元サポートキャラクター:しょうらいのゆめ。
遠い遠い昔、世界には、悪魔と呼ばれる邪悪な存在が居た。
彼らはそれはそれは強大な力を持っていて、人間たちは為されるがまま、精神を喰われ、ときには彼らの愉悦のために脅かされ、殺された。彼らは正しく、人間の天敵であったのだ。
そこで、大昔の研究者たちは必死に考えた。天敵から身を守り、そして彼らを駆逐する方法を。非力な人間が、彼らに対抗する術を。そうして、研究者たちは一つの技術を生み出した。
それが、精神の具現化だった。自らの意思に、精神に質量を持たせ、その形を自在に操ることで、それを武器としたのだ。それはつまり、人間の精神こそが、悪魔を殺せる唯一の武器だったということ。
新たな力を得た人間たちは、悪魔から世界の平穏を守る組織、騎士団を立ち上げた。
やがて、悪魔がこの世界からいなくなった後も、騎士団は世界を守るという役割の元、日々悪と戦っている。
「シャル姉、そろそろ僕、耳にタコができそう」
きゃあきゃあとはしゃぐ子どもたちを眺めながら、聞き飽きた話に苦言を呈する。悪魔と騎士団についてのお伽噺は、僕の隣に座る彼女、シャル姉ことシャルロッテの十八番だ。
彼女は、この孤児院では最年長であり、僕の三つ歳上。騎士団に強い憧れを持つ少女である。勝気だが心根は優しく、子どもたちは皆彼女を姉と慕っている。
「もう、最初に私の話聞きたいって言ったのはエルルなのに」
「確かに最初の一回はそうだけど、後は違うよ」
「別にいいじゃない、ワクワクするでしょ?」
「たまには違う話もしてほしいんだけど?」
「つれないの」
「シャル姉が悪い」
はぁ、とわざとらしい溜め息を吐いたところで、明日も彼女の話は変わらないんだろう。しかし、まぁ、精神年齢でいえば彼女は年下。本気で止めさせるなんて大人気ないことをする気もないのだが。
「シャルねえあそぼー!」
楽しげな声が彼女を呼ぶ。僕の対応に少し不満げだった顔がふわりと綻び、瞳がきらと輝いた。少し気遣わしげに僕を見たシャル姉に、いってらっしゃいの意を込めて目配せすれば、彼女は弾丸のように駆けていく。
こちらの世界に来て数日。そろそろ、何かが起きる頃だろう。だって、記憶が過去から始まるということは、逆に言えば過去に何かがある、ということなのだから。
一体何が起こるんだろうか。楽しみ半分、不安半分。そわそわしてしまうのは、許してほしい。だって、今まで散々"私"をこき使ってきた三次元からの声が、この世界に来てからさっぱり聞こえなくなってしまったのだ。
そのせいで、どう動くのを望まれているのかが全く分からない。
どうしたものか。考えあぐねて体を投げ出すと、茜に染まった空が視界いっぱいに広がる。
ぼんやり眺めていると、そろそろ"私"の家の門限だ、なんて、帰らねばならない気がしてきて、立ち上がる。
孤児院の中は、何の音もしなかった。いつもなら、全員分の晩御飯を用意する忙しない音が、暖かく響いているはずなのに。
そろりそろりと、どうしてか無意識に足音を殺してしまう。静寂を破ってはいけないと、気配を悟られてはいけないと、頭の隅で警鐘が鳴るのだ。
やがて、職員室に差し掛かったところで、何やらくぐもった声が聞こえてきた。この孤児院の院長と職員たちが、何かを話し合っているようだった。
「本当に、本当にこうするしかないんでしょうか……」
感情的で、重たい声。話している内容がいいことでないのは、すぐに分かった。もしかして、これが僕の過去に関係する何かなんだろうか。
だとするなら、僕はそれを知る義務がある。じっと息を潜め、一言一句聞き逃さないように耳を澄ます。
「きっと、あの子なら分かってくれるわ……あの子は聡明だもの」
「だからといって、売る、だなんて……しかも、今夜に、なんて突然すぎます」
「こうでもしなくちゃ、他の子たちが飢え死にしてしまうのよ? 本当は私だって、誰か一人を犠牲になんて、そんな恐ろしいことしたくないわ……でも、もうどうしようもないの……!」
院長は、心優しく穏やかな老婦人であった。そんな院長が、誰かを売るなんて決断をしなければならないくらいに、この孤児院の経営状況は逼迫しているのだろう。
悲痛に震えた声が、彼女の張り裂けんばかりの心情を表しているようで。相対する職員は、呻くように言葉を落とす。
「シャルロッテちゃんが、居なくなったら……寂しくなりますね……」
「……そう、ね」
不幸な一人に選ばれたのは、どうやらシャル姉のようだ。きっと彼女がいなくなったら、彼女を大好きだと公言して憚らない子どもたちが、干からびるほど泣くだろう。
僕の脳裏では、無邪気な笑い声が反響していた。僕に何度も同じ話をするシャル姉の、煌めく橙の瞳がチラつく。
――あぁ、要するに、そういうことか。
僕は、わざと音を出して、部屋の中に足を踏み入れた。
つまりは、そうすることが、何よりの正解なのです。