私の理想の王子様は、顔が三面あって腕が六本生えてる人です。
自慢では無いけれど、私に恋愛は無理だと思うんだ。
年齢や性別の問題じゃないよ?
確かにたまーに合法ロリだとか詐欺ロリとか言う不名誉な称号で呼ばれる事もあるけれど、私は花もビビって震える現役JKだよ?
果たして色恋うほほいする事に何の問題があると?
むしろ恋愛は本分だよねティーンエイジャー。
――私に恋愛が無理だと思う最大の理由は、私がとても優柔不断だから。
理想のタイプ、と言うのを、どぉぉしても絞り込めないんだよねー。
ついつい泣かしたくなる様な童顔、即ちショタ顔が大好き。
フレッシュなお兄さん系の青年顔も大好き。
ダンディ渋ッッッなおじさま顔も大好き。
体格はしっかりしててー……お姫様抱っこ可なのは大前提かな。常に抱っこしてて欲しい。
でも時折、優しく髪を撫でられつつ顎クイとかもして欲しい。
その状態からスイーツを「あーん」されたりもしたい。
夏の時期は追加で団扇をパタパタしてくれたりする気遣いもできる人が良いよねー。
理想に理想を盛ればそんな感じ。
当然、普通はここから取捨選択していって【理想のタイプ】を決めなきゃなんだろうけど……
……私、断捨離って苦手なんだよねぇー……
どうにか、私の理想を全て叶えてくれる王子様は現れないものだろうか。
……うん、ざっと計算した結果。
最低でも顔が三つあって腕が五・六本は無いと厳しいかなー……
そんな人類どこにいるんだろ。
天竺にでも向かえば良いのかな?
「うーん……」
朝のホームルーム開始前、ちょっと時間を持て余したので、ノートにちょこっと落書きしてみる。
ショタ顔とお兄さん顔とおじさま顔を持ち、腕は……左右に三本ずつで良いかな。腹筋はこう……薄ら割れてる感じでー……上腕二頭筋はこう、ボコンッ、じゃなくて、モコッ、くらいの……
「……あんた、朝から何のクリーチャー描いてんのよ」
「んー? あ、トモちゃん、おはよー」
我が生涯のベストフレンド、トモちゃんのご登校であーる。
今日もキツめの切れ長の目に金染めのツインテールヘアがいかにもツンデレギャルっぽくて毎度だけど得点高いよ~。
これで実は普通に品行良性成績優秀な優等生(理系)って言うんだからもー尊いよねー。
「おはよ。で、今度は何の漫画の絵? ケルベロスの亜種的なエネミー? 何ベロス? しっかし相変わらず絵ぇ上手いわねあんた」
私の隣席、自身の席に鞄を置いて授業の支度を始めるトモちゃん。
……漫画? 何の話……ああ、もしかしてこの私の理想の王子様を何かの漫画のキャラだと思ったのかな?
「違うよー、トモちゃん。これは私の王子様だよー?」
「…………白馬が足りない代わりに、色々とゴテゴテ余計なモンが引っ付いてるわね」
「この絵に不要なものなんて何ひとつ存在しないよー?」
だから私は苦労してるんだよー?
「つぅか、あんたの王子様のSAN値破壊力はさておき、何でそんなんを描き起こしてる訳?」
「最近、SNSで【描けば出る】ってよく見るから。なんとなーく」
「……理想の彼氏ガチャ?」
「あったら破産するまで回すかも」
親のお金に手を付けるレベルだよ。
愛娘の幸せな花嫁姿と孫の顔を見せるため、と言えばきっとお父さんもお母さんも納得の投資だよねー。
「……そんなに男が良いかねぇ……」
「ん? 何か言った?」
「別に。まぁ、何だろう、親友として一つ意見していい?」
「どうぞー」
「外見を追い求め過ぎだと思うこれ」
「うん。それは流石にちょっと自覚あるけど……やっぱ人は見た目が一〇〇%だよー?」
「そぉ? いくら見てくれが悪くてもさ、多少は中身でカバーでき……」
「見た目こそ絶対的正義だよー? パンツを被った全裸のおっさんがいたら例え中身がガンジーでも通報するでしょー?」
「嫌と言うほどわかりやすい例えをありがとう」
「どういたしましてー」
わかってくれたのなら嬉しいよー。
別に私の考えだけが絶対とは思わないけど、トモちゃんと意見が食い違うのは寂しいし。
「…………ま、こんな男……と言うかこんな人類いる訳ないし……これは逆に安泰と言う見方も……」
「……トモちゃん? 私の王子様を見ながら何をブツブツ言ってるの? あ、もしかしてトモちゃん的にもストライ…」
「無いから。まず男って時点で無いから」
「えぇー……こんなに欲張りお徳用なのにぃー?」
「あのね……一と一足したら二になるとは限らないのよ? 時にはマイナスにもなるんだから」
「えー? それは無いと思うよ? 質量保存の法則ってあるらしいし」
「うーん、これ、言おうかどうか迷ってたんだけど……ほら、あんた、たまにリスか子ウサギみたいに可愛らしく本ッッッ当に可愛らしく野菜スティックをぽりぽりしてるけど……【アスコルビナーゼ】って知ってる?」
「あ、あしこる……?」
「生のキュウリとかニンジンとかに含まれてる成分」
……? それが一体どうしたの?
