エルル:はじめまして。
今回の任務は、最近世間でも噂になっている失踪事件の捜査らしい。
黒騎士隊はいわゆる裏の世界の警察の様なものなので、こういった一般の事件を担当するのは珍しい。
一体どういう風の吹き回しだろうかと思っていると、メアリーさん――この世界では初対面でも名前呼びが普通らしい――から爆弾が落とされた。
「今回君たちには、騎士団に行って、向こうで仕事をしてもらう」
上司が知らないうちに処分されていたのも驚きだったが、それ以上の驚きである。だって黒騎士隊には、騎士団に関わってはいけない、という暗黙の了解がある。
だから、二つの組織は拠点こそ同じ建物内にあるが、黒騎士隊の使う部屋は基本的に端の端。この会議室だって、この城のような建物の隅にある、騎士団は絶対に使わない場所だ。
――ふむ、主人公さんは騎士団所属か……?
そうでなければ、今このタイミングで僕が騎士団に派遣される理由が思い当たらない。なるほど、そういうことなら納得だ。
一人頷きながら、群青の髪の男性、今回僕のバディになってくれるらしいイーヴァスさんがメアリーさんに食ってかかる様子を、ぼんやりと眺める。
「おいどういうつもりだ! 騎士団にだと!?」
「こちらの人手を貸してくれと向こうに頼まれたのだよ」
「はぁっ!?」
「この任務のことは、私を含めた両組織の上層部と、君、エルルちゃん、そして向こうで君たちとともに仕事をする隊員二人を含めたごく少人数しか知らない。まぁ、不文律とはいえ破ればどちらの組織からも不満が出るからねぇ……それは避けたいのだよ」
「つまり、俺たちに騎士団の振りをしろと?」
「ふふ、その通り。話が早くて助かるよ」
にこり、と笑ったメアリーさん。イーヴァスさんは激昂しそうになるのを耐えるように、息を飲み込んで、深い深いため息をついた。そして、睨むようにメアリーさんを見下ろす。
「あんたがなぜ俺を選んだのかは知らないが、この任務は別の人間に回してくれ」
彼は、どうしてこんなにも騎士団を拒絶するのだろう。騎士団に嫌な思い出でもあるのだろうか。
だが、そんな過去を持っているなら彼は尚更諦めるべきだ。物語において、過去の軋轢というのは必ず解消されるべきものとして扱われる。
彼も恐らくそのタイプのキャラクターだ。彼の背負う何らかの過去を清算しない限り、騎士団と関わることは避けられないだろう。
ひやりと部屋の温度が下がる。見れば、メアリーさんは呆れたような瞳でイーヴァスさんを見つめていた。
「これは命令だよ、イーヴァス・クロイツ隊員。逆らうのなら、その首が飛ぶ覚悟を決めてからにしたまえ」
ぺらりと一枚の紙を封筒から取り出すメアリーさん。その書面には、黒騎士隊の隊員が騎士団を名乗ることと、合同任務について承諾するという旨と、両組織の責任者のサイン、拇印が並んでいた。
ぐ、とイーヴァスさんが悔しげに呻く。だが、どうやら少しは頭も冷えたようで、握りしめた拳は解けた。
それでもまだ納得したくないという顔のイーヴァスさんがいい加減可哀想になってきて、僕はぽそりと止めを刺す。
「そもそも、機密事項を聞いちゃった時点で逃げ場はないと思いますよ。というか、謀りましたよねメアリーさん」
「おや、ばれてしまった」
「じ、じゃあ俺の反抗は全くの無意味だったと……?」
「そうなるねぇ」
「……はぁ」
わざとらしい、大きな溜め息が降ってくる。気の毒に思わないでもないが、きっちり観念してくれたようで何よりだ。
人生諦めが肝心。世界に抗えない僕達にとって、潔い諦めはもはや必須スキルである。物語に逆らったところで、待っているのは"動かしにくいキャラクター"の烙印か、もしくは存在の消去だけだから。
「イーヴァスさんと騎士団の間に何があったのかは知りませんが、僕も手伝えることは手伝いますから。何かあったら、すぐに言ってくださいね」
イーヴァスさんはきっと優しい人だ。そして、僕は優しい人を守りたい。だから、消去されるような真似はしないでくれよ、とそんな意味も込めて、彼に笑いかける。
僕の表情筋は固いのでちゃんと笑えているのか不安だったが、彼の驚いた顔を見る限り、筋肉はちゃんと動いてくれたようだ。
「改めてよろしくお願いします」
「あ、あぁ、その、ありがとう、よろしく」
「仲良きことは美しきかな……っと、そろそろ時間だね」
「え、何の時間ですか」
「君たちと組むことになる騎士団側の隊員との顔合わせもこれからあるのだよ。もう少し騎士団寄りの会議室を使うから、移動しようか」
本日二度目の爆弾だ。流石に性急すぎやしないだろうか。イーヴァスさんの目が、これ以上ないくらいに見開かれている。
「はぁああ!? これからか? 今からか!?」
「うん」
「はぁああぁ……!」
お疲れ様です、とイーヴァスさんに視線を送れば、はは、と力無い笑いが返ってきた。彼はこの短時間で、相当げっそりしたように見える。
これはもしかすると、彼が死ぬ心配よりも先に、彼の胃に穴があく心配をしたほうがいいのかもしれない。そんなことを思いながら、メアリーさんの後を追いかけた。
解決されるためだけに、創られた悲劇。