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第二話

 召喚術なるものによって、間接的に俺が正真正銘の非リア充であることが判明……いや、()()()された。

 そのショックは大きいが、今はそれよりも確かめなければならないことがある。

 俺は目の前で未だ苦笑いを浮かべていた、俺を召喚した張本人である、ローブを羽織った女の子に向かって訊いた。


「俺のことを召喚したって言ってましたよね? ここはどこなんですか?」


 すると突然声をかけられたことに驚いた様子を見せつつも、彼女は答えてくれた。


「あの、ここはリヒテン王国近く、シュバルトの森の中です」


 ……なんだその聞き覚えがあるようで微妙に違う名前は。

 というか、もしかしてここは日本ではないのだろうか?

 目の前の女の子がずっと日本語を話していたので、日本国内であることは疑う余地もないと思っていたのだが。

 彼女に続けて訊ねてみる。


「俺が元いた場所には帰れるんでしょうか……?」


 すると彼女は、胸を張って答えた。


「あの、安心してください! もちろん私は、『送還』の魔法も使えますから、すぐにでもあなたのことをもとの場所に帰せますよ!」


 頼もしい言葉と態度に一安心する。

 ……いやまあ、魔法というものがよくはわからないが、ヒーラーの召喚に失敗している時点で「送還の魔法()」ではなく「送還の魔法()」だろ、とツッコミたくもなるが。

 ひとまずは、もとの場所に帰ることができるそうだ。


 一度自分の頭の中を整理してみる。

 彼女と話すうちに落ち着いてきて、これはどうやら全人類垂涎の異世界召喚というものではないかという認識がついてきたが、あまりにも突然すぎる。

 近所のコンビニに行った帰りだったし、スマホすら持ってないし。

 そして帰ることができるとわかった以上、得体の知れないこの場所にこれ以上留まる理由もない。

 異世界召喚というワードに少し心躍っている自分がいるのも感じてはいるが、それよりも、一刻も早く何があるとも知れないここを立ち去りたいという理性のほうが勝った。


「では、今すぐにでも帰してもらえますか?」


 魔法だなんだと俄には信じがたいし恐怖心もあるが、今のところこれしか手段がないのなら仕方がない。

 いきなりやや不躾かとは思ったが、彼女は快諾してくれた。


「はい! では早速魔法を唱えますので、その場でじっとしていてください!」


 そういうと、彼女はずっと握りしめていた彼女の身の丈ほどの杖を真っ直ぐに顔の前に構えた。

 そして、ひょこっと顔を杖の陰から出し、俺に照れ笑いを浮かべながら言った。


「あの、ご迷惑をかけてすみませんでした……。この魔法はちゃんと成功させるので!」


 それだけ言うと、顔を戻してまた姿勢を正した。

 歳の頃は自分とさほど変わらないと見えるが、しっかりとした物言いに少し恐怖が和らいだ。

 少しの間の後、彼女の凛とした声が聞こえてきた。


「我が(とも)よ、あるべきところに還りたまえ!!」


 突然の大きな声に驚いたのか、森の中から鳥が一斉に飛び立つ音が聞こえてきた。


 ……が、一向に送還とやらが起こる気配はない。

 しばらくしてもまだ杖を構えた姿勢のまま動かない彼女に向かって、たまらず声をかける。


「すみません、いつになったら帰れるんでしょうか?」



 ……へんじがない、ただのしかばねのようだ。



「……おい、まさかまた失敗したんじゃないだろうな?」


 『非リア』の一件もあり、感情がこもって思わず敬語をかなぐり捨ててそう言うと、彼女の肩がビクッと跳ねた。

 と思ったら、バッと杖を胸の前でだき抱えるようにして、猛然と食ってかかってきた。


「あのっ! ち、ちがうんです! 今のに関しては、私は何もドジってません!」


 言い訳がましい口調に、思わず語調に怒気が混じってしまう。


「はあ!? じゃあなんで俺は帰れないんだよ!?」

「あの、それは、そのお……」


 口どもったと思ったら、わざとらしく目をそらした。

 遅れて、消え入るような声が聞こえてきた。



「………わからないです………」


「わからないって……」


 その言葉を聞いた途端、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 謎の異国の地に突然飛ばされ、唯一目の前にあった信頼できる事柄がなくなった瞬間の絶望感は大きい。

 何分異世界転移モノの主人公たちとは違って小心者なもので、一気に不安が押し寄せてくる。

 

 これからどうするべきか。


 一つ深呼吸をし、心の平静を取り戻す。


 大丈夫だ、魔法だなんだとか言っているあたりかなりヤバそうな場所ではあるが、言語が通じるならなんとかなるだろう。

 あまりにも唐突で面食らいはしたが、これも憧れの異世界召喚というやつじゃないか。

 どうせだったら異世界とやらを少し見てみるのも悪くはなさそうだ。

 自分の中で独りごちて落ち着いてきたら、この沈黙に耐えきれなさそうな様子の目の前の彼女に話しかける。

 まずは、日本に帰る方法が他にないか聞こう。

 俺は悲痛な表情の彼女に、努めて優しく話しかけた。


「すみません、その、送還の魔法とやらの他に帰る方法はないんでしょうか?」


 すると彼女は、俺の語調が柔らかいことに救われたように顔を明るくして答えた。


「そうですね……。送還の魔法が使えない以上、旅していくしかないのでしょうけど……。

 あの、ちなみに、どちらから来られたんですか?」


 これは……言って伝わるのだろうか。

 ダメ元で彼女に告げてみる。


「ええと、日本っていうところなんですけ……」


「い、いま、なんて言いましたか!?」


 突然、彼女がぐっと顔を近づけてきて、興奮した声を出す。


 ……って近い近い!

