表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れ星ヨリ疾ク  作者: NES
5/7

流れ星ヨリ疾ク (5)

 最悪だ。やらかした。ヒナの馬鹿。

 人の気配とか、普段はもっと気を付けてるのに、今回に限って迂闊だった。しかもよりによってハル。こんなところ、絶対に見られたくなかった。

 銀の鍵のことも、ナシュトのことも、ハルにだけは知られたくない。ずっと秘密にしてきた。聞かれたら話す、って言っても、聞かれようの無いことだと思ってた。

 自然公園の奥、小さな東屋で、ヒナはベンチに座ってる。ハルは、ヒナの前で背中を向けて立ってる。ハル、怒ってるかな。怒ってる、よね。ヒナはハルに言って無いことあるから。

「ハル」

 今日のデート、楽しかったんだよ、ハル。ヒナ、一生の思い出だよ。だから、その思い出を綺麗にしておきたかったんだよ。ごめんね、ハル。

「何も訊かないの、ハル?」

 話したくないよ、ハル。ヒナは銀の鍵のこと、誰にも話したくない。特にハルには、絶対に打ち明けたくない。

 だって、胸を張って、ハルには銀の鍵の力を使ったことが無いって、ハルの心を読んだことが無いって、言うことが出来ないんだもん。ヒナは昔、ハルの心を覗いた。人の善意を信じられなくて、ハルもヒナのことなんて都合のいい女の子としてしか見てないって、そう疑ってしまったから。

 すごく後悔した。ハルはヒナのこと、宝物みたいに大切に想っていてくれてた。悪意を持っていたのはヒナの方だった。ハルの想いは、曇りの無い善意だったのに。ヒナは、ハルのことを汚い人間だと思ってしまっていた。

 そして今、そのことをハルに知られたくないって、また後悔している。ハルには話したくない。話せない。

 ハルはきっとヒナを許してくれる。それがつらい。ハルはヒナのこと、とても大切にしてくれている。ヒナのことを責めたりしない。ヒナのことを信じてくれる。ヒナは、ハルを疑って、裏切ったのに。ヒナは、そんな自分が許せない。

 もう嫌だ。こんな力、銀の鍵、ナシュト。全部捨ててしまいたい。ヒナにはハルがいてくれればいい。ハル以外、何にもいらない。それなのに、余計なものばかり見えて、余計なものばかり聞こえて、振り回されて。ハルのこと傷付けて。ヒナ、自分が何やってるんだか判らない。

 人の心が読めるなんて、気持ち悪い。人の心が操れるなんて、胸糞が悪い。そんなことしても何も良いこと無い。嫌なことばっかり。ヒナはただ、ハルと一緒にいたいだけだよ。こんなのホントにいらないよ。

 ごめんね、ハル。ごめんなさい。

「ハル」

 信じて、ハル。ヒナは、ハルのことが好き。このことだけは本当。ヒナはハルに話してないこと、確かにあるけど。

 でも、ハルのことを好きだっていう気持ちだけは、嘘偽りない本当の気持ち。だから。

「いいよ、ハル。何でも訊いて。私、何でも話すから」

 だから、ヒナのこと嫌いにならないで。ヒナを置いていかないで。ヒナを捨てないで。

 ハル、お願い。

 ヒナ、ハルのこと、大好きなの。お願い。

「訊かないよ、ヒナ」


 ヒナは隠し事をしている。そんなことはもう判ってる。

 今日、ハルが間に合ったのかどうか、それは判らない。ただ、少なくともヒナは泣いていなかった。なら、それで良い。

「ヒナが話したくないなら、訊かない。話したくなった時に話してくれればいい」

 ハルは、ヒナの泣いている姿を見たくない。ここでヒナを問い詰めて泣かせてしまうなんて、それこそ本末転倒だ。ヒナが話したくないということを、どうして無理に訊くことが出来るだろう。

 誰にだって話せないことぐらいある。ハルだってそうだ。そんなことで悩んだ時は一人でここに来た。こんな時間にヒナがここにいたことは驚きだが、きっとヒナにはヒナの事情があるんだ。

 ハルに話せない事情。それがなんなのかは良く判らない。でも、ヒナの様子を見ていると、それはとても大きくて、つらいものに思える。ヒナがたった一人で何かを抱えて苦しんでいるのだとすれば、それはハルにとっても苦しい。

「ただ、一人で抱え込んで、一人で走り出すのはやめてほしいかな。ヒナが泣いてるところ、見たくないんだ」

 本当に、それだけだ。

 ヒナは、ハルにとって大切な人だから。ハルはヒナを泣かせてしまうことが何よりもつらい。いつも一人で何処かに行ってしまうヒナを、ハルは追いかける。ヒナが泣き出す前に、その身体を抱き締めたい。ヒナが傷を負う前に、ハルが身代わりになりたい。

 ハルだって男だ。女子高生になったヒナを見て、ときめいて、正直に言えば抜いたこともある。でも、その後はいつも酷く後悔した。ハルは、ヒナをどうしたいのか。安易に汚してしまって良いはずがない。ヒナは、ハルの宝物。その想いはずっと変わらない。