「アスコルビナーゼは、ビタミンCを破壊する」
「ッ……!?」
「あんた、ニンジンとキュウリと大根の野菜スティック盛、好きでしょ?」
「う、うん、今日の早弁用のお弁当もズバリそのラインナップだけど……」
「でもあれ、ニンジンとキュウリに含まれるアスコルビナーゼが、大根のビタミンCを殺しちゃう食べ合わせなのよ?」
「……ッ……!?」
そ、そんなの聞いてないよ……!?
「ぇ、ああ、あ……あぁぁ?」
わ、私、インドア派の極限層みたいな生活してるから……食生活だけは気を付けてるつも、つも、もも、つもり、だ、だたのに……
「え、あ……ご、ごめん!? そんなに絶望するとは思わなかった!! うわッ顔色ヤバッ!? ガミラス帝国にいそう!」
「ぅ、ううんだ、だい、だいじょぶ……むしろありがとう……野菜スティックの組み合わせ、気を付け、りゅ……」
「うわぁッ!? あんた泣いてんじゃん!? ちょっともぉぉどんだけ!? ほら、拭いたげるから顔上げて」
うぅ……トモちゃんごめん……ありがとう……わざわざハンカチで涙を拭ってくれるなんて、トモちゃんは本当に優しい……って……
「……ぁぁぁ……頬っぺ、やわ、柔らか……」
「と、トモちゃん……? 何か顔紅いし、目がヤバいよ……?」
「はうあッ……!? あ、あは、あははは!! ほら、涙は全部拭ったから、笑って笑って! 別にビタミンCをちょっと取り損ねたくらいで人間死にゃあしないわよ!!」
「ビタミンCは人体で自製できない必須ビタミンのひとつだから取り損ね過ぎると死んじゃうよー……?」
「アスコルビナーゼは知らなかったくせに妙な所で知識があるッ……! もー……あ……じゃあほら、ぇ、えへへ……その、私の飲みかけで良ければ、CCレモネード」
「わぁ、良質なビタミンCだー。ありがとトモちゃん、大好きー」
「ぶふッ……」
「……? どうしたのトモちゃん? 鼻血……? 大丈夫?」
「ぅ、うん、今朝、鼻クソを深追いした代償が回ってきたみたい……うん。そう言う事にして」
「鼻クソの逆襲……? ダメだよトモちゃん、ちゃんと綿棒とかで優しく取らないとー」
トモちゃんって意外と横着する所あるよねー。
ん……ぷはぁ。CCレモネード久々に飲んだけど、こんな美味しかったっけ。後で自分で一本買おーっと。
「美味しかったー。ありがとー、トモちゃん。結構いっぱい飲んじゃった。ごめんねー」
「ううん、大丈夫。そしてありがとう。これがあればしばらくは戦える」
「? 何でトモちゃんがお礼を……? って言うか何と戦うの……?」
トモちゃんとは長い付き合いだけど、時々よくわからない発言をする。
お年頃だし、ちょっと遅めの中二的なのがきてるのかなー……?
なんて事を考えてると、教室に先生が入って来た。
「おーう。ほれヤングどもぉ。チャイム聞こえてんだろ若いんだからよー。おらおら、さっさと席に着けーい。ホームルームを始めんぞーい」
相変わらず、体温が低そうな私たちの担任教師。
いつもながら「教育者としてどうなの」ってくらい無気力感と倦怠感が漂ってるよ……
「えー、朝の挨拶ゥー……は面倒だからいつも通り省いて、これまたいつも通り要点だけ伝えんぞ」
――「お前らもコーコーセーにもなってさ、いちいちアホみたいにキリツレーチャクセーキオハヨーゴゼーマーとかやりたかねーだろ? 奇遇だな、俺もだよ」。
新学期初日のあの爆弾発言から、私達は本当に朝のホームルーム中に立つ事が無くなった。
「ハンパな時期に面倒くせぇことこの上が無いがー……本日は我がクラスに転校生一名ご案内する感じになっとるわいな……はあぁー……」
すごい、あの溜息、本気で心底から面倒臭がってる。
転校生が来ると何か担任ならではの処理とかがあるのかな……?
