エルル:闇と光の邂逅。
騎士団の隊員たちと顔合わせをするから、と連れてこられた扉の前。メアリーさんの後ろで、さっきメアリーさんとイーヴァスさんがやっていたやり取りを再生しているかのような会話を聞きながら、溜め息を噛み殺す。
「はぁ? 共に働く? 誰とッスか? あんたらと?」
「そうだよ。あぁ、正確には、私じゃぁなくて彼ら二人なのだけれど」
するりと僕の前からメアリーさんが避けて、僕達二人も部屋の中に入る。
中にいたのは二人。メアリーさんの手前に立つ金髪のお兄さんと、その向こうで椅子に座り、じっと視線だけを寄越してくる銀髪のお兄さん。
この世界の人は頭がカラフルだなぁ、と意識を逸らそうとするが、銀髪のお兄さんから注がれる品定めするような視線は、どうにも心地が悪い。
対する金髪のお兄さんは、僕を見て驚いたような顔をしたあと、ぐっと拳を握り込んだ。仕事仲間がこんな弱そうな小娘だなんて、彼の騎士団としてのプライドが許さなかったんだろう。
むしろ好意的に受け入れてくれたイーヴァスさんが特別優しいだけ。そう考えると、バディが彼でよかった。
「生憎ッスけど、俺らも暇じゃないんスよ。変な冗談はやめてくれません? 笑えないんで」
「うーん、冗談じゃないのだよねぇ、これが」
「へぇ、じゃあ何だって言うんスか」
ぶわり、空気が冷たく、重くなる。
「命令だよ」
あぁ嫌だな、息がしづらい。僕は、こういった殺気や怒気といったものには慣れている。単独で任務をこなすには、否が応でも慣れざるを得なかった、らしい。
だが、僕自身が慣れているかと言われれば別だ。前の世界の僕の性格のベースは女子高生である。冷たい圧に当てられて、平気で居られるわけがない。
怖い。身の竦むような恐怖に僕は耐えきれず、メアリーさんの制服の裾を引いた。
「メアリーさん、いい加減に遊ぶのは止めて、あの書面を見せてあげてください」
全員が驚いた顔で僕を見る。そりゃあそうだ。自分たちですら怖い相手に対して、怯みもせず話しかけたのだから。
正直、僕だってこんなにも平然とした声が出るなんて思っていなかった。さすがは僕の体、伊達に死線を潜っていない。
「ふふ、ついつい」
「"つい"で余計に拗れさせないでくださいよ」
お茶目に笑うメアリーさんのおかげで、部屋の温度が元に戻り、安堵と呆れの溜め息を漏らす。そんなイタズラのような感覚で、あんなことをしないでほしい。心臓にも胃にも悪いから。
少し気持ちが落ち着いて、今のところ僕たちに悪印象しか持っていないだろう仕事仲間に、自己紹介をして頭を下げる。そのついでで、上司の失礼を詫びることも忘れずに。
「真面目だねぇ、エルルちゃんは。あ、私はメアリー・スー。この二人の上司さ」
「……イーヴァス・クロイツだ」
一緒に仕事をする上で、お互いを知ることはとてと大切なのだ。前の世界の主人公ちゃんが、委員会で一緒になった攻略対象にそんなことを言っていた気がするから、その言葉にあやかることにした。
無言を貫くお兄さん達を見やると、座っていた銀髪のお兄さんのほうが二人まとめて自己紹介をしてくれた。
銀髪のお兄さんがアルト・ロイガー。金髪のお兄さんはラジー・ツァール。少し意外だ。こういったファンタジーの主人公は孤児であることが多いのに、彼には苗字がちゃんとある。
となると、捨てられた、というより、物心ついた後に両親を殺されたタイプだろうか。
「任務だから文句言ったってしょうがない、なんだろ? 諦めろ」
「ぐぅ……」
二人の関係性や今までの振る舞いを見た限りでは、恐らくアルトさんのほうが主人公だ。ラジーさんは主人公の後輩、もとい従順な犬ポジションなのだろう。
主人公にしては発言回数が少ない気もするが、無気力系、というやつだろうか。それにしてはかなり表情豊かな気がする。表情筋の死に具合で言えば、僕の方が酷いくらいだ。
流石に今の情報量では、彼がどういうタイプの主人公か推測するのは難しそうだ。それが分かれば、この後の展開も、この世界のジャンルが王道ファンタジー系小説なのか無双系ライトノベルなのか、それともそれ以外なのか、ある程度予想がつくのに。
僕が悶々と考え込んでいるうちに話は進み、いつの間にかメアリーさんが任務の説明をし始めていた。
物語とのささやかな齟齬。