的か知っておるか?」

「魔族の皆様はこの世界を破壊し、かつてのあるがままの世界の姿、無に帰ることを望むからだと心得ております」


 私の言葉に「まぁ、間違いではないがな」と彼は苦笑した。どこか寂しげな、悲しげな笑みに胸がチクリと痛みます。


「確かにかつての同胞たちはそうだったのであろうよ。だがな、我らも永い時をこの世界で暮らしてきたのだ。今更そんなことを本気で望むものなどおるまいよ」

「……では、どうして……」

「簡単な話だな。互いに同胞を殺されすぎた。それだけだ」


 自嘲気味なその言葉にきゅっと拳を握る。確かに、私達もたくさんの魔族を葬ってきた。逆も然り。

 でも、だからと言っても、それをいつまで続けると言うのだろうか。

 それでは本当に、最後には無に帰ることになるのではないだろうか。焦りにも似た感情が私の心を締め付けた。


「確かに、そうです。私の王国にも、殺されたもの、殺したものが居るでしょう。

 でも、それを一体いつまで続ければ良いのですか?これから生まれてくる子達にも、その咎を背負わせるのですか?

 私にはできません。そんな未来の礎になりたいと思えません」


 訴えかける私に彼は「偽善だな」と笑う。けれどその後で、ほんの少しだけ柔らかな笑みで「だが、嫌いではない」と言った。


「聖女よ、共存の為ならばなんでもすると誓えるか?」

「はい。今を生きる民に、これから生まれてくる民に誓って」

「例え魔王との婚姻であってもか?」

「もとより結婚相手に夢はもう見ておりません」


 苦笑した私に彼は「そう言っていたな」と笑う。

 あぁでも、できればオーガのような姿よりは、目の前の方のような姿が嬉しい。角もあるし爪も長いし、目もぎらりとしていて怖いけれど、それでもどこか悲しさと優しさを滲ませた、目の前の方のような魔族であったなら。


「近くに」


 促されるまま近寄る。きっとこれから魔王様のところに案内されるのだろう。

 あっ。気に入らないと八つ裂きにされたらどうしましょう。

 想像にバクバクと心臓が踊り始めて途端に緊張する。椅子から立ち上がった彼に手を取られている間も汗が流れる。


「ところでまだ気づかぬか?」

「え?」

「……。魔王は私だ」


 鈍いな。

 言われた言葉を理解するのに瞬きを四回ほど繰り返した。

 えっ。でも。えっ。

 戸惑う私の額を魔王様がそっと口付けを落とす。両親でさえしてくれなかったその行為。乳母がかつて、一度だけしてくれた優しい温もりを伝えてくれるそれ。


「まずはそなたのその気をなんとかせねば、王妃のお披露目すらままならんな」

「あの、えっと、魔王様」

「二グールだ」


 短く訂正されて初めて魔王様の名前を知る。魔王様の名前なんて皆知らないから、もしかしたら私が人間族で初めて魔王様の名前を知ったかもしれない。

 手を引かれるままにぐるぐるとどうでもいいようなことを考えていると、二グール様がちらりとこちらを見る。


「魔族は側室を持たぬ。生涯をお前だけだと誓おう」

「……セレティアです」

「そうか。あぁそうだ、勇者のところへはあとで使いを出しておこう」


 きょとん、としていると二グール様は呆れたようなお顔をなさる。そう言えば出会ってからそんな顔ばかりされている気がする。


「我が妻は先遣隊の役目を負ってきたらしいからな。成功を伝えてやらねば哀れだろう」

「……セレティアです」

「あぁ」


 一向に名前を呼んでくれない二グール様に少しだけ唇を尖らせる。どうやら妻は私だけらしいけれど、愛を捧げてくれる訳では無いらしい。

 お伽噺のような恋物語に対する憧れが少し蘇っていた私としては残念ですが、仕方ないでしょう。

 側室を持たず、私だけと決めてくださるその優しさに満足するべきでしょう。


「言い忘れていたがな」


 部屋に入りながら二グール様が思い出したように口を開く。

 そこは大きな寝台と、形ばかりの小さなテーブルと椅子が置かれた寝室だった。ここに通された意味を覚って顔が熱くなる。

 私だって、それくらいは知っています。


「魔族の男は嫉妬深くてな。

 セレティア、二度とその名を私以外のものに呼ばせるな」


 つい、と顎を指で掬われてまた顔が熱くなる。

 自分の名前がこんなに蠱惑的な響きだなんて知らなかった。男の人の声がこんなにドキドキするものだなんて知らなかった。


「あとな、何か勘違いしているようだから言っておくが、お前に俺の魔力を注いで聖女の気を鎮めるだけだからな。

 お前を可愛がってやるのはもう少しあとだ」


 くつくつと意地悪く笑われてまた顔が熱くなる。

 だって、だって、仕方ないではないですか。幼い頃から、結婚したらお世継ぎを作るものだと、言われてて。私が望んでいなくても、そういうものだって。

 考え込む私の唇に、二グール様の唇が重なる。熱い吐息とともに流れ込んでくる魔力にくらりと目眩を起こした。


「相性が抜群に悪いからな。しばらく寝ておれ。

 その間に手配は済ませておこう」


 二グール様の声を遠くに聴きながら私は深く、深く眠りにつきました。







 目が覚めると私をのぞき込む複数の顔に、思わず悲鳴を上げそうになりました。

 しかしよくよく見るとそれは共に旅をしていた勇者様と拳闘士様、それから魔道士様と剣士様でした。皆様どこか険しい顔をしていらっしゃって、思わず首を傾げます。


「おはようございます。皆様どうしてこちらに?

