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エルル:わかれ。

「じゃあ、院長先生、他の先生にも、今までありがとうございましたって、伝えてね。それと、ピアスも、ありがとう」



 にこり、と、出来るだけ綺麗な笑顔を心がけて、魔動車――魔法の力で走る車らしく、見た目は馬車によく似ている――の中から院長に手を振る。


 僕の隣には仮面で顔を隠した男が座っていて、僕が逃げないようにか僕の手を掴んでいた。



「分かったわ、ちゃんと伝えておくわね」

「うん、じゃあ、皆のことよろしく、院長先生」



 別れの挨拶はこれくらいでいいだろう。それよりも、早く、切り上げなければ。この状況を他の誰かに見られると不味いし、なるべく恐れがないことを見せて、少しでも院長の罪悪感を和らげたい。



 そんな思いを込めて仮面を見上げれば、彼は静かに運転席を後ろからとんと叩き、車を出すように促した。あぁ、本当にお別れだ。



「僕なら大丈夫。だから、僕のことを憐れまないで。もし僕が忘れられないなら、たくさんある思い出の一つにでもしてしまえばいいよ。院長先生は、なんにも悪くないんだから。……じゃあね、ばいばい」



 半ば、言い捨てるような形で、自分の思いの丈を彼女に伝える。院長はまだ何か言いたげな顔をしていたが、僕は笑顔でそれを留めた。


 ぎぎ、と車体が動きだす。院長の顔はすぐに見えなくなってしまったが、最後の最後まで彼女がこちらを見つめていたことに、また少しだけ胸が痛んだ。



 まぁ、だが、これも仕方の無いこと。そういう展開なのだから。ふう、と体を背もたれに預けて、息を吐く。


 ちらりと窓の外に目を向ければ、あるのは中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並み。さして面白みもないそれは、眺めているには退屈で、僕の興味は魔動車の中に移る。



 前の席には、ハンドルを握る仮面の男その一。流石に中世ヨーロッパ風の世界とはいえ、左ハンドルではないようだ。


 フロントガラスはなく、開けた前方は幌馬車を彷彿とさせる。もちろん、車体は幌馬車よりもお洒落なデザインだが。


 そして、僕のすぐ左隣には、僕の手を握ったままこちらを見つめる仮面の男その二。その握り方は決して強すぎず、どこか気遣われている感じがある。本当は優しい人、だったりするのだろうか。


 少し気になった僕は、暇だったのもあり、握られた手を少し引く。



「ね、お兄さん」

「うおっ」



 はて、どうしてか驚かれた。どうやら、僕を見ているのだと思っていた仮面の彼は、全く別のものを見ていたらしい。ビクリと肩を震わせ固まった彼に、思わず笑ってしまう。



「ふは、驚き過ぎじゃないです?」

「うるさい……何の用だ」

「あーいや、これってどこに向かってるのかなぁと思って」

「なんだ、あの女から聞かされていないのか」

「はい、何も。だから今、自分が売られたってことくらいしか分かってなくて」



 思っていた以上に友好的に話が進むことに驚きつつ、丁度いいと気になっていたことを聞いてみる。憔悴した様子の院長に詳細を根掘り葉掘り聞くなんてとてもじゃないが出来なかったので、今僕の手元には何の情報もないのだ。


 これからの事態の行先が分からないと不安というのもあるが、何より、三次元(あちら)の声が聞こえない以上、僕がどう動くべきかを判断する材料は周りの状況しかない。だからこそ、情報は出来る限り沢山持っておきたかった。



 見たところ下っ端だろう彼から聞ける内容はあまり多くないだろうが、何も知らないよりはましである。さてどんな情報をもらえるだろう、と待っていると、彼は少し逡巡し、口を開いた。



「お前が行くのは、研究所だ」

「へぇ、研究所」



 こういうときはどこかの貴族の家の奴隷がテンプレートだと思っていたので、研究所とは意外だった。しかし、確かに研究所のモルモットもメインキャラクターの過去としてはテンプレートだ。


 ふむなるほどと一人で頷いていると、仮面の向こうから視線が刺さって、つい彼を置き去りにしてしまっていたことに気づく。



「あぁいや、僕はてっきり、どこかの貴族に売られて奴隷にでもなるのかと思ってまして」



 一つの可能性に過ぎないそれを過信して、別の可能性を見落としてしまった。そんな自分の未熟さを自ら申告している気分になって、恥ずかしさに苦笑する。


 うーん、なんだか変な空気になってしまった。早く話題を変えてしまおう、と慌てて会話を繋ぐ。



「あの、ちなみに何の研究をしてるんです?」

「……それは言えないな」




――あぁ、僕の馬鹿!




 実験体相手に答えられるわけがない、ひどい質問をしてしまった。申し訳なさそうに押し黙った仮面の彼に、罪悪感が募る。


 こういうとき、少しでも気の利いた言葉を言えればいいのだが、生憎僕にはそんなスキルはなくて、ただ謝罪を口にすることしか出来ない。



「すみません、変な質問して」

「い、いや、お前が悪いんじゃない、自分がこれから行く場所のことなんか、気になって当たり前だ」



 結局、彼に気を遣わせてしまった。焦りに弱いところは、転用されても相変わらずらしい。優しい人を困らせるのは本意ではないのに、と口を噤んで後悔する。


 随分長い沈黙の後、それを重々しい声で破ったのは彼の方だった。

赤の他人が相手でも、心は揺れるものだろう。

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