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流れ星ヨリ疾ク  作者: NES
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流れ星ヨリ疾ク (2)

 すっかりヒナの機嫌を損ねてしまった。確かに赤点を取ったのはハルの失態だ。頑張ったつもりだったけど、努力は実らなかった。仕方が無い。

 昔から、あと一歩が届かない感じだ。勉強でも、何でも。自分では頑張ったつもりでいても、結果が伴わなければ意味がない。努力することが大事なんです、なんて言うヤツがいるけど、無駄な努力に何の意味があるのか。やってる本人が一番つらい。特に、結果を欲しがってる人間にとって、その言葉は生きてる価値が無いって宣告しているようなものだ。

 ハルは中学時代、バスケットボールをやっていた。小学校時代からやっていたスポーツだ。人よりも少しはうまいという自信はあった。部活に入って、毎日厳しい練習に臨んでいた。

 だが、身長が伸び悩んでいるということもあって、なかなか頭一つ飛び抜けることが出来なかった。小学校時代の友人たちが、ハルを追い抜いてレギュラーに、スタメンになっていく。ハルは最後まで取り残され、結局、引退までレギュラーの座を得ることは出来なかった。

 努力しても、得ることの出来ないことはある。頑張っても結果が伴わないことはある。

 身長は一五五センチ程度で止まっている。バスケを続ける意思は無くなってしまった。高校に入って、中学時代の部活履歴から勧誘を受けたりしたが、断ってしまった。限界を感じるのはまだ早いかもしれないが、もう、心が折れてしまった。やるならちゃんと極めたい。それが出来ないなら、やる意味を感じない。

 と、言い逃れを並べてみたけれど、それでヒナの機嫌が治るとは思えない。はいはい、悪かったよ。もっと真面目に勉強していれば赤点補習は回避出来ました。ごめんな。

 ヒナの気持ちも解る。付き合ってほしいと言い出したのはハルなのに、彼氏らしいことを何もしてやれてない。デートぐらいすれば良いと、自分でも思う。

 デート、デートね。

 どうすればいいんだ。正直解らない。いや、ヒナと二人で出掛ければ良いんだろ、ってことくらいは理解している。そこまでお子様のつもりはない。

 ただ、ヒナは、どういうデートを望んでいるのか。それが解らない。ハルは、ヒナと一緒にいられれば、実は何をしていても構わないと思っている。朝、二人で登校している時間。あんな感じで、結構満足してしまう。ヒナがハルの横にいて、笑って、楽しそうにしている。うん、それでいいじゃないか。何が足りないんだ?

 恋人みたいなこと、と言われても困ってしまう。何しろヒナだ。今までずっと一緒だった。隣にいた。今更ハルはヒナに何をすれば良いんだろう。

 一応、ハルも健全な男子だ。女の子のヒナに対して、そういう欲求が無い訳じゃない。しかし、ヒナに対しては、どうしてもヒナがどう受け止めるのかを考えてしまう。ヒナはどう思うんだろう。ハルがすることに、ヒナはどう感じるんだろう。そればかりが頭に浮かんでしまう。ハルは、ヒナのことを疵付けたくない。大切にしたい。

 はあ、それじゃダメだ。考えてから行動するんじゃ間に合わない。まずは動かないと。

 昔からそうして来た。とにかく、そうじゃないと追いつけない。いや、そこまでしても、ヒナの背中には届かない。

 小学三年生の展覧会だったか。ヒナのお母さんが急に来れなくなった。

 ハルとハルの母さんが、ヒナと一緒にヒナの描いた絵を見た。とても上手だった。河川敷から見た夕日の絵。ハルは今でもあの絵を思い出せる。ヒナが一生懸命に描いていた。ハルは、ヒナがあんなに頑張っている姿をそれまで見たことが無かった。

 きっと、お母さんに褒められたかったんだろう。ヒナの家では弟のシュウが産まれたばかりだった。ヒナは、シュウにばかり構ってしまうお母さんを、ヒナの方に振り向かせたかった。ハルにもカイという弟がいるから解る。ヒナは、寂しがっていた。

