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1球目 「"ダイアモンドの原石"がいるかもしれねぇだろ?」

3作品目です。今回の題材は、"卓球"です。自分がやってるということもあり、結構書きやすいです。

色々用語とか出てくるんで、あとがきで解説していきたいと思います。


 「……ハァ、ハァ」

 

 息苦しい、と思わせる呼吸をしているだろう。

 

 俺は卓球マシーンから繰り出されるボールを、卓球ネットに打ち付けていた。現在は"ドライブ"なるものをしている。ボールがネットに当たった。そのボールは回転をもて甘し、ネットに重なり、シュー、と気持ちいい音を出し、ネット下にあるカゴへ落ちた。

 

 ひとしきり打った後、マシーンは機械的音を出し、ボールを繰り出すことをやめた。

 

 取り出すためのボールがなくなったからだ。

 

 「フー……」

 

 卓球台の下に設置されている柱にかけたタオルを取り、首に巻き、頬の汗を拭う。卓球は、体力を使わないと思われがちだが、実は違う。逆に卓球ほど体力を使う競技と出会ったことがない(そもそもあまりスポーツをやらない俺の偏見だが)。

 

 ラケットを持ち、ボールに当てる手。

 

 ボールを追うための足腰。

 

 一瞬の判断で勝利が決まるため、咄嗟に出る判断力、瞬発力。

 

 それら全てを身につけて初めて、卓球という競技は成り立つと、俺は思っている。

 

 「……あんたも飽きないねぇ」

 

 ここでこの卓球店の店主である老母が、店の奥から頭を出した。残念だが卓球についての解説は、一旦終わりだ。

 

 「ここでしか出来ないんだよ」

 

 「別に卓球する……しかも対人じゃなくて、機械相手になら他の卓球店でもいいじゃろ。なんでこんなオンボロ店に来るかねぇ……」

 

 なぜ、と聞かれるとすぐには答えは出てこない。あの店主の言うとおり、つい最近、近くに新しい卓球店が営業を開始した。老母によると、あの店ができてからこの店の売上は激減、生活していくにも苦しい環境になってしまったらしい。それでも俺は____

 

 「んーと、学校から近いのと、無料なとこ」

 

 照れ臭くなり、本当のことは言えないが、俺が今いったことはあながち、間違ってはいない。

 

 俺はほぼ毎日この店を利用している。学校が始まる前、そして放課後。しかも短い時間の中で。その理由は、俺の家庭内にある。

 

 俺の両親は、完全なる英才教育方針のため、家に帰れば勉強勉強。休日は友達と遊ぶ時間が全くなく、朝6時から夜10時まで家から一歩も出ず、ただただ机にだけ向かっていた。朝食は、ヨーグルトにパン、昼食は白米と味噌汁、夕食は魚や肉といった、身体に対する気遣いはいい(?)のだが、トイレにさえ行かせてくれなかったことも多々あった。さすがの俺も耐えられなくなり、高校1年の冬、とうとう両親の言う"絶対にやってはいけないこと"をしてしまう。

 

 誰でも"ストレス"というものは抱えている。そのストレスをいかに分解するかが問題である。ゲームにせよ、運動にせよ、色々な方法があるだろう。ただ、俺の場合のそれが"卓球"だと言うだけだ。

 

 当然こんなことを両親に言えるはずもなく、毎月貰う少ない小遣いを酷使する日々だ。そこで俺は先ほど、「無料」といった。当たり前だが、無条件で無料ということはさすがになく、その真相は、俺と店主の間柄に隠れている。

 

 『俺がこの店の手伝いをしてやるから、タダにしろ』

 

 この一言で、俺はこのオンボロ店を通い始めた。もともと、卓球に興味はあったので、試しに、と行ってみた。

 

 もしかしたら、この日は俺が初めて、"気持ちいい"と思える瞬間だったのかもしれない。

 

 その気持ちを抱え、俺は帰路を辿った。

 

 家に帰ると、当然のように母が、玄関前で身構えていた。

 

 「こんな遅くまで何してたの? この分遅れた勉強時間は取り戻せるんでしょうね?」

 

 「……今日は、学校に残って勉強してたよ。先生の言ってることがよくわからなくて………」

 

 本当のことを言うと確実に怒られる、と悟った俺は母が出す特有の"オーラ"の圧に押し潰されないよう、懸命に直立状態を保っていた。

 