「ほれ、入るが良い転校生よー……」
「あ、はい、失礼します」
お、声は爽やかな感じの男子っぽいね。
ちょっと大人っぽさもあって、お兄さん系って感じの声……
「ブフゥッ」
……隣の席から、トモちゃんが全力でむせるのが聞こえた。ああ、トモちゃんの前の席の前面原くんの後頭部にビタミンCが充実した黄色い液体が……
無理も無いと思う。多分、私も何か口に含んでたら全力でぶちまけてたに違いないから。
「み、みんなの前で挨拶は緊張する……「ので、ここからは私が受け持とう」
――急に、声色が変わった。
爽やかお兄さんな声から、まるで洋画の吹き替えでよく聞く様な、渋すぎて耳が幸せになるおじさまダンディバーストな声に。
当然だよね、喋る口が変わった……いや、替わったんだから。
「レディース&ジェントルメン。おこがましくも是非、お聞き願いたい。私は葦有楽聖良と申します。本日より皆さんと机を並べる事になります。つまりは学友ッ! おお、なんと尊い響きかッ。切に、切実にッ! よろしくお願いしたいと!!」
三つくらい壁の向こうの教室まで届きそうな快活で芯のある声に、妙に芝居がかった口調。
なんだか、ミュージカル俳優さんみたいだなー……なんて、普段ならぼんやり思うだけで終わっていたかも知れない。
……うん、声がどうこう言ってる場合じゃあ、ないね。うん。
何がどうなってるんだろう。
強烈なゴミが私の目を苦しめてるのかなー?
……うん、どんだけ必死にぐしぐししても、何も変わってないね。うん。
どう見ても、顔が三つあって、腕が六本生えてる。
葦有楽と名乗った彼……えーと、もしかすると彼ら? は、首が三本あって、それぞれ右端から素敵ダンディなおじさまフェイス・ちょっとハニカミがちなお兄さんフェイス・ニコニコ愛想を振りまいてて何も考えてなさそうなショタフェイスがくっついてる。
そして、特注と思われると言うか特注以外に有り得ないと思う学生服の袖は左右に三本ずつあって、それら全てから立派なお手手が。
…………………………えぇと………………私が描いた絵がそのまま飛び出した、って感じ過ぎて、何これ恐い。
――描いたら、本当に出た。
「あー……本当に面倒くせー……ご覧の通り、葦有楽はちょいと見た目が変わってるが、まー……そんだけだ。差別だなんだで問題にするのは勘弁してくれよー、以上」
「みんなー、よろしくねー!」
きゃっきゃきゃっきゃと言う効果音が付きそうな調子で、左端のショタフェイスが女性声優さんが当ててるのかなってくらい見事なショタボイスで呼びかけている。
右端のおじさまフェイスは何やら満足気に「この視線の量ッ。ツカミは上々ですなぁ」と顎を撫ぜ、真ん中のお兄さんは依然無言でハニカミ王子状態。
……………………………………。
「…………と、トモちゃ、トモちゃあ、トモ、トモちゃん……? あの……わ、私……何か……召喚しちゃった……?」
「………………………………」
……? トモちゃん?
何でそんな殺人鬼みたいな形相であの葦有楽くん……葦有楽さん? えーと、順番的に葦有楽さんくんちゃんで良いや。とにかく葦有楽さんくんちゃんを見つめてるの……?
「…………すぐにでも、始末しなければ…………」
あ、今トモちゃん何か言った?
聞こえなかったけど、「す」から始まってた気が……
……ッ……まさか……「好き」or「ストライク」……!?
そう言えば、さっきもトモちゃん、私の王子様(葦有楽さんくんちゃんに非常に酷似)を見て、何かブツブツ言ってたよね……!?
え、つまりそう言う事?
無いとか言ってたのは……ツンデレさん入った……!?
流石、流石だよトモちゃん……! 目つきの悪い金髪ツインテのジンクスだよトモちゃん……!!
三面六臂の人って実際に見てみるとなんかキモかったから私は遠慮するけど、トモちゃんがそう言う趣味なら応援するよー!
「……頑張ってね、トモちゃん!」
「……ん? え、ああ、うん。絶対に仕留める」
次回【愛死闘ッ!! 葦有楽さんくんちゃんVSトモちゃんIN体育館裏~響く断末魔は三重奏~】に続くッ!!
※続きません。