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流れ星ヨリ疾ク  作者: NES
7/7

流れ星ヨリ疾ク (7)

 車の助手席で、ハルはじっと自分の掌を見ていた。ついさっきまで、ヒナが掴んで離さなかった手。まだヒナがそこにいて、ハルの手を握っているみたいだ。

 雨の中、自転車で土手から転落したヒナを助けて、お母さんの運転する車で自宅まで送ってきた帰りだ。雨はまだ降り続いている。ワイパーが忙しく行ったり来たりを繰り返している。

 ヒナは、ハルと一緒にいたいと言っていた。ヒナの部屋に連れ込まれて、しばらく二人だけの時間を過ごした。小学三年生の、小さな想い。言われてしまえば、それだけのことかもしれない。

 でも、ヒナのあの顔は忘れられそうにない。幼稚園の時とは違う、暖かい笑顔。ヒナの部屋で、ハルはヒナから何かを受け取った気がした。ヒナは、確かにハルに何かを預けた。それが何かは解らない。とても大切で、失ってはいけないという以外には、何も。

「ハル、あんたどうすんの?ヒナちゃんのこと?」

 運転しながら、お母さんが訊いてきた。

「どうするって?」

 お母さんはハルがヒナを背負って帰って来た時、何も言わずに手を貸してくれた。ヒナの様子を調べて、着替えさせて、車で病院まで運んでくれた。お母さんは凄い。いつもハルの考えを察して、すぐに動いてくれる。ハルが何も言わなくても、どうするべきなのか常に先回りして教えてくれる。

「あんなに慕われちゃってさ。ハルはヒナちゃんをずっと背負っていくのかい?」

 ヒナのことを、背負う。

 土手の下で泣いているヒナを見て、ハルは間に合わなかったと後悔した。怪我をしたヒナを背負って、自分は一生ヒナのことを背負うと決めた。

 そうだ、覚悟なんて、もうとっくに出来ている。

「そうするつもりだよ」

 そうじゃなきゃ、こんなこと出来なかった。ヒナの重さを背中に感じて、ハルは家まで歩いた。ヒナの手を握るのは、ハルの役目。ヒナは、ハルのものだ。そんな想いが、ずっと心の中で暴れていた。

 ハルはヒナを助ける。そうすれば、ヒナはきっとまた笑ってくれる。思い出の中にある、ヒナの笑顔。懐かしい言葉。小さな約束。ハルは、ヒナのことが好きだ。

 ハルに出来る覚悟なんて、たかが知れている。子供の言うことだ。すぐに消えてしまうような、他愛もない口約束でしかないのかもしれない。

 それでも、ハルの中には、ヒナから預かった何かがある。これを失くさないためにも、ハルはヒナを守り続けたい。追いかけ続けたい。ヒナのことを、人生をかけて背負いたい。

 ヒナのことを、好きでい続けたい。

「そうか。そりゃ大変だ」

 お母さんは笑った。肯定も否定もしない。ハルが取るべき道は、ハルが決めるべきだ。そして、ハルは既に道を決めていた。口出し出来ることなんて何も無い。

「でも、それならハルの方がしっかりしないとね」

「なんでさ?」

 転んで泣くのは、いつもヒナの方だ。ヒナは鈍臭い。しかもその自覚が無い。

「ヒナちゃんは可愛いからね、ライバルが多いよ」

 言われてから気が付いた。そうか、ヒナの気持ちがあるんだ。ハルが勝手にヒナのことを守るとか、ヒナはハルのものだとか、そんなことを言っていてもダメなんだ。

 ヒナの傍にいるために、ヒナの隣にいるために、ハル自身も頑張らないといけない。ヒナに選ばれるために、認められるために。ヒナに、好きでいてもらえるために。

「まあ頑張んな」

 大切なヒナを守るために、ハルは何をすれば良いだろう。ヒナが泣いてしまう前に、どうすれば間に合うのだろう。ハルはまた、自分の掌を見た。ずっと手をつないでいられれば、それが一番確実なのに。ヒナの手を、ずっと離さないでいられれば。

 車の外は強い雨だ。雨なんて関係ない。その気になれば、ハルはヒナのところに走っていく。誰よりも速く。早く。


 ヒナを家まで送って、玄関の前で別れる。今日二回目だ。

 二回目だけど、今度はとても名残惜しかった。「また明日」数時間後には会えるのに、今の別れがつらい。ヒナの手が離れる。ヒナの笑顔。小さく口が動いている。「ハル、好きだよ」ハルも、ヒナのこと、好きだよ。