 ……あら?ここはどこでしたっけ?」

「――ほんっとにあんたは心配してたことを忘れさせるというか……

 ここは魔王城よ。覚えてる?」


 魔道士様に問われてぱん、と手を叩き合わせます。思い出しました。私二グール様と結婚することになったんでした。


「皆様聞いてください!魔王様が私との結婚を条件に」


 ごん。

 頭に鈍い痛みが走って思わず頭を抱えます。何故ですか拳闘士様。今まで私を馬鹿にすることはあっても拳を振るうことはしなかったではありませんか。

 ちらりと見上げるととても恐ろしい顔をなさっているからびっくりしてしまいます。


「お前っ、お前……っ!

 なんてことしたんだ!魔族との共存なんかのために、魔王なんかに――っ!」


 私に掴みかかろうととする拳闘士様を剣士様が必死に抑えて下さります。その隣では勇者様が険しい顔で「すまない」と頭を下げられているし……

 助けを求めるように魔道士様を見ると、彼女は難しい顔で私を見ました。


「あんた……これでよかったの?」

「良かった……とは?私はなにか間違いをしてしまったのでしょうか……」


 おろおろとする私の問いに答えてくれたのは、二グール様でした。

 部屋の入口に居たようで、ようやくそのお姿を見て思わずほっとする。私の都合のいい夢だったならどうしようかと思っていましたから。


「間違いと言うか……お前本当に鈍いな。

 好いた人間族と結婚して片田舎で暮らす道もあったのに、私の妻になって良かったのかと聞きたいのだろう」

「好いた……方?」


 二グール様の言葉にきょとん、としてしまう。だってそんなこと、考えたこともなかったのです。

 王族として生まれて、婚姻の自由など最初からなくて。旅に出てからも、世界の広さにそんなことを考える余裕すらなくて。


「……私、好いた方なんて居ません。それに二グール様以外との結婚なんて想像できないです」


 あっさりと言った私はおかしいのでしょうか。二グール様も含めて皆様動きをピタリと止められました。

 あんなに暴れていた拳闘士様もです。


「……えぇと、ちなみに、例えば拳闘士とか」

「拳闘士様がどうかなさいましたか?」


 勇者様の言葉を聞いて思わず拳闘士様を見る。なぜか顔色が真っ白だ。

 あんなにいつも元気な方がどうしたのでしょうか。

 不思議に思っていると二グール様が「くっ……くっくぅ、くぅはははは!」と悪役のような笑い声を上げています。さすが魔王様です。


 何も分からないままなぜか皆様に「お幸せにね。困ったことがあったらいつでも言ってね」「教団への報告を済ませたらすぐにお祝い持って戻ってくるからね」「幸せになるのだぞ……拳闘士のことはあまり触れてやらないでくれ」と口々に言われました。ちなみに私の両親にも一応報告して下さるそうです。怒られないといいのですが……

 拳闘士様は本当になぜかその後白い顔でどこか遠くを見ていました。


 私のお披露目としてお城で開かれたパーティーにはたくさんの魔族の方がいらっしゃいました。皆様微妙な顔で私を見つめるので、やはり人間族の王妃には複雑な感情があるのでしょう。

 パーティーの間中ずっと二グール様のお膝に座らされていたのも問題な気がします。はしたないと思われているような気がします。

 二グール様に訴えましたが「私のものだと理解させるにはこれが早いからな」と言われました。そういうことではないと思うのです。


 その数ヶ月後、勇者様たちが本当にお祝いの品を持って訪ねてきて下さいました。それも人間族と魔族共存の足がかりを作るために、この地にお住みになるそうです。

 なぜか拳闘士様は涙ぐんでいらっしゃいました。あと「お前みたいな世間知らず、すぐに忘れてやるからな!」と言われてしまいました。よほど私のことがお嫌いなんでしょう。

 これも仕方ないことですから、残念ですが受け入れるしかないでしょう。

 この話をすると、なぜか二グール様はとても楽しそうにされていました。不思議な方です。


 それから数年後、魔王城には子供たちの楽しそうな声が響き渡ります。当初困惑気味だった魔族の方々も、魔王様の決めたことだと受け入れて、私や私の産んだ子にも良くしてくださいます。

 勇者様と剣士様も魔族の方と結婚されました。魔道士様は大きな国の王子様に熱烈に求婚されて、昨年ようやく決心されました。

 拳闘士様はなんでも初恋の方が忘れられないそうで、未だに独身を貫いていらっしゃいます。それだけ思われている方は、きっと幸せでしょう。


「少しずつ、この国にも人間族が増えたな」

「はい。人間族の国へはまだまだですが……きっと、私たちの孫の孫くらいには仲良く暮らしていますよ」

「……そうだな、セレティアが望むなら、そうなるだろう」


 あの頃より幾分か柔らかな表情を見せてくださるようになった二グール様に、とっておきの笑顔をお返し致します。

 私の望みは二グール様の望みでもあると、結婚式の日に言ってくださったお言葉、私は忘れていません。

 私だけでなく、二グール様も望んでくださるなら、どれだけ長い時間をかけても私の夢は叶うのだと信じていられるのです。



 むかしむかし、あるところに、とても不遇なお姫様がいました。

 お姫様は不遇を嘆かず、人の幸せを願う清い心のために勇者様に助けられました。

 勇者様と旅をする内に、お姫様は魔族の王様に見初められ、二人は結婚し、いつまでもいつまでも、仲良く暮らしましたとさ。



 おしまい。

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