流れ星ヨリ疾ク (4)
夕食を終えて、部屋に戻って。ハルは、ふうっと息を吐いた。携帯の画面を見る。着信は無い。
あの後、ファミレスでお昼を食べて、穴場的なアジア雑貨の店にヒナを連れて行って、それから軽くお茶をした。ヒナは楽しそうだった。最後はヒナを家まで送って、玄関前で別れた。
付き合ってから初めてのデートは、うまく行ったと思う。ヒナはとても可愛くて、ハルは一日どきどきさせられっぱなしだった。ヒナの手を握って、ヒナに腕を抱かれて、改めてヒナを自分の恋人として認識することが出来た。
ヒナは楽しそうだった。ハルも楽しかった。うまくいった。
ハルはそう思い込もうとしている。恐らく、ヒナも。
自然公園で、ヒナは明らかに違うことを考えていた。ヒナのあの顔には覚えがある。あれは、一人で何処かに行こうとしている時の顔だ。ハルの知らない何かを見ている顔だ。
中学の時、ハルとヒナは同じクラスになることは無かった。部活は同じバスケ部だったが、男子と女子で別れていたので、それほど接点は無い。ハルはバスケに注力していたこともあって、あまりヒナのことを意識しなくなっていた。
そしてそれを、酷く後悔することになった。
ヒナの様子がおかしいと気付いたのは、中学三年になってからだった。部活でもう自分には芽が無いと諦め始めた時、ふと中学に入ってからあまり意識してヒナのことを見ていないと思った。
中学生になったのだし、もう子供ではないのだ、という思いもあった。ヒナだって、いつまでもハルに背負われている訳ではないだろう。池にはまって溺れるような年でもない。ヒナには、ヒナの世界がある。ヒナの方から来ない限り、ハルがあまりうるさく干渉するべきではない。
ヒナは学校内でハルの姿を見かけると、必ず声をかけて挨拶してきた。部活でも、機会があればハルに話しかけてきた。クラスは違ったけど、積極的にハルとの接点を作ろうと努力しているように思えた。
その時のヒナの顔が、酷くつらそうだったことに気が付いたのは、手遅れになった後だった。ハルは今でも後悔している。もっと早く、ヒナの異変を察してあげるべきだった。ヒナから目を放してはいけなかった。
中学三年、一学期の最後に、修学旅行があった。定番の京都奈良。二泊三日だった。ハルもヒナも参加した。
ヒナに元気が無いことに、ハルはようやく気が付き始めていた。小さな頃から、ヒナはハルに挨拶をする時、いつも笑顔だった。それが、いつの間にか失われていた。具体的にいつからなのかは判らない。思い出せない。ハルがヒナのことを見ていなかった間に、何かがあった。
修学旅行二日目の夜、いつもと違う環境に慣れず、ヒナのことも気になって、ハルは全然眠れなかった。もうとっくに日付が変わった時刻。少し身体を動かして眠気を誘おうと、ハルはこっそりと部屋から抜け出した。
ホテルの廊下は、しんと静まり返っていた。見回りの先生ももうこの時間では眠ってしまっている。ロビーに自動販売機があったことを思い出して、ハルは足音を忍ばせながらそちらに向かった。
スリッパで絨毯を踏む静かな音がする。部屋の中にはクラスメイトや先生がいて眠っているのかと思うと、なんだか不思議な感じがした。こうやってみんなで同じところに泊まるなんて、考えてみれば珍しくて貴重な体験だ。
ヒナもいるんだよな。最近元気のないヒナ。いや、ひょっとしたらずっと元気が無かったかもしれないヒナ。それでもハルの所に来て、一生懸命声をかけてくれていたヒナ。ヒナは、ハルに助けを求めていたのかもしれない。修学旅行から帰ったら、ヒナとゆっくり話をしてみよう。中学に入ってから、ヒナと二人で話をするなんて、そういえばしたことがない。
