流れ星ヨリ疾ク (6)
小学校の卒業式が終わって、ヒナはハルと一緒に土手の上の道を歩いていた。
謝恩会だなんだってわぁわぁやってたけど、ヒナはあんまり興味が無かった。どちらかというと父兄がお酒を飲んで盛り上がっている感じ。主役不在のお祭り騒ぎだ。
そんな訳で、ハルに誘われてさっさと出てきてしまった。まあ、ハルが誘ってくれなければ、ヒナがハルを声をかけてたと思う。そのくらいつまらなかった。それに。
ハルと二人でいられる時間が欲しかった。
同じ公立中学に進むとはいえ、一応小学校卒業っていう節目だから。それなりに感慨はある。別に卒業式で感極まって泣いちゃったり、とかは無かったけど。
ハルと一緒に小学校を卒業して、ハルと一緒に中学に入るってところに、ヒナは意義を感じる。ハルと同じ道を歩いている。同じ世界を生きているって感じがする。でもなんかちょっと恥ずかしいし、重いからそんなことは口にしない。
ハルはヒナと仲良くしてくれる。ヒナのことを悪くは思ってない。と思う。ううん、多分だけど、ヒナのこと、好きだと思う。バレンタインのチョコは毎年受け取ってくれるし、ホワイトデーにお返しも欠かさずくれるし。女子だからって、ヒナのこと邪険にしないし。むしろ優しくしてくれるし。
ヒナのことを助けてくれたあの日から、ヒナはハルのことを特別に意識している。この土手の上を歩くと、嫌でも思い出す。色々恥ずかしい。ヒナにとっては宝物みたいな素敵な思い出。
ハルは、あの日のことどう思ってるのかな。
ヒナは、すっごく嬉しかった。後で何度もお礼を言ったけど、ハル、あんまりはっきりとは話してくれないんだよね。しつこすぎるのも迷惑かな、って思って言い過ぎないようにはしてる。ヒナ、ハルのこと好きだから。好きになっちゃったから。
ハルの気持ちがわかればなぁ、って思わないこともない。せめて、ヒナのこと好きなのかどうか、それだけでもはっきりすれば、ちょっとは満足出来るかなぁって。でも、そんなのきっとつまんない。ヒナは、自分の力でハルを振り向かせたい。ハルに、そのままのヒナを好きになってもらいたい。その方が、きっと幸せ。
「なんか、中学って言ってもあんまりパッとしないよな」
ハルが言いたいことは解る。ヒナたちの小学校の六年生は、みんな同じ中学に進む。私立に進学する子や、引っ越しとかで転校する子を除けば、ほぼフルメンバーがまた顔を合わせることになる。
「南小学校の子も来るよ」
「あー、あいつらうるせぇんだよなぁ。めんどくせぇなぁ」
他の学区と一緒になって、中学は大所帯になる。クラスの数も増えるだろうし、ハルとは同じクラスになれないかもしれない。それはちょっとヤだな。ハルと疎遠になっちゃって、ハルにヒナのこと忘れられちゃう、とかあると、ヒナはすごく悲しい。
告白かぁ。
ヒナがハルのことを好きってことは、女子の間ではそれなりに有名になってる。まあ、幼馴染だし、ハルとまともに話す女子ってヒナしかいないし、毎年バレンタインチョコとか渡してれば、自然と噂にはなる。ヒナ的にはバレちゃっても別にどうってことなかったし、むしろ既成事実化されて全然問題なかった。ハルが嫌じゃなければ。
卒業式の日、好きな子に告白するかどうかがちょっと話題になった。みんな中学が同じとは言っても、大きな変わり目の行事であることに変わりはないから、これに便乗して、って感じだ。ヒナも、ハルに告白するの?っていっぱい訊かれた。
ヒナが、ハルに好きだよって言ったら、ハルはどう思うのかな。ハルは何て言ってくれるのかな。ハルのこと、すごくすごく好きなんだけど、ハルはヒナのそんな気持ち、どのくらい解ってくれるのかな。
二人の関係が壊れちゃうとか、あるのかな。ハルは、実はヒナのことなんて特別でも何でもなくて、仲が良い友達の一人くらいにしか思ってないとか。たまたま友達の一人が女の子だった程度とか、そんなこと、あるのかな。
ううん、そんなことはない。ハルはヒナのこと、好きだよ。ずっと、好きでいてくれてるよ。だってヒナ、ハルのことこんなに好きだもん。ハルがいてくれないと、ヒナどうしていいか判らない。ヒナは、ハルに全部預けたまんま。ヒナの全ては、ハルのところにある。
好きって、言ってみようか。ねえ、ハル。ヒナ、ハルのこと、好きだよ。ハルのこと、大好き。
あのね、ヒナ、実はハルの・・・
「ヒナ」
ハルがヒナの名前を呼んだ。びっくりして顔をあげると、ハルが笑ってた。六年生のハル。来月には、もう中学生のハル。少し大人っぽくなって、男の子って感じで、ヒナから言わせればとってもカッコいいハル。
え?ハル、ひょっとして、ヒナに告白とかするの?ヒナのこと、好きだって言ってくれるの?もしそうなら、ヒナどうしよう。ヒナもハルのこと好き。ええっと、それで、どうなるの?どうなっちゃうの?その先のこと、何にも考えてなかった。ええ?えええ?