 「先生なんてアテにしないほうがいいわよ。あの人たちは金しか興味がない、あなたの将来なんてこれっぽっちも考えていないから」

 

 普段の勉強のなかで、俺は基本、参考書を利用して進めている。何年前だったか、俺が親に向かって、「かけ算がわからない」といった。その時の両親の顔は、今でも覚えている。その表情からは、恐怖と嫌悪、怒りが見える。どうしてこんなこともできないのかと、母には殴られ、父には蔑みの眼でみられる。俺はどうすることもなく、ただ母という化け物の怒りが収まることをずっと、願っていた。体力が尽きたのか、俺に向けられていたはずの手は退けられ、「……今日は早く寝なさい」といって、自分の部屋に帰っていった。父は早々に部屋へ戻っていたため、あまり父の顔は覚えていない。

 

 「無料、ねぇ」

 

 またしても店主が、俺の回想を破った。

 

 「俺にとって10円は吐いてでも残したい大事な資金なんだよ」

 

 「……"Time is money"、時間はお金という誰かさんの言葉を使えば、結局は金を払っていることになるけど」

 

 「現金で払うよりいいだろ」

 

 「……まあ、あんたが店内掃除してくれるからいいけどさ」

 

 そう、俺は無料の交換条件として"店内清掃"を提示した。老母はその提案を快く承諾し、とりあえずは、俺が親離れするまでの期間となった。それ以来、俺は平日にこの"三津田卓球店"を出入りし、学校登校時刻より2時間早く起き、また誰よりも早く学校を出て、あの場所に長く居られるように必死になっていた。

 

 「ほら、このオンボロ店よりあっちの新しいほうに行きましょうよ! こんな脆い店になんて人来ませんよ!?」

 

 ふと、青年の声が店の外から響いた。「オンボロ店」とは俺が今卓球をしているこの店だろう。人はいないと断言したあの青年に一言言ってやろうかと考えたものの、貴重な趣味(ストレス発散)の時間をムダにはしたくないので、早く去れと願いながら、もう一度卓球マシーンのカゴにボールを詰め込んだ。

 

 カゴにごろごろとボールを入れている途中、青年の声と重なり、別の声も聞こえてきた。

 

 「まあまあ、こういう年季の入った店にこそ、"ダイヤモンドの原石"がいるかも知れねぇだろ?」

 

 好戦的な印象を与える、太い声が耳に入った。恐らく年配の人だと思われる。だが、青年とは違いこの店のことを"年季の入った"と表現した。気遣いができる人がいると、少し安心し

たのも束の間、次いで、青年の声が入り口近くまで来た。

 

 「今のご時世、最先端技術を使わない限り、プロとしてやってけるなんて無理ですよ。ボケました? 矢伊達(ヤダテ)さん」

 

 さすがの俺も頭にきた。プロとしてやっていけないというのはイコール強くなれないことを指している。確かに難しいだろうが、俺は2年間この店に通い続けている。体験した俺としては、強くなったとは思わなくても、上達したとは感じられた。自分の身で体感したことのない子供に言われると、余計腹が立つ。

 

 「ボケとらんは、アホか。よく耳を澄ましてみろ。聞こえるだろう、ピンポン玉の音が」

 

 一瞬の静寂を経て、またしても口を開いたのは、例の青年だった。

 

 「……確かに聞こえますけど、どう考えても初心者ですよ?」

 

 「とにかく、何事も突っ込めだ! いざ、突撃ィィィ!!」

 

 「そんな教訓、聞いたことありませんよぉぉ!!」

 

 ガチャ、と大きな音を立てて入ってきたのは二人。彼らが入ってくる頃には、卓球マシーンと本日2回目の対峙をして、フォアドライブの練習をしているため、足音で二人と判断した。

 

 「頼もーーーーーー!! 誰か俺と卓球しねぇーか!?」

 

  ~・~・~・~・~・~

 

 8月9日 午前5:00________。

 

 僕は中世ヨーロッパの雰囲気を漂わせるソファに腰を掛け、高級感溢れるテーブルに1枚何千と呼ばれるクッキーを並べ、朝に煎れたコーヒーに口をつけようしていた。

 

 紳士の朝は早い。毎朝4:50にはベッドから降り、日課であるティーカップで煎れたコーヒーを優雅に飲む、そのためにはどんなことでも惜しむつもりはない。

 

 「……いい香りだ………」

 