ロビーは電気が消えて、薄暗かった。誰もいない。幾つかのソファと、カウンター、電源の入っていない大きなテレビ。自動販売機のブーン、という音が聞こえる。何が売ってるかな、とハルが近付いたところで。
「ハル」
後ろから声がかけられた。ヒナの声。振り向くと、やっぱりヒナだった。学校のジャージを着て、手を後ろで組んで。
寂しそうに、笑っていた。
「ハルも眠れないの?」
何でもないみたいに、ヒナは話しかけてきた。でも、ハルの知っているヒナとは何かが違う。ヒナはこんな顔をしない。こんな声で話さない。どうしてか、ハルは胸がざわついた。
ヒナはハルのすぐ目の前に立った。自動販売機の光に照らされて、ヒナの顔が白い。ヒナ、どうして泣きそうなんだ。
「ねえ、ハル」
ヒナが手を伸ばす。左手が、ハルの頬に触れる。冷たい。ヒナの手は、もっと暖かかったと記憶している。ヒナ、何があったんだ。教えてくれ、ヒナ。
「ハルは、ヒナのこと、どうしたい?」
ヒナの声が、ハルの心をかき乱す。ひんやりとした氷みたいな言葉が、ハルの中に突き立てられる。ハルがヒナに何を望んでいるのか、ヒナは知りたい。ヒナ、可愛い幼馴染。ハルにいつも声をかけてくれる、ハルと一緒にいようとしてくれる。ハルのことを、好きでいてくれる。
ヒナに望むことなんて、決まっている。ヒナは、ずっとハルの宝物だ。ハルはヒナから、大切な何かを預かった。ヒナの全てを背負うと決めた。ヒナを悲しませたくない。ヒナの泣くところを、見たくない。
あの雨の日に出会ったあの場所。あの場所で、ヒナと二人で笑顔でいられれば良い。雨なんかじゃなくて、良く晴れた日に。ヒナと二人で、並んで。手をつないで。笑っていたい。ヒナに、笑っていてもらいたい。
ハルは、ヒナのことが好きだ。ヒナはハルにとって、誰よりも大切な人だ。いつも近くにいて、それが当たり前になって、その価値を忘れてしまいそうだった。ハルは馬鹿だ。ヒナのことを、一生背負うって決めたのに。どうしてヒナのことをちゃんと見てあげなかったんだ。どうしてちゃんとヒナと向き合っていなかったんだ。
ヒナを探さないと。ヒナを見つけないと。手遅れになる。ハルはいつも間に合わない。ヒナのために走りたい。ヒナを助けたい。ヒナを守りたい。
「ハル!」
ハルが我に返ると、ヒナがハルに抱きついて。
泣いていた。
「ハル、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
ごめんなさいを繰り返しながら、ヒナが泣いている。壊れてしまったみたいに、涙を流し続けている。震えるヒナの背中を、ハルはそっと撫でた。
また、ダメだった。どうしていつも間に合わないんだろう。どうしていつもあと一歩が届かないんだろう。
ヒナから目を放してはいけないんだ。ハルは常にヒナを探して、見つけて、追いかけていないと。ヒナは一人で何処かに行こうとする。失敗して、涙を流す。そんなヒナを見たくないなら、ハルは常にヒナを捕まえていないと。
ヒナ。何がヒナをこんなに傷付けたんだ。どうしてハルを頼ってくれないんだ。一人で行かないでくれ。ハルは、ヒナを背負うって決めた。ヒナから大切な何かを預かった。ハルにとって、ヒナは何よりも大切な人。ハルに、ヒナを守らせてほしい。
「ヒナ、ごめん。ヒナを守れなくて」
ハルは悔しい。大切なヒナに何かがあって、こんなに苦しんで、泣いている。それを、ハルは見過ごしていた。ずっとヒナはハルに助けを求めていたはずなのに。気付くことなんてもっと早く出来たはずのに。
何が背負うだ。何が預かっただ。何が守るだ。
何も出来てないじゃないか。ヒナをこんなにしてしまって。ハルは馬鹿だ。一番大切な人だったんじゃないのか。ハルは、ヒナのことが。