 目の前に異性の整った顔立ちが来て思わず一歩引いてしまうのは悲しき童貞の性だろうか。

 ではなくて。


「い、いや、日本って言ったんですけど……なんでそんなに驚いてるんですか?」


 あまりに極端な彼女の反応に面食らってしまい、ちょっとどもってしまう。

 当の彼女は、自分の行動を思い直して恥ずかしく思ったか、顔を赤らめながらも、なおも信じられないといった様子で答える。


「あの、『ニホン』という国は、この世界では神の国のひとつとして言い伝えられていてですね……」




       ※   ※   ※




 その後の彼女の説明によると、こういうことらしい。

 曰く、この世界を形作り、それからあらゆる物事を司ってきた神々がいると。

 曰く、その神々は「世界連盟」というのだと。

 曰く、その神々は異世界の国からやってきて、その中には『ニホン』という国から来たという神もいるのだと。


「それで、あなたがニホン、つまり異世界から来たのなら、送還の魔法が発動しなかったのもそのせいかと……」


 そう彼女は締めくくった。


 興味深い話だ。

 この世界には俺の他に、元の世界からの先駆者がいたということになる。

 元の世界から来た彼らor彼女らは、この世界を作ったのだと言い伝えられているわけだ。

 また、彼女の反応から見るに、この異世界に俺の元いた世界から人が来るということは、ほぼあり得ない、伝承というレベルの事態であることがわかる。

 言い換えると、前情報がまったくないということになる。


「さっき、異世界から来たから送還魔法が効かないって言いましたよね? では、向こうからこっちに召喚はできたのはなんででしょうか?」


 「さあ……? どうしてでしょうか、わからないです」


「そのニホンから来たってことは……、俺って神様なのか?」


「さあ……? もしかしてそうなんですかね、あの、わからないです……ごめんなさい」


 彼女に訊ねてみてもこの反応である。


 ともかく、わからないことが多すぎるし、彼女からもこれ以上異世界召喚についての情報は得ることができなさそうだ。

 つまり、元の世界に帰るにはもっと情報を収集する必要がありそうだ。


 なんとなくこれからどうすればいいのかがわかってきた。

 手がかりとなりそうなのは、俺と同じニホンから来たという神のいる『世界連盟』なる組織。

 これについて調べていけば、何かわかりそうな気がする。


 そうと決まれば早速行動開始と行こう。

 まずは彼女に相談してみる。


「どうやらその世界連盟とやらが手がかりになりそうな予感がします。 どこか、世界連盟について調べられそうな心当たりはありませんか?」


「そうですね……。 あの、ひとまず、私の村の長老に話を聞いてみませんか? 彼ならきっと私よりも世界連盟に詳しいでしょうし、それに、これからのあなたのことも考えてくれると思います。」


 なるほど、村に長老……。

 なかなか今日に『長老』というワードは聞かないし、あまり文明としては発展していないのだろうか。

 ただ、魔法とやらがある分だけ、文明レベルは自分の物差しでは推し量れないものがありそうだ。


 などと考えながら、少し黙り込んでしまった俺に何かを感じ取ったのか、彼女はいきなり頭を下げだした。


「あの、こんな大変なことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。 きっと、すごく不安ですよね……」


 腰から折ったお辞儀になんだか体が小さくなっているように見えて、彼女が心から申し訳なく思っている様子が伝わってきた。

 他人からそんなにも謝意を向けられる経験などそうないので、慌てて俺は声をかける。


「いえいえそんな、色々話してくれてなんとなく現状は掴めましたし……。 むしろ今は、異世界というものにワクワクしてきているくらいですから。」


「そうですか……。 それを聞いて少し安心しました。 あの、私にできることなら、なんでも力になりますからね!」


 そう言って彼女は、久方ぶりに明るい笑顔を見せた。

 彼女を安心させようと少し虚勢を張ってしまった気もするが、場をとりなせたのならば良しとしよう。


 空気が少し弛んだところで、俺は口を開いた。


「それじゃ、さっき話してた長老って人に話を聞きに行ってみたいです。」


 彼女は、今度は笑顔で答えてくれた。


「あの、それでは、暗くなる前に私の村に案内しますね。 そう遠くはないですから、ついてきてください!」


 と言って、背後の木立の方に向かって歩き始めた。


 さて、異世界の村、そして、その長老とやらは一体どんなものが出てくるのだろうか?

 恐怖半分期待半分で、俺は彼女の背中を追って歩き出した。

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