 コーヒーに鼻を近づけ、香りを味わう。そして、カップを口に運び、心まで染み渡るよう、ゆっくり、ゆっくりと流していく。茶色い液体が喉を通過した瞬間_____、

 

 「おーい、いるか? ユウキ!!」

 

 ドン、と勢いよく自宅のドアを開けて、づかづかと入ってきた巨体は、僕を見て言った。

 

 「出掛けるぞ!! ユウキ!!」

 

 かくいう、僕はというと____コーヒーが肺に流れ込み、これでもかというくらいに咳き込んでいた。

 

 「ゲホッ、ゴホッ……なんですか急にぃ……」

 

 まだ朝の5:00だというのに、元気な彼の姿を見ていると、老人は起きるのが本当に早いんだな、と思わせる。

 

 彼の名前は、矢伊達 晶。僕の師匠に当たる存在で、だらしない茶色のズボン、これでもかというくらいに着崩したジャンパー、そして極めつけは剃りもしない髭と、目付きである。細くつっているため、好戦的と思われがちだが、実は違う。本当はすごく優しい人だが、外見がゆえにあまり伝わらないらしい。

 

 「理由は?」

 

 「暇だから!!!」

 

 ______これだからこの人は……!!

 

 内心で毒づきながら、僕はゆっくりとクッキーを食べた。口のなかで咀嚼している間に、彼は皿にあったほとんどのクッキーを、胃に流し込んでた。その時間、わずか2秒……! 僕が手を出すまもなく、ゴクンと飲み込んでしまった。

 

 「……それ、結構高いんですよ」

 

 「そうか? たかがクッキー1枚くらいいいじゃねぇか」

 

 「あんた、皿にあったクッキー全部食べたよね!? 少なくとも3枚以上あったよね!?」

 

 「えへへ、すまんすまん」

 

 「もぉ~」

 

 高級クッキーとは言わずとも、僕の少ないバイト代から出ている。それなりの対価を払ってもらわないといけない。

 

 「で、どこに行くんですか?」

 

 「東京に行ってみねぇか?」

 

 「……遠くないですか?」

 

 僕と彼は、広島在住である。この老人は知らないが、僕は16年間生きてきて、広島から足一歩出したことがない。付近の大阪などを行こうか悩んでいる僕にとって、東京なんて二の次、三の次。ハードルが高すぎる。

 

 「別に東京でやらなくてもいいじゃないですか」


 「いや~、いつか試合で来るかもしれねぇんだ。場所慣れしといたほうがいいだろ」

 

 確かに彼の言うとおり、場所慣れは色々な場面において有利に進められる。地の利、というやつだ。

 

 こうして仕方なく東京にたどり着いた。

 

 そして、今に至る。

 

  ~・~・~・~・~・~・~

 

 俺は生まれてはじめて、"天才"というものに出会ったのかもしれない。

 

 天から受けた才能。それは、ある特定の分野において、秀でているものを持つ人のことを指す。人は、生まれながらに平等である。フランス人権宣言の、ラ=ファイエットが唱えた言葉だ。平等ではない、神に愛されていない、それは本人の問題だ。誰しもが必ず、"天才"と呼ばれる才能を持っている。ただ、短い人生の中で、それを見つけられるか、ということである。俺は実際、もっとこうすれば、"天才"になれたのではないか、と思わせる者を数々見てきた。俺の隣を歩く、竹田 優紀も例外ではない。

 

 彼は、本当に卓球という競技を選んで良かったのか、まだ学生という幼い頃に、人生の選択を迫っていいのだろうかと、そう思うことは多々あった。だけれども、彼は俺に付いてきている。1つのスポーツ競技を極めようという決意の証だ。彼にも、全く才能を感じない訳ではない。だが、目の前で卓球マシーンと対峙する青年もまた、底知れぬ才能を感じられる。

 

 短い息を吐き、吸い続ける青年を、思わず俺は見入ってしまった。

 

 端から端へ、移動しながら打っていても、崩れないフォーム。完璧と言わざるを得ない、力。そして何より、あの青年から出ているオーラのようなものが、その力を表している。

 

 「……すごい………」

 

 隣で同じく見ているユウキも、思わず声が漏れてしまう。意識していないところが、より感情を表現している。

 

 俺たちはただ、呆然と見ていることしかできなかった。

 

 「……"ダイヤモンドの原石"」

 