ヒナのことが好きなんじゃないのか。
「ハル、そんなことないよ」
ようやく落ち着いたのか、涙でぐしゃぐしゃになったヒナが、ハルを見上げていた。ああ、ヒナ。そこには、ハルの良く知っているヒナが。ハルの大好きなヒナがいた。
「ハルは、私を守ってくれた。助けてくれた。ありがとう、ハル」
ヒナの笑顔。ハルは、ヒナの笑顔を見るのが本当に久し振りだと、ようやく気が付いた。ずっと見ていなかった。ただそこにいることで安心していてはいけなかったんだ。ヒナのことを本当に大切に想うなら、ハルは、常に走り続けていないといけない。ヒナの背中を追いかけ続けていないといけない。
翌朝、朝食のために生徒が揃ってぞろぞろと食堂に移動している際に、ヒナがハルの方に駆け寄ってきた。
「ハル、おはよう」
明るい声。眩しい笑顔。ハルは、ヒナを守れたのだろうか。ヒナに笑顔は戻った。でも、ハルの中には暗い澱が残った。
ヒナと仲良くしていることで、色々と言われることもある。中学生ともなれば、男女関係について不名誉な勘繰りをされることもある。ヒナがそれを嫌がると思って、ハルはヒナに対してそっけない態度を取ってしまっていた。
そんなことではダメだ。それではヒナは守れない。ヒナを泣かせないなんて、出来るはずがない。ハルは、誰よりもヒナの近くにいなければならない。
部活を引退した後、ハルとヒナは同じ高校を受験することになった。ハルは、ヒナに一緒に勉強会をしようと持ちかけた。お互い学力的にはイマイチな感じだ。二人でいるには、いい口実だった。
ヒナから目を離さない。ヒナを一人にしない。
高校に入ってからも、ヒナは何かを隠したままだ。気付かないとでも思っているのだろうか。ハルはもう、ヒナの小さな変化を見落とさない。お陰様で、あまりに可愛いヒナに改めて恋してしまうほどに。
先月、補習中のハルのことを待っていたヒナが、突然先に帰ったかと思いきや、泣きながら電話をかけてきた。その時も、ハルは走った。間に合わなかった自分を責めた。
今のハルは、ヒナの彼氏、ヒナの恋人。もっとヒナの近くにいて良い。ヒナを守れる立場にいる。そのはずだ。
携帯で、ヒナにメッセージを送ってみた。『今何してる?』応答がない。少し待ってみたが、やはり返事は無い。既読にもならない。
返事が出来ない理由なんていくらでもある。食事中か、風呂か。でも相手はヒナだ。こんな時どうするべきか、ハルには良く解っている。
「ハル兄さん、何処に行くの?」
「ん、ちょっと走ってくる」
カイに手を振って、玄関から飛び出す。考えるな。走るんだ。そうじゃなきゃ、あの背中には追い付けない。ヒナの涙は、避けられない。
星空が広がっている。良い天気だ。ヒナが何処にいるのか。何となく見当はついている。もう何年一緒にいると思ってるんだ。ヒナのことは良く知っている。場合によっては、ヒナ以上に。
ハルは走り出した。ヒナの所に。もっと速く。もっと速く。
もっと。
むかつく。もうホントにむかつく。あー、腹立たしい。
ハルとの初デート。とっても楽しかった。ハルの秘密の場所の自然公園、謎の雑貨屋さん、レトロでお洒落な喫茶店。いい意味で裏切られ続けて、ヒナもう感動しちゃった。ハル大好き。ヒナ、ハルのことどんどん好きになっちゃう。
だからこそ、超むかつく。
自然公園。あの場所はハルの大切な場所。今日初デートして、ヒナにとっても大切な場所になった。二人の共通の大事な場所。もう人生レベルですよ。この後、ことある毎に思い出したりするんですよ。ああ、初めての時はあの場所だったね、みたいな。それがあの自然公園とか、すごい良いじゃん。ハル、グッジョブじゃん。ヒナ、あの時マジでメロメロだったもん。