「中学に入ってからも、よろしくな」
あ。
うん、そうだね。
「うん、よろしくね、ハル」
ヒナ、意識し過ぎてた。ハルは、これからも一緒にいてくれる。一緒にいようって、言ってくれた。そうだね。好きとか、そんなこと伝える前に、まずはそっちだよね。
ハル、ヒナはハルのこと、好き。この気持ちは、多分ずっと変わらない。だから、ハルとのつながりを失くさないことが、今は一番大事。
中学に入ってもハルと一緒。大好きなハルと同じ学校。まずはそれが大切なこと。
いつかは、ヒナが、或いはハルが告白して、二人は恋人になったりするのかな。なれるのかな。ヒナはそうなりたい。ハルと手を繋いで、肩を寄せて歩きたい。ハルともっとくっついていたい。なんかエッチな感じがするから、こういうことは人には言えない。
でも、そうしたいんだ、ハル。ヒナ、そうなりたいんだ。
ハル。
ヒナ、ずっとハルのことを好きでいられたら、ハルのお嫁さんに、なれるかな?
幼稚園の卒園式。みんなで歌をうたって、写真を撮って、お世話になった先生に挨拶をして。
ハルも、ヒナと一緒に幼稚園を卒業する。大好きだった先生にお別れして、最後に園庭で遊んだ。ヒナが砂場に大きな山を作ると息巻いていたので、ハルはそれを手伝うことになった。
プラスチックのバケツに水を入れて運ぶ。水で固めて土台をしっかりさせる。卒園式の日にこれだ。ハルのお母さんも、ヒナのお母さんもすっかり呆れ顔をしている。でも、最後の日だから、大目に見てくれた。
掘って、積んで、掘って、積んで。山が大きくなる。ヒナの身長と同じくらいの高さにしたかった。ヒナの喜ぶ顔が見たかった。ヒナは、笑顔が一番可愛い。「ハルすきー」って言ってもらいたい。
ヒナがたまにずっこける。ばっしゃーん。飛び散る水、砂、泥。ハルが駆け寄って助ける。その日、ヒナは泣かなかった。どうしても山が作りたかったらしい。変なところで根性がある。
他の子たちがわらわらと寄ってくる。大きい山を作る。皆で盛り上がって、気が付いたら十人を超えていた。好き勝手に騒ぐ子がいたり、中には壊し始める子がいたりと混沌とした状況の中、ヒナは黙々と砂を積んでいた。ヒナがそこまでして作りたいのなら、とハルも一生懸命山を作り続けた。
幼稚園にいる間、ヒナはハルに良く懐いてきた。池に落ちたのを助けた時から、ハルはヒナのお気に入りにされたらしい。まあ、それはそれで構わなかったが、問題が一つ。ヒナは、鈍臭かった。
転ぶ、ぶつかる、道に迷う、忘れる。正直扱いに困る感じだ。その度に、ハルはヒナを助けに行く。腹を立てることもある。ホントにもう、コイツは。泣いているヒナを助け起こすと、ヒナはあの笑顔をハルに向ける。「ハルすきー」もうこれで全部チャラだ。ヒナはずるい。可愛い。
幼稚園でお出かけの時は、もう誰に言われるでもなくハルがヒナの手を握った。そうしていないと、結局二度手間だった。ヒナがはぐれる、ハルが探しに行く、泣いているヒナを見つける、手を引いて合流する。だったら最初から手をつないでおけと言う話だ。
ヒナの手を引くのは、ハルの役目。ハルはそう思っていた。
ヒナは笑顔で「ハルすきー」と言ってくれる。それを、他の誰かに言ってほしくなかった。ヒナの笑顔と、ヒナの言葉を、ハル一人のものにしておきたかった。