 ドアが閉まるまで見送って、それから歩き始めた。今日のことを思い返す。

 ヒナの唇は、とても柔らかかった。幼稚園の頃、何かのごっこ遊びでヒナがハルのほっぺにチュウをしたことはあった。その時も思わずのけぞるくらいビックリしたが、今回の衝撃はそれを遥かに上回る。ヒナとのキスは、それくらい気持ち良かった。

 ヒナはハルに完全に身体を任せていた。ハルにもたれ掛って、されるがままに抱き締められた。顔を近付けたら、目を閉じて受け入れてくれた。唇が触れた後も、そのままハルにずっと合わせてくれた。そのせいもあって、随分と長い間唇が触れていた。

 柔らかくて、暖かくて、しっとりとしている。ヒナは全部の力を抜いて、ハルが自由にヒナの唇を求められるようにしてくれていた。微かに湿って、軽く開いた唇は、ハルには物凄く刺激が強かった。

 放っておけばずっとそのままで、理性から何から全部吹き飛んでしまいそうだったので、ハルは慌てて顔を離した。唇が未練がましく貼りついている。意図せずに、ちゅっ、という音がする。ハルは背筋がぞくりとした。ヒナはそんなハルを見てくすりと笑うと、ハルの肩に顔を乗せてきた。

「ハル、少し背が伸びたね」

 確かに、高校に入って身長が伸び始めていた。ヒナとあまり変わらなかったのが、今では目線の高さが違ってきている。ヒナが縮んでいるということは無いだろうから、やはりそれなりに伸びたということか。

「良かった。これ以上差がついてからだったら、首が痛くなるところだった」

 まあ、確かにそうかもしれない。冷静にそう考えたところで、ハルはヒナの言葉の意味をどう解釈するべきか迷った。

「ハル」

 ヒナがハルの身体をぎゅうっと抱き締めた。暖かい。柔らかい。すごく、気持ちいい。

「素敵なファーストキス、ありがとう」

 お礼を言わなければいけないのはハルの方で。

 しかも、ちょっとご褒美のレベルが高すぎて、処理が追いつかない状態だった。

 昔から好きで、きっとお互いに好きだったという割には、ファーストキスなんて今更だったのかもしれない。ひょっとしたら、ヒナはずっとハルのことを待っていたのかもしれない。そんなことも思ったが、ハルはそれでも悪くないと思い直した。

 ヒナはハルの大切な人だ。大事に想ってきて、それが彼女になって、恋人になって。こうしてお互いに好きだって言えるようになった。それ以上に望むことなんてない。ハルは、ヒナのことが好きだ。

 今なら、胸を張って言える。ヒナは、ハルのものだ。ヒナはハルが守る。ヒナを泣かせたりなんてしない。

 ヒナはハルの素敵な恋人。ずっと好きだった。ずっと大切にしてきた。好きだって言って、付き合って、恋人になった。ハルは、ヒナのことをもう離さない。これからも、ヒナのことを好きでい続ける。ずっと。

 顔をあげると、星空が広がっていた。小さなきらめきが、こんなに眩しい。星空の下で、二人は結ばれた。この星の光を、ハルは忘れない。二人が初めてキスした日の、この空を忘れない。

 ヒナはきっと、ハルにまだ何かを隠している。ハルに黙って、何かをしようとする。転びそうになる。

 そうなった時、ハルはヒナを探さないといけない。見つけないといけない。追いかけないといけない。ヒナが泣き出す前に、ヒナのところに辿り着かないといけない。

 ならば、追いかけ続けよう。ヒナを守るのは、ハルの役目なんだから。考える前に走り出そう。そうでなければ、ヒナの背中には追い付けやしないのだから。

 知らない間に、ハルは走り始めていた。じっとなんてしていられなかった。ハルは、ヒナのことが好きだ。この気持ちを失くさないためにも、ハルは走り続けていないといけない。

 ハルに出来ることは、走ることだけだ。走って、誰よりも早くヒナを助けたい。ヒナのもとに駆け付けたい。ヒナを守るのはハルだって、ヒナに認めてもらいたい。あの笑顔。あの言葉。ずっと好きだったヒナとの、小さな約束のために。

 この星空を失くさないために。ハルは走る。

 もっと速く。早く。

 行こう、ハルの大好きなヒナの笑顔のところへ。

 たとえ星が落ちたとしても、ハルはきっと追い付いて、拾い上げてみせる。ヒナを泣かせたりなんて、絶対にしない。

 そう、誰よりも早く。何よりも速く。


 流れ星よりも、(はや)く。



読了、ありがとうございました。

物語は「ハルを夢視ル銀の鍵」シリーズ「スキのカタチ」に続きます。

よろしければそちらも引き続きお楽しみください。

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