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エルル:混乱と思惑と、強迫。

 目が覚めたら、成長していました。





――何ともまぁ、急展開だことで。




 目が覚めたら、というより、気付いたら、という方が正しいか。どうやら僕は、研究所でのおよそ五年のモルモット生活を経て、救出され、その後二年間、黒騎士隊という場所で一隊員として仕事をさせられていた"らしい"。


 恐らく、その七年の間を細かく描写、設定せず、適当にナレーションで飛ばしたのだろう。苦しんだ、痛かった、という感覚は残っているものの、ほとんど記憶が無い。



 基本的に、僕達キャラクターは世界(さくしゃ)に設定された以上の設定を持つことを許されないため、設定にまつわる記憶しか持てないのだ。

 まあだからといって別に、僕のように三次元(あちら)側を知らないキャラクター達は、自分の過去についての記憶が朧気であることに何の疑問も持たないから、困らないのだが。



 まさか七年も飛ばされるとは思わなかったが、意識が戻ってきたということは、これから本編が始まるのだろうか。


 今の僕は、研究所で投与された薬のおかげで、体が他人より丈夫になり、治癒能力が上がっているらしい。

 そして、黒騎士隊ではそれを生かして、危険な任務を任せられていた、と、そこそこメインキャラクターに相応しい過去を持っている。厄介事に巻き込まれるのは確実なので、心構えはしっかりしておこう。



 むくりとベッドから起き出し、顔を洗う。鏡には、相変わらず性別が曖昧だが、傷の増えた顔が映っている。目も心做し死んでいるし、表情筋もやや固いが、そういう路線のキャラクターなんだろうから問題ない。



「あー、あー、うん、声も出る、体に違和感もない」



 体は、運動不足と栄養失調のせいで成長期が来なかったらしく年齢より幼く見えるが、それ以外には特に不具合はなさそうだ。

 精神面も、多分だが問題ない。髪は伸びっぱなしだが、さすが物語の世界、視界は狭まることなく良好なので、気にしないことにしよう。



 のろのろと黒い隊服に着替えて髪を紐でくくり、鳥の羽を模したブローチを付ける。さて、確か今日は昼前に召集がかかっていたはずだ。時計を確認するが、まだ時間に余裕がある。

 丁度いいから、本編が始まる前に状況だけでも整理しておこうか。ベッドサイドに置かれた目覚まし時計を眺めて、ある限りの記憶を引きずり出す。



 まず、世界観。建物の見た目や街の様式は、定番の中世ヨーロッパで間違いなさそうだ。馬車や自動車に変わって、馬車によく似た魔動車というものが主流の移動手段で、人々の服装もまさに異世界といったベタなデザイン。


 しかし、外来語は普通に通じるし、製造元のよく分からない品々を使っている奴もいる。街灯はないくせに目覚まし時計はあるし、挙句、研究所に置いてあった機材はやたらハイテクノロジーなものばかりだった。




――世界観はいずこへ……!?




 緩い。あまりにも時代設定が緩い。今度時間があったら歴史書でも探してみようか。一体どこから技術が伝来して、どんな歴史を経てこんなにチグハグな状況が出来上がったのか、とても気になる。



「まぁ、やらないけど」



 ここは、ご都合主義な世界なのだ。歴史に関する言及はタブー。放っておくのが吉である。魔法なら何でもできる、が合言葉だ。



 次、僕のこれまでについて。研究所では訳の分からない薬を打たれる以外は、質素ながらも毎日三食貰えたし、睡眠も取れたため生活水準自体は悪くなかったと思う。

 確かに薬を打たれて数日は苦痛に悶えて生活どころじゃなくなったが、それでも体を休める時間は貰えていた。


 それよりも酷かったのは、助けられた後である。僕が昏睡状態の間に救出劇も僕の身体検査も終わっていたらしく、目が覚めるなり問答無用で黒騎士隊に入れられた。


 訓練の出来によっては飯抜き、拷問耐久訓練と称した上官のストレス発散にも付き合わされ、休息なんてほとんど無かったに等しい。


 僕には身寄りもなければ、僕の存在を知る人間自体がほとんど居なかったため、何をしても構わない、という認識だったんだろう。それは、僕が課せられた任務を一人でこなせるようになるまで続いた。



 と、ここまでが僕の思い出せる記憶の限界。これらは恐らく裏設定か、これから使われる設定なんだろう。これ以上細かいところは、必要になれば捏造される、もとい思い出すだろう。設定は生えるもの、らしいから。



「というか、幼気な少女を痛めつける国立の組織って、大丈夫なのか……?」



 体中にあるだろう傷跡は、全て黒騎士隊に来てから付けられたものだ。むしろ、研究員たちの方が紳士的だった気がする。



 ふと、僕が研究所への行き道で少しだけ会話をした仮面の男を思い出して、溜め息をつく。彼は、生きているだろうか。研究員だったとはいえ、彼は優しい人だったから、無事でいてほしいと思ってしまう。



 僕は、主人公と優しい人は守る主義なのだ。それは、単純にそれがハッピーエンドに繋がる一番の方法だからでもあるし、僕が人間を模して創られた故に備わっている、感情のせいでもある。



 彼は気付いているだろうか。僕が、彼にピアスを預けた意味を。彼なら僕に返してくれるだろうという信頼と、約束に誠実でいたいなら生きてまた会いましょう、なんて、脅迫。


 実は一番に、僕というメインキャラクターに深めに関わったのだから生きているだろう、という打算があるのだが、この世界は綺麗事が命なので、黙っておくことにしよう。



「もうそろそろかなぁ……」



 視界の端の秒針は、前の世界と変わらない速度で進んでいく。きっと、今日の召集から物語が始まり、僕はそこでハッピーエンドを迎えて、優しい人たちと平穏な日々を過ごす。




――その為なら、何だってやるさ。




 だってそれが、"(サポートキャラクター)"の使命であり、僕に刻まれた本能なのだから。

何かに駆られて、盲目のまま歩き出す。

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