次章からは女の子増えます、たぶん
「・・・母様。そんなに新しい下着、いらないよ。今まで使ってたのもあるんだから。」
「何言ってるの。あんなにぼろっちいの持っていかないでよ。恥ずかしいじゃない。」
ハヤが姫仕えの女官になることが決まって以来、母はハヤの身支度にかかりきりであった。
「イズカ様が入用のものは揃えてくれるって仰ってたし、大丈夫だって。」
「男の人にはこういう用意は、分からないものなの。あんたも大概、分かってないけどね。」
「ふぅん・・・でも、あまりに近所の人や親戚に、言いふらさないでよ?内密に、ってことになってるんだから。」
「そうなのよねぇ、秘密じゃなきゃ、叔母様やお向かいさんにも色々相談できたのに。」
肝心のことが分かっているのか、いないのか。ハヤはあきらめて町道場へと向かった。
「師範。ハヤです。」
この時間は働きに出ているものが多く、他に人はいない。ハヤの剣の師、ガラジは、武器の手入れをしているところだった。
「ハヤか。入りなさい。」
師範の前に歩み出ると、手で座るように示される。
「・・・騎士の採用試験があったな。どうだった。」
「師範、そのことなのですが・・・採用は、されませんでした。けれども、私を見込んで下さった方がいて、その人の紹介で仕事が見つかりました・・・今まで、ありがとうございました。」
「そうか。」
師範が尋ねるなら、詳しい経緯を話してしまおうと思っていたが、師範は何も言わずに立ち上がった。ハヤも立ち上がり、使い込んだ木剣を手に取る―自分も、師範に最後の手合せを願いたいと思っていたところだ。
師範の剣は、昨日戦った騎士の剣よりもずっと早く、重く、鋭い。ハヤが知る限り、最強の剣士だ―寄る年波のせいで、息切れが早いのが残念なほどに。
女官として働き始めてからは、実力を隠せと言われている。護衛であることを、周囲に悟らせ鵜なと。しばらくは、思い切り剣を振り、力をぶつけることがでない・・・
ごちゃごちゃ考えている隙などなく、剣圧が迫り、身をよじる。今は、目の前の師に、剣に、集中しなくては。
伸ばした剣先が、師範のこめかみに届いた、と思ったら、首筋に剣を当てられていた。互いに剣をおろし、呼吸を整える。
「・・・何を、迷っている?」
「・・・すみません。」
「仕事が決まったと言うが、嬉しくないのか。」
「いえ・・・」
「ハヤ、お前に教えられることは全て教えた。後はお前自身で成長し・・・良い友人を、仲間を作ることだ。大丈夫だ、お前ならどこででもやっていける。もし嫌になれば帰ってくれば良い。それだけの話だ。」
「ありがとうございます・・・お世話になりました。」
師範は言葉少なで、剣で語る人だ。その師に、これほど暖かい言葉を掛けられるとは。
―心配させるわけにはいかない。そうだ、筋トレぐらいつづけても構わないだろう。次に師範に会う時に、胸を張って報告して、思い切り剣を触れるよう、頑張ろう。
開き直ったら、元気が出てきた。王宮へ旅立つのは、あさって。それまでは、思いっきり体を動かそう。
王城へ向かう日。迎えに来たのはこのあたり一帯を領有する貴族のラカン伯であった。頻繁に顔を合わせる相手でもないが、折々によくしてもらっている人だ。
「お前が宮廷仕えとは、世の中なにが起こるかわからんなぁ。」
馬車を四台引き連れたラカン伯は、少し緊張しているようだった。それを指摘すると、
「そりゃ、いくら私でも城へ行くとなると緊張するさ。ハヤはむしろ、リラックスし過ぎじゃないか?」
「・・・まだ、実感がわかないだけです。」
「それもそうか、なぁ。」
自分の馬に乗っていくつもりでいたが、馬車に乗せられラカン伯の隣に座らされる。ふかふかしたクッションが、逆に居心地悪い。
馬車の窓から顔を出すと、両親と目が合った。
「行ってきます。」
母が口を開きかけたが、気が付かなかったふりをして目を逸らす。そのまま母の目を見ていたら、泣き出してしまうかもしれなかった。隣のラカン伯に悟られないよう、口元を引き締めて背筋を伸ばす。
「うん、宮廷は中々気苦労の絶えない場所だが、きっとお前ならやっていけるさ。お前は昔から、強い子だったからな。」
―目を閉じて、開けばもう、城に着いていたらいいのに・・・弱い自分が出てきてしまう前に。
馬車の旅は、3日に渡った。馬を駆けさせればもっと早く着くだろうに、随分荷を引いて、牛のような足取りで進んでいる。宿に泊まる旅、こっそり抜け出して体を動かしていたとはいえ、もう心身ともに我慢の限界を迎えそうな所でようやく、これまで見た街とは比べものにならない程の街の影が見えてきた。
「見えるかい?あれが城下町、ライラクだ。」
近づくと、大きさだけでなくその美しさに天高くそびえたつ塔に、夕日を反射してきらめく屋根瓦。そして・・・もはや山のようにさえ見える、巨大な城。あまりに眩しくて、目が疲れてきたような気さえする。
(帰りたい・・・いや、帰らない。私は、あそこで働く。そう決めたんだ・・・)
ぐっと奥歯を噛みしめる。まるで敵地にでも乗り込むかのように、ハヤは城を睨みつけていた。