 その話を母さんにしたら、母さんは快くヒナと一緒に展覧会を回ってくれた。でも、やっぱりヒナは浮かない顔をしていた。ハルの母さんでは、ヒナのお母さんの代わりにはならない。そんなことは解っていた。ハルに出来ることは、それしか無かった。この時も、あと一歩が届かなった。

 陽が落ちて、雨が降り始めた。酷い胸騒ぎがした。ヒナのことが心配だった。ヒナはいつもそうだ。一人で何処かに行こうとする。何かをしようとする。ふらふらと一人で行ってしまう。

 ハルは家を飛び出した。じっとしていられなかった。考えていたらダメだ。考えていたら、手遅れになる。ヒナはそうなんだ。ヒナのためを思うなら、考える前に走るんだ。

 降りしきる激しい雨の中。

 土手の下で、一人泣いているヒナの姿を見て。

 ハルは、強く後悔した。間に合わなかったと。どうしてもっと早く走り出さなかったのかと。ヒナを助けてあげられなかったのかと。

 ヒナに駆け寄り、ヒナを背負い、土手を上った。

 間に合わなかったかもしれない。助けられなかったかもしれない。

 でも、ヒナを放っておくことなんて出来なかった。ヒナをこのままになんてしておけない。ヒナはいつもそう。一人で勝手に何かを始めて、失敗して、泣いている。そんなヒナを見たくない。ヒナには、笑っていてほしい。

 小学生のハルが、どうしてそんなことを考えたのかは解らない。それでも、ハルはヒナの身体を背中に背負い、その重さを感じながら考えた。

 ヒナは、ハルが一生背負っていく、と。

 ヒナの重さを、ハルはこの先ずっと背負う覚悟をした。ヒナはきっと、この後も失敗をし続ける、一人で何処かに行こうとする。ハルは、絶対にヒナを一人にはさせない。ヒナの近くにいる。ヒナの隣にいる。ヒナが転ぶ前に、泣く前に、助けてみせる。

 この出来事の前から、ハルにとって、ヒナは可愛い女の子だった。幼馴染で、よく一緒に遊んで、懐いてきてくれる。一人でふらふらするところがあって、危なっかしくて目が離せない。

 ハルとヒナが幼稚園の時だ。お散歩の時間というものがあって、幼稚園の近くの公園に出掛ることがあった。公園には大きめの池があってコイやカメが泳いでいた。

 ヒナは、公園の池が好きだった。お散歩の時間は、いつも池を眺めていた。ハルは他の子と一緒に砂場や、ブランコと大忙しで、ヒナとはあまり接点が無かった。

 ある日のお散歩の時間、ヒナは池の傍で騒いでいた。何事かと思ったら、カメが一匹池から離れたところを歩いていた。ヒナはカメを池に戻したいらしく、頑張ってカメを追いかけていた。

「カメさーん」

 種類にもよるのかもしれないが、カメというのは意外と歩くのが早い。ウサギに比べれば遅いだろうが、遅いもの代表格にされるほどではない。少なくとも、幼稚園児のヒナよりは早かった。いや、やっぱりヒナが鈍臭かっただけか。

 何をやってるんだ、とハルはヒナを放っておいた。そのうち捕まえるか、諦めるだろうと思っていた。ふええー、という泣き声だか何だか判らない声をあげながら、ヒナは池の周りを行ったり来たりしていた。

 お散歩の時間が終わり、みんなで幼稚園に帰ろうと歩いていた。そういえばヒナはどうしただろうと、ハルはヒナを探してみた。

 ヒナがいない。

 先生が集合の確認をした時には、確かにいたはず。ならば、その後にはぐれたんだ。ハルは「先生!」と声をあげて、同時にはっとした。

 カメを追いかけているヒナの姿が脳裏に浮かぶ。きっとそうだ。カメが気になってるんだ。

 ハルは走り出した。後ろで先生が何か言っていたが、聞いていなかった。考える前に走り出していた。悪い予感がする。ヒナは、本当に鈍臭い。

 公園に着いたら、案の定だった。ヒナはいた。

 見事に池にはまって、泣いていた。

 思えば、この時も間に合っていない。池自体は深くもなんともない。幼稚園児が溺れるようなものでもない。ハルはわんわん泣いているヒナの手を掴むと。池の外に引っ張り上げた。服はびしょびしょだ。これは仕方が無い。