 ハルは、ヒナのことが好きだ。いつかは、ヒナに疵を付けることがあるかもしれない。でも、それは今じゃない。今は走る。ヒナを泣かせないために、走り続ける。

 ヒナの方を振り返る。ああ、やっぱり泣かせてしまった。ハルは馬鹿だ。泣かせたくないなんて言って、大切なヒナを自分で泣かせてしまうなんて。

「泣かないで、ヒナ。大丈夫、俺は、ヒナのこと、信じてる」

 ヒナのことは良く知っている。きっと、ヒナはハルのために苦しんでいる。見ていれば判る。ヒナはそういう子だ。昔から、ずっとそうだった。

 ヒナがここにいたのも、きっとそう。ヒナは、ハルの何かを助けてくれた。それが何かは判らないが、ハルには不思議と確信があった。ヒナ、ありがとう。

「ハル」

 大丈夫、ここにいる。

「ハル、ありがとう」

 やっと笑ってくれた。ヒナには笑顔が一番似合う。ハルは、ヒナの笑顔が大好きだ。


 ありがとう、ハル。

 ごめんね、ハルに話すことが出来なくて。ヒナは、やっぱりこの力のことは、自分で解決したい。

 一人で抱え込んでしまってるけど、ヒナ、負けたくないんだ。銀の鍵とか、神様とか、意味わかんない。そんなもの必要無いって、ヒナ自身が証明してやりたい。

 ハル、ヒナは、ハルのことが好き。これだけ判ってもらえてるなら、信じてもらえてるなら、それで良い。

 ねえ、ハル。

 ヒナは、ハルのこと、すごく好きなんだよ。

 ハルは男の子なのに、あんまりヒナに迫ってくれないから、今日も頑張ってみたんだけど、どうだったのかな。夏休み、もうちょっとアタックしてみようかな。

 ハル、ヒナは別に、ハルにされて嫌なことなんて何もないんだよ?

 もっとヒナのこと、好きにしても良いんだよ?お姫様みたいに大切にしてくれるのも、それはそれで嬉しいんだけど。

 ヒナには、夢があるんだ。叶えたい、夢が。


 ごめんな、ヒナ。

 話したくないことを無理に訊こうとは思わない。ヒナが泣いてなければそれで良い。

 隠し事、あるって認めてるようなものだな。まあ、ヒナらしいと言えばヒナらしい。ヒナは鈍臭いって自覚を持った方が良い。

 ハルはヒナのことが好きだ。だから、ヒナのことは信じる。大切にする。

 ヒナは、本当に可愛くなった。

 今日一緒に歩いて、本当に胸が高鳴りっぱなしだった。ふとした一瞬に見せる表情、仕草、全てが眩しくて。女の子のヒナといると、自分が抑えられなくなりそうになる。

 ヒナは、女の子なんだな。

 ヒナのこと、疵付けたくないって、そう思ってる。

 思ってるんだけど、ヒナが近くにいるとそれだけで、ヒナの身体に触れたくなる。抱き締めたくなる。そのまま、奪いたくなる。

 ヒナを悲しませたくないし、苦しませたくないから、いつも我慢してる。

 ヒナ。

 いつか、こんな罪悪感なんて消えてしまうような日が、来るのかな。それは嬉しいのかな、それとも。


 星空の下を、二人で歩く。

 虫の声。ざわめく梢。微かな水音。夜の自然公園は静かなようで、実はとても賑やかだ。

 空には、木の葉の隙間から無数の星がきらめいて見える。遊歩道は、昼間に歩いた時とはまるでその表情が違う。ひんやりとして、火照った心が冷まされていく。

 つないだ手から、体温が伝わってくる。暖かい。気持ちが伝わる。大切だという想い。好きっていう感情。

 歩幅が驚くほど短い。ずっとこのまま、歩いていきたいから。この道が終わらなければ良いのに。いつまでも一緒に、こうしていられれば良いのに。

 不思議だ。長い間、本当に長い間近くにいたのに、こんなに近くに感じたことは無い。もっと身体を寄せ合ったこともあるのに、手をつないでいるだけの今の方が、ぐっと距離が近い。間違いなく、今までで一番近い。

 心が触れている。それが判る。通じ合うって、こういうことなんだ。

 心なんて読めなくていい。そんな必要なんてない。だって、ちゃんと判るから。そこにいるって、いてくれるって、しっかりと判るから。

 顔を合わせて笑う。そうだ。こうやって手をつないで、お互いに笑いたかった。ほら、とても幸せだ。こんなに素敵だって思える。愛しいって感じる。

 好きだよって、言葉にして伝える。言葉なんてなくても判るけど、言葉にすることで、絆は強くなる。硬くなる。誰にも負けなくなる。二人の想いは、絶対に負けない。

 二人が歩いてきた道は、間違ってない。ちゃんとお互いに繋がっている。一つになって、明日に続いている。そう信じられる。諦めないで歩いてきたからこそ、信じることが出来る。

 人の心、魂の座が頭の中にあるのなら。

 それが近い程、人と人との距離は、もっと短く出来るのかもしれない。

 だから、頭を近付ける。顔を寄せる。

 そっと目を閉じる。

 そして。

 二人は、初めて恋人のキスをした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