イーヴァス:初めまして
「僕はエルルといいます。孤児院育ちで苗字はありませんから、普通にエルルと呼んでください」
俺は、大いに混乱していた。次の任務で行動を共にするバディとの顔合わせだと聞いて会議室に来たのに、その相手がまだ成人もしていない少女だったのだ、混乱するに決まってる。
しかも、同席している年下の上司――メアリー・スー――が、その少女のことを黒騎士隊の秘蔵っ子だなどと言うものだから、俺の頭はパニック寸前だ。
目元が前髪で隠れていて表情は伺えないが、それでも輪郭から分かる幼さと、小さな体躯。どう考えたって、黒騎士団にいていい歳じゃない。
「い、イーヴァス・クロイツだ、よろしく」
どこか半信半疑で手を差し出すと、細く冷たい指がするりとその手を握る。身長差のせいで見上げる形になった彼女の頬から髪がはらりと落ちて、痛々しい切り傷の痕が覗き見えた。
こんなまだ年若い少女が、この組織の担う暗い部分を見て、正義の裏の闇に身を沈めているのかと思うと、憐れみのような感情が湧いてしまう。
だがしかし、俺の名前を記憶に刷り込むように小さく繰り返すエルルは、ごく普通の、年相応の少女だ。そこには、黒騎士隊の秘蔵っ子と形容されるような要素は見当たらない。
「イーヴァスさん、ですね。その、僕、こんな体格ですし、今まで単独任務しかしてこなかったので、複数人で動くことに慣れてなくて……色々ご迷惑をおかけすると思いますが、なるべく努力しますので、よろしくお願いします」
深々と、丁寧に頭を下げるエルル。俺は、その言葉に絶句してしまった。
単独任務だけ、だなんて、有り得ない。この組織の扱う任務は、危険度が高いものばかり。一番安全なものでも、下手すれば命を落とすほどだ。
そんな任務を、今までたった一人で背負わされてきたというのか。俺は、一体どういうつもりだ、とメアリーの方を見る。
「彼女には、薬の類が効かないのだよ。それに、痛みに鈍く、生命力も強い」
「試した……のか……?」
「まぁ、ね。本当に、この組織なら何をしてもいいと勘違いしている愚か者が多くて、困ってしまうよ」
くすり、と笑ったメアリーの目は、少しも笑っていない。怒りと軽蔑の混じった威圧は、俺に向けられたものではないと分かっているのに背筋が寒くなる。
「あぁ安心してくれたまえ! 彼女を傷つけた輩は、きっちりひっそり処分しておいたから」
メアリーは、一際いい笑顔でそう言い放つ。本当に、切り捨てるべき対象には容赦がない。エルルは、処分、という言葉を聞いた瞬間、驚いたようにメアリーを見上げる。
「そ、そんなことになってたんですか……?」
「うん。だから、エルルちゃんには今後、私の部下として動いてもらうことになるよ」
「そう、だったんですか。じゃあ、これからよろしくお願いします、メアリーさん」
「ふふ、よろしく」
そうか、と俺は少し安心する。メアリーは、腹の中の見えない末恐ろしい人ではあるが、エルルを手酷く扱うような腐った人間ではない。
彼女の部下になったなら、エルルもある程度の安全を得られるだろう。
「まぁ、そういうことだから、イーヴァスさんは彼女をしっかりサポートしておくれ」
「ああ、もちろんだ」
「心強いですね、ありがとうございます。あ、ところで、僕、まだ任務の内容を知らないのですが……」
「それは俺もだ」
そういえば、新しい任務があるとは聞いていたものの、具体的に何をするかは聞いていなかった。
「あー、そうだったね、その話をするために呼んだんだった。すっかり忘れていたよ」
「おい」
「いやぁ、もう年かな」
「止めろ、俺より年下なのに何を言ってるんだ」
「あはは、それもそうだねぇ」
彼女は、けらけらとひとしきり笑い、一息吐くのとともに姿勢を正した。突然ぴりりと張り詰めた空気に、思わず背筋が伸びる。
「さて、これからする話は機密事項、他言無用だよ。いいね?」
気付かぬままでも世界は回る。