それが何?なんなの?あー、思い出しただけでイライラする。そのせいで後の方今一つノリ切れなかったじゃん。バカー。もっと積極的にいっちゃおうか、とか思ってたのにー。
とりあえず夕食を食べた後、パーカーとジャージに着替える。目立たない方が良いので、またあのオレンジと黒のヤツ。これ以上黒いのは持ってない。動きやすい方が良いし。
お風呂入る前にコンビニ行ってくる、と言って家を出る。シュウが、今度は無言で見送っていた。おい、絶対今の方が姉ちゃん怪しいだろ。何故何も言わん。
自然公園までの道のりは携帯で調べなおした。ヒナ、ちょっとだけ方向音痴。ほんのちょっと、ね。右って東だよね、って言って何度か笑われた。えーと、北を向いて右が東。常に右が東って訳じゃない。知ってる。うん、知ってるって。
あまり目立ちたくないので、夜になってから行くことにした。いくら人気が無いとはいえ、あまり陽の高いうちにやることじゃない。それに、ハルとの思い出を汚したくない。なんなんだ、畜生。
夜の自然公園は、巨大な怪獣がうおおーって身をよじってるみたいだった。星空をバックに大きな木が風に揺れると、こんなんなるんだね。怖い、というよりはすごい。自然保護区ということで街灯も少ない。人工の光は極力避けるらしい。ああ、携帯忘れてきちゃった。どんだけ興奮してたんだ、自分。
まあいいや、銀の鍵使うよ。ちょっと今回はね、リミッター外していくから。ヒナ、こんなに頭に来たの久しぶり。
ナシュトは今回手を貸してくれるつもりが無いらしい。まあそうね、放っておいてもヒナにもハルにも大して影響無いかもだもんね。でもね、ヒナの機嫌は損ねたんだよ?激おこだよ?ムカ着火ファイヤーだよ?
蝉の声がしない。代わりに、静かな虫の鳴き声がする。今年は蝉少ないのかな。去年だかは夜でもミンミンうるさくて大変だった。自然公園の中が他よりも涼しいっていうのも関係してるのかも。
場所は判ってる。ずんずんと奥に進む。ハルと二人で歩いた遊歩道。ああ、ハル。ハルと手をつなぐなんてとっても久し振りで、ヒナそれだけでじーんとしちゃった。その後ハルの腕も抱いちゃった。だって我慢出来なくって。ヒナ、ハルのこと大好きだから。
ハルへの想いが募るほど、イライラ度が上がってくる。ホントにね。なんだかね。
湧水の池が見える。カルガモさんはもうお休みかな。起こさないようにしてあげたいけど、どうかな。ちょっとだけお騒がせしちゃうかもね。かもだけに。ダメか。
ごほん。問題はその先だ。低い柵で囲まれた一角がある。小さな立て看板には、「古井戸跡。立ち入り禁止」と書かれた紙が貼り付けてある。そうね、こうなってれば人は近付かないよね。
ヒナはひょい、と柵を乗り越えた。枯れ葉を踏みつける、がさ、という音がする。腐葉土で足元が柔らかい。これも好都合だった、ということかもしれない。
ヒナの背後で、何かがぬぅ、と身体を持ち上げた。昼間だと出てこなかった可能性もある。やっぱり夜で正解。ヒナはつまらなそうに振り向いた。
「もうさ、ホントに何なの?」
自然保護林の木々が不規則に立ち並んでる。その間に、真っ赤な複眼がちらちらと見え隠れしている。節くれだった長い脚が、丸くて太い胴体を中空に支えている。デカいね。ヒナ、その位細くて長い脚に憧れるわ。
蜘蛛だ。黒くて巨大な、ヒナよりも遥かに大きな蜘蛛が、木の幹に脚を絡ませ、ゆっくりとヒナの方に向かって来ている。赤い複眼が爛々と輝く。捕食者の証である牙が、獲物を求めてがちがちと噛み鳴らされる。
ハルとの甘いひと時の最中、ヒナはこの古井戸の近くに何かがいることに勘付いた。全くもって知りたくなんてなかった。が、気付いてしまったものは仕方が無い。そのせいですっかり水入りだ。