 ダイヤモンド……..。それは、鉱石の中で最も硬く、光沢が美しいと呼ばれるもの、俺は所謂、"天才"をそう呼ぶことが多い。しかし、ダイヤモンドの"原石"はどうだろうか。ダイヤモンドは輝いても、ならばその原石はどうなのか。結論は、輝いていない。長い年月をかけて、穿たれ、そうしてダイヤモンドとして輝き出す。俺はこれをとても素晴らしいと思う。そして、ダイヤモンドは"天才"でもある。まだ輝かない原石を俺が光るまで穿つ。師として、弟子を成長させるのが、俺の仕事のように。


 その時、俺は思った。

 

 ______こいつと……コイツと卓球がしたい!


 この欲求で、今の俺は満たされた。目の前の青年は、俺の気持ちなど関係無いとでも言うだろう。それでも、俺は一回、彼という才能を感じてみたかったのだ。

 

 卓球マシーンが音を出し、1区切りついたところで、俺は言った。

 

 「……俺と卓球しないか?」

 

 「……」

 

 彼は俺をじっと見て動かない。たとえどんな事を言われても、俺は揺るがない。

 

 「……無理です」

 

 予想していたことなので、それほどダメージはない。重要なのはその理由だ。

 

 「どうして?」

 

 「……俺はただ趣味でやってるだけなんで、他人と競おうとか思ってないんで」 

 

 「でも、たまに思わないか? 自分の力がどれくらいか」

 

 「……思いません」

 

 彼はそういうと俺たちから背を向け、またボールをカゴに入れ始めた。ここまで素っ気なくされると気が引ける。彼の態度を見て、ユウキも面食らっている様子だ。思いきって俺は、最後の切り札を使うことにした。

 

 「……ま、こんなオンボロ店で強くなれるわけないし、自信無いのは当たり前か」

 

 ピク、と彼の肩が動いた。背を向けているため、表情は窺えないが、怒っていることは確かだ。

 

 卓球は、いや、卓球に限っていることではない、スポーツをする人間はその戦い方で、人間性を見ることができる。彼も同じだ。あれほど攻撃的な返球をしていれば、短気もしくは怒りやすい性格だと解る。その点から察するに、彼に対し、少しでも挑発すれば、確実に乗ってくるに違いない。

 

 「……別に、俺は強くなっていると感じているんで、それでいいです」

 

 ______そら、乗ってきた。

 

 「……ああ、いいんだよ、強がらなくて。君が俺より弱いことは、もう解っているから」

 

 途端、彼の中で何かが切れる音がした。少々やり過ぎたかと思いきや、彼はボールをカゴに入れることをやめ、台をドン、と叩きながら、台下の柱に、タオルを掛けて言った。

 

 「……そこまで言うなら、受けてたちましょう。その代わり、あなたが負けたらその「オンボロ店」という表現を取り下げていただきたい」

 

 「……ああ、勿論そのつもりだ」

 

 平常心の彼ならば、こんな容易い挑発には乗らなかっただろう。だが、俺たちは先ほどの「この店に対する評価」を不評とした。この店への執着心が、彼をここまで動かしたんだろう。

 

 ____尚更、都合がいい……!


 「……大丈夫ですか? 矢伊達さん」

 

 心配する一番弟子を横目で見ながら一言____、

 

 「……心配するこたぁ、ねぇ」

 

 多球練習用ボールネットを外す彼の前に、俺は立ち、愛用している自分のラケットをリュックから取り出した。

 

 運び終えた彼は、あらかじめ台上に置いてあったラケットを手に取り、レシーブの構えをとった。しっかりと膝を曲げ、前傾姿勢となった彼にはやはり、謎の"オーラ"が見えてくる。ぐうの音も出ないような完璧な構えに、俺も気合を入れ直した。

 

 「……さあ、爺さん、始めよう」

 

 「ああ、俺の期待に堪えてくれよ」

 

 「言われなくても、俺はその上を行く」

 

 俺のサービスから、素人vs年配者の戦いは始まった。

こんちゃ~。そんなわけで用語解説コーナーに行きましょう(後書き書くことな~い!?)

~用語解説こーなー~

・ドライブ-ボールに上回転をかける返球方法。

・サーブorサービス-一番最初で、自コートと相手コート1回ずつ跳ねなきゃいけない。その時のボールを上げる高さは16cm以上

・レシーブ-サーブを返球したときのこと。2球目。

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