 持っている小さなハンカチで、ハルはとりあえずヒナの顔の周りを拭いた。弟のカイの面倒を見ているので、こういうのは慣れている。小さなハンカチは、すぐに泥と水でびしゃびしゃになった。まあ、仕方ない。後は先生が追い付いてきた時になんとかしてもらおう。

 そう思ってヒナの顔を見ると、いつの間にかヒナは泣き止んでいた。ずっと泣かれていても困るので、それは助かる。

「ハルー」

 ヒナはハルの顔をじっと見てきた。その時、ハルは初めてヒナの顔をじっくりと見た。目がくりくりしていて、髪の毛がふわふわで、なんだかとっても可愛い。さっきまで泣いていたので、目の周りが真っ赤だ。きゅって左右に広がった口元にえくぼがあって、ちょっとどきどきする。

 ヒナはまだずぶ濡れのままだったけど、ハルに向かってにっこりと微笑んだ。

「ハルすきー」

 小さな、無邪気な告白。ヒナはこの時のことを覚えていないと言うが、ハルは良く記憶している。ヒナのことを、好きになった瞬間。幼いヒナの笑顔は、ハルの大切な宝物だ。まだ恋とかはよく解らない頃だった。それでも、ヒナのことを好きかと聞かれれば、はっきりと好きだと言えた。子供だったからこそ、臆することなく、包み隠さずに言うことが出来た。ハルは、ヒナのことが好きだ。

 可愛いヒナのことを、ハルは好きになった。母親同士の仲が良いこともあって、ヒナとは一緒にいる時間が多くなった。幼馴染。仲の良い、可愛い友達。

 ヒナはすぐにふらふらと何処かに行こうとするので、ハルはいつも気が気ではなかった。こっちだよって手を引くと、あの笑顔を向けてくる。「ハルすきー」その言葉が心地良い。そういえばいつから聞かなくなったんだろう。小学校に上がったくらいか。ヒナだって女の子だ。流石にいつまでもそんなことは言ってない。

 そして数年後、雨の中で泣きじゃくるヒナをを助けて。ハルにとって、ヒナはただの幼馴染の友達ではなくなった。もうその「好き」は今までの「好き」とは違う。

 ヒナは、ハルが人生をかけて背負う、最も大切な人になった。

 ヒナを守りたい。ヒナを助けたい。

 ヒナはいつもはぐれてしまう。一人で何処かに行こうとしてしまう。ハルは、ヒナを探さないといけない。見つけないといけない。わかろうとしないといけない。

 そうだ。いつだって間に合わない。ハルがヒナの所に駆け付けた時、ヒナは泣いてる。考えている時間は無い。ヒナを泣かせたくなければ、ヒナを失いたくなければ、ハルは走り出さないといけない。

 デート、か。

 考えても仕方ない。相手はヒナだ。ハルのことなんて何でも知ってるだろうし、何処に連れて行ったとしても、きっと喜んでくれる。ハルがヒナと一緒にいられればそれで良いように、ヒナもきっとそれだけで満足してくれる。そうは思う。

 でも、高校生になって、女の子になったヒナを見ると、それだけじゃダメだな、とも思えてくる。ヒナは、ハルの彼女だ。そういう扱い方というものがあるだろう。ハルには全く想像がつかないが。

 やっぱり考えるのはやめよう。考える前に動こう。

 ヒナのことで頭がいっぱいだったが、その前に物理のテストの結果と補習のことをどう親に説明するのか、そっちの方も大問題だった。


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