だから、ちょっとしたいさかいが起きたこともあった。ヒナはハルのものだ。本当に馬鹿らしいが、そんなことで喧嘩をしたことがある。ヒナはあわあわして、鼻血を垂らしたハルにしがみついてわんわん泣いた。その時のヒナの泣き顔を見て、ハルはとても苦しかった。こんな喧嘩はもうしないとヒナに約束した。
ヒナの方も、その後少し態度が変わった。他の子と遊ぶ時、少し躊躇して「ハルがおこるから」と言うようになった。余程ハルの喧嘩がこたえたらしい。後になってヒナに聞いてみたら、真っ赤になって「知らない、覚えてない」と怒られてしまった。
砂山作りはかなりの時間を要した。園児たちも途中で飽きたり、時間が無くなったりで抜けていき、最後には結局ハルとヒナだけが残った。もう卒園式の片付けも終わって、そろそろ幼稚園を閉めよう、という頃になって、ようやく山は完成した。
大きな砂山を見上げて、ヒナは満足そうだった。ハルも、なんだかやり切った気分だった。
「ハル」
ヒナがハルの手を握った。
「ヒナ、がんばった。ヒナ、さいごまでやったよ」
ヒナは、最後までやり遂げたかったんだ。自分の力で、諦めずに最後までやりたかった。そして、実際にやり遂げた。
ヒナの目に涙が浮かんでいた。いつもの、失敗して泣いている涙じゃない。ヒナは、嬉しくて泣いている。ハルも嬉しかった。ヒナと一緒に、最後まで頑張った。二人で、最後までやったんだ。
山の前で、並んでピースする。お母さんたちが写真を撮る。とても誇らしかった。ヒナが、あの笑顔をハルに向ける。「ハルすきー」ハルにとって、これ以上に嬉しいご褒美は無い。
二人で幼稚園の外に出て、ヒナのお母さんが車を取りに行っている間、ヒナがハルに訊いてきた。
「幼稚園のつぎって、小学校?小学校のつぎは?」
「小学校のつぎは中学校だよ」
「中学校のつぎは?」
「高校だよ」
人によっては違うという話だが、まあほとんどの場合はそれで良いはずだ。
「高校のつぎは?」
「大学かな」
これも人によっては違うかもしれないが、一般的にはそうなる。
「大学のつぎは?」
「えーと、大学院?」
確かその話は元々ヒナに聞いたはずだ。ヒナのお父さんは大学院を出ているとかなんとか。大学院は大学を卒業した後に入るところで、ヒナのお父さんは頭良いんだよ、とか。ヒナ自身がその話を忘れていてどうする。
そこまでハルの答えを聞いて、ヒナはぶぅ、と不機嫌な顔をした。
「うー、つまんない」
そう言われてもハルは困ってしまう。答えを間違えたつもりもないし、ヒナが何を望んでそんな質問をしてきたのかも判らない。これではハルがただの一方的な訊かれ損だ。
「何がつまんないんだよ」
「だってー」
ヒナはふくれっ面でハルの顔を見つめてきた。
「それじゃあ、ヒナはいつハルとけっこんできるの?」
ハルはどきっとした。
ヒナが真剣な目を向けてくる。そんなことを考えていたとは、想像もしていなかった。この話も、後でヒナに聞いたら「知らない、記憶にない」と強く否定された。
でも、ハルは良く覚えている。子供の言うことだし、深い意味なんてない。好意を持つ相手に対する、無邪気な考えだ。
ハルは、ヒナのことが好きだ。だから、その質問にも真っ直ぐに答えた。
「いつか、おとなになったらけっこんするよ。そのときまですきだったら、かならず」
ハルの答えに満足したのか。
ヒナは笑った。ハルの大好きな笑顔。ハルの好きな、眩しいヒナ。そして、あの言葉。
「ハルすきー」