それだけでも腹立たしいのに、この場所はハルのお気に入りの場所。そこにこんなモノがいるとか、考えただけでおぞましい。ここはハルの場所だ。お前なんかお呼びじゃない。
更に言わせてもらえば、ここはもう二人の記念すべき初デートの場所でもある。もうね、アホかと。馬鹿かと。百五十円やるからどっか行けと。
ヒナの機嫌は最高潮に悪かった。その状態でデートの後半を乗り切るのは非常につらかった。ハルにも悪いことをしたと思っている。本当に、何もかもが台無しだ。
「あんたには恨みしかないよ」
私怨だけど、私怨で何が悪いか。放っておけばどうせ人に悪さするに決まっている。これは、そういうヤツだ。人に造られた呪い。中から悪意が溢れ返って来ている。ああ、ひょっとしたらこの前の蛇の奴と根は同じかもね。こんだけすごいのに立て続けに遭うのって、そうそうあることじゃないだろうし。
左手をかざす。そこには銀の鍵がある。呪いは、人が作った複雑な形、模様だ。一見無意味なその模様が、人の悪意を溜め込み、目に見える形で力を吐き出す回路になる。その辺り、ナシュトから耳にタコが出来るくらい講釈された。
銀の鍵は、その回路を錠前とみなし、鍵を外す。解く。無効にする。だから、銀の鍵を持つ者には呪いの類は一切効果を持たない。呪いとして見えてしまった時点で、意味を成さなくなる。どんな強固な呪いであっても、複雑な回路であっても意味が無い。鍵を開ける。それだけの行為で、呪いは消え失せる。
ヒナ自身が銀の鍵の使い手として不慣れということもあって、万能というわけにはいかない。それでも、十分過ぎる程に強力だ。ヒナがダメでも、ヒナの身が危険となれば、同化しているナシュトが自己防衛のために参戦してくれる。この手の直接対決において、ヒナが負ける要素はまずない。
解錠。そのイメージだけで、蜘蛛はあっさりと姿を消した。ふふん、何処の誰だか知らないけど、呪詛返しでもんどりうつがいいわ。人の恋路を邪魔するからよ。
ヒナはしゃがみこむと、足元の腐葉土をかき分け始めた。多分この辺り。ああー、軍手持ってくれば良かった。なんか虫とかいるし。ちょっと、ナシュト手伝いなさいよ、もー。
硝子の瓶が出てきた。インスタントコーヒーか何かの瓶だ。大きい口が、きっちりと蓋されている。ガラスの向こうで、もぞもぞと何かが蠢いている。お父さんなら違いの判る呪い、とか言い出しそう。
「蠱毒とか、イマドキ少女漫画でもネタにしないよね」
瓶の中に複数の虫を閉じ込め、お互いに共食いさせる。生き残ったモノは強力な呪いの力を持つ。古い歴史を持つ呪いだ。シンプルなだけに、今でもこうやって実践する者が後を絶たない。
ヒナは瓶の蓋を開けると、中身をその場にぶちまけた。多数の死骸に交じって、一際大きな蜘蛛が、草むらの中に逃げ込んでいく。その姿を見送って、ヒナはふぅっとため息を吐いた。
瓶はどうしようか。持って帰るのもはばかられる。しかし、ここに捨てるというものどうか。何しろ自然保護区を銘打っている場所だ。しばらく逡巡した後、ヒナはぽいっと瓶を放った。ごめんなさい、えーと、公園を管理している人。元々捨てたのはヒナじゃない人です。怒るならそっちの方をお願いします。
手をはたいて汚れを落とす。うん、これでスッキリだ。ハルはこの場所を安心して憩いの場に出来る。二人のデートの記憶も、綺麗な思い出にしておける。何もかも、これで良し。
「ヒナ」
ん?
急に声をかけられて、ヒナは最初ナシュトが話しかけてきたのかと思った。なんだよ、もう終わったよ。少しくらい手を貸してくれても良いじゃんよ。そう言おうとして。
「何やってるんだ、ヒナ」
声の主がハルだと気付いて。
「ハル」
ヒナは呆然とした。