プロローグ 暗雲
カネリア達の旅から80年が経ちこの世界は平和になったと思われていたのだが、約10年ほど前から命を繋ぐための生命の池が黒く濁り始め、知らずにその水を飲み続けた者達が次々と死に絶えて行きそれを企てた魔界に住む最上級悪魔リタは自室でほくそ笑んでいた。
彼女は80年前この世界で暗躍していたが光魔力で強制的に戻された挙句、黒魔力をも失い復讐に燃えていたビトに生命の池を枯らせ種族を全滅させるように命令し、さらに黒魔力を回復させてから生命の池の世界に飛ばしていたのだ。
そして黒く穢された生命の池の精霊レイフはそれを察知し心を痛めなんとか食い止めようと尽力したのだが、全てが失敗に終わり考え抜いた末にふと強力な魔力を感じた事を思い出した彼は、その魔力の持ち主に接触するために集中を始めた。
場所は変わりここはファーム族の村にある屋敷の中で一番奥にある部屋で、そこにあるベッドにすっかり年老いたカネリアが眠りについていて、彼女は夢の中で見知らぬ青年と向き合い立っていてカネリアは無言で俯く青年に、
「私に何かご用なのかしら? 私はもう衰えてしまっているけれどあなたからはとても強い魔力を感じるの、でも……あなたはファーム族でも他の種族でも無さそうだけど?」
緊張をほぐそうと優しく尋ねると青年は顔を上げて一瞬驚いたように目を見開いたのだが、すぐに顔をほころばせながら照れたように、
「よく分かりましたね……僕は生命の池に住まう精霊でレイフと申します、失礼ですがあなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
そう名乗ってから尋ねるとカネリアも微笑みを崩さずに、
「ファーム族の占い師をしているカネリア・ファームですよろしくね、レイフさん」
と言って手を出し握手を交わすとレイフは微笑みを崩し真剣な面持ちで、
「実は……カネリアさんもご存知の通り生命の池が穢され多くの種族が死んでいっています、その原因は80年前にあなた方が光魔力で倒した下級悪魔のビトです、やつはなぜか黒魔力を回復させこの世界の生命の池に住み着き黒魔力を使い池を穢しています……どうかもう一度やつをまた倒してください! そしてこの世界を救って欲しいのです‼」
切羽詰まった表情で頭を下げるレイフに心を打たれたカネリアはどうすればいいかを考え込んでいたが、ふと孫の事を思い出し彼女なら成し遂げる事が出来ると確信した彼女はレイフに、
「レイフさん、私はこの通り歳をとってしまってすでに旅へ出るほどの体力はありませんが、私の孫娘にあなたの事を託そうと思います、あの子はかつての私より魔力が高いですしちょうど村の外の事を教えたかったので」
優しくふくよかな笑顔で言うとレイフは涙目でカネリアを見つめながら、
「ありがとう……ございます……!」
感激のあまり声を詰まらせて礼を言うと微笑んだのでカネリアも笑みを返しその瞬間目を覚ました彼女は、起き上がって白くなった長い髪を三つ編みにしてからベッドから降り着替えを済ませてから孫のルピタに使いを出し、数分後ルピタがカネリアの部屋のドアをノックして入って来ると自分の前にあるイスを勧め、ルピタは不安げな表情でカネリアを見つめながら、
「私に大事な話して何? おばあちゃん」
そう言うとカネリアは神妙な面持ちで夢の中で逢った生命の池に住む精霊との会話と説明すると、彼女は真剣な面持ちで考え込んでからカネリアの目を見つめて、
「私がその悪魔を倒して生命の池を元に戻すの?」
と尋ねるとカネリアは頷きながら、
「容易な事ではないけれど、大丈夫?」
ナイフのような鋭い視線でルピタを見つめて言うと彼女は緊張しながらも頷いて立ち上がり、
「大丈夫よ、おばあちゃん! 私、絶対にその悪魔を倒して生命の池を元に戻して見せるわ‼」
そう元気に言うとカネリアは安心したように頷いた後、
「あなたにそう言ってもらえてとても嬉しいわ! でも……ルピタ一人だとやっぱり心配だからもう一人連れていきたいわね……」
とカネリアが頬に手を置いて考えているとルピタが目を輝かせながら立ち上がり、
「だったらアーヴィンと一緒に行きたいわ! 彼なら弓も剣も得意だしなにより私と仲がいいし!」
多少強引に言われたカネリアはたじろぎながら、
「そ、それならアーヴィンを連れて行きなさい……じゃあ今から手紙を書いてあげ……」
そう途中まで言いかけたところでルピタは両腕を上がて歓声を上げると飛び跳ねながら礼を言って部屋から出て行き、カネリアはただ呆然とイスに座って彼女を見送っていた。
大事な話しが終わったルピタは急いでアーヴィンの部屋へと行ってドアを激しく叩くと気だるげな顔で出てきた彼は、
「なんだよルピタ……こんな朝早くから起こすな」
と不満そうに頭を掻きながら言うがルピタは大きな声で、
「アーヴィン、旅に出るわよ! カネリアおばあちゃんが夢で見たの、ほら早く支度をして‼」
ルピタは矢継ぎ早に説明するのだが訳が分からない彼が混乱していると、後ろから声がしてそちらを見やるとルピタの兄キャルヴィンが息を切らせて来ると呼吸を整えてから、
「ほら、ばあちゃんから手紙だ! あわてんほうルピタに!」
そう言ってルピタの頭の上に封筒を乗せるとそれを受け取った彼女はアーヴィンに手渡し彼はそれを読むと驚いた顔をした後ため息をついて手紙を畳むと、
「初めからこの説明をしてくれ、ややこしくなるだろう? まぁばあちゃんの頼みだから行くか!」
と苦笑しながら言うとアーヴィンはルピタと共に旅の支度をしてから門兵にカネリアの友人に手紙を届けると伝え開門してもらうと生まれて初めての村の外に2人は意気込んで足を踏み出した。