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流れ星ヨリ疾ク  作者: NES
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流れ星ヨリ疾ク (1)

挿絵(By みてみん)

 今年の桜は、例年より咲くのが遅い。入学式のシーズンにこれだけ桜の花が残っているのは珍しい。逆に、中学の卒業式はまだまだ寒さが残っていた。今日は暖かくて心地良い。

 校門を入ってすぐの広場に、大きな看板が出されている。クラス発表。まずはそこで自分のクラスを確認して、受付に進めということだ。同じ中学からは何人か来ている。知った顔がいてくれれば、とりあえず安心なのだが。

「ハル!」

 誰かに呼ばれた。この声を間違うことは無い。ヒナはもう先に来ていたみたいだ。看板の前から、人混みをかき分けながらこちらに向かってくる女子がいる。おいおい、気を付けろよ。急がなくていいから。

 目の前に、ヒナが立った。ヒナ・・・だよな。うん、ヒナだ。あれ、でも。

 桜の花びらが舞う。今年の桜は、例年よりも遅い。だから、ヒナの周りをひらひらとしている。すごく綺麗。いや、桜が。舞い散る花びらが。

 あと、ヒナが。

 高校の制服。採寸の時に女子の制服のサンプルも見た。だから、知らない訳じゃない。その前にも、街中で見たことぐらいはある。ただ、ヒナが着ている姿は、初めて見た。ちょっと大きめ、袖から指だけが見えてる感じ。スカートの丈が、中学とは違って短くなってる。膝が外に出てる。

 ふわっとした癖のある髪が風に揺れていた。そういえば、小学校まではこんな感じだった。中学では校則で縛らなきゃいけないって、確かそんなことを言っていた。懐かしくて、それでいて新鮮。言われてみればヒナだ。ハルが良く知ってるヒナは、実はこっちのヒナだった。

 ヒナが笑う。大きくてよく動く目、すっきりとした鼻筋、柔らかそうな唇。口元に眼が引き付けられる。ヒナの唇を見て、どきっとする。どうしてだろう、視線がそこに向いてしまう。

「ヒナ、おはよう」

 とりあえずそれだけは言っておく。何故か、他の言葉が出てこない。どうしてだろう。ヒナが、眩しく感じる。

「おはよう、ハル」

 声は、いつものヒナだ。つい先週、一緒に教科書販売でここを訪れた。本当にたった数日しか過ぎていない。それなのに、今目の前にいるヒナは、全然違うヒナだ。

「クラス分け見た?」

 いや、今来たばかりだ。これから見に行こうと思ったところで、ヒナに声をかけられた。

 ここからでも判るのは、クラス数が八つ以上はあるということだけ。誰か知っている人間と一緒になれればと思ったが、確率は低そうだ。まずは友達作りから、ということになるかな。

 ヒナが、にっこりと笑う。ぐいっと、身を乗り出してハルに顔を近づける。ヒナの顔がハルの視界を埋め尽くす。ヒナはとても、可愛い。うん、正直に言おう。この時のヒナは、すごく可愛かった。

「同じクラスだよ、ハル。一年間、よろしくね」

 嬉しそうなヒナの声。可愛いヒナが、ハルに笑顔を向けている。ずっと一緒にいた幼馴染。

 ハルは、ヒナのことが好きだ。それはもう認めてしまっている。誤魔化しても仕方がない。長い時間を共に過ごしてきただけではなく、ヒナとの間には、色々なことがあったと、そう思っている。

 ただ可愛いから、ただ近くにいたから、ヒナのことを好きなんじゃない。ヒナは、ハルにとっては大切な人。ハルが人生をかけて背負っていこうと決めた人。

 同じ高校を受けると判って、二人で勉強会とかして、そんなこんなで、そろって合格してはしゃいでいた。ヒナと同じ高校に行けるのは、ハルも嬉しかった。やっぱり、ヒナには傍にいてもらいたい。そうじゃないと、落ち着かない。

 目の前で、ヒナが笑っている。高校生のヒナ。どうしてだろう、たった数日なのに、中学生のヒナとは、何もかもが違って感じる。でも、間違いなくヒナだ。ハルの好きな、ヒナ。

 どきどきする。こんな時は、考えてしまったらダメだ。認めて、前に進んだ方が良い。ヒナが相手ならなおさら。ヒナはいつも、ハルのことなど考えずに何処かに行ってしまう。迷っていたら追いつけない。認めよう。追い続けよう。

 ヒナは、高校生になって、可愛くなった。綺麗になった。素敵になった。

 入学式で一目見ただけでこんな風に思うなんておかしいけど。でも、そう感じてしまったんだ。幼馴染に改めて一目惚れするなんて、実にバカバカしい。これ以上好きになってどうする。充分だ。

 ヒナ、ハルはヒナのことが好きだ。また一つ、好きになった。

 馬鹿みたいだけど、幼馴染のヒナのことを、どうしようもないくらい好きなんだ。ヒナ、これからも、ずっと傍にいてほしい。


 あー、ああああー、あああああー。

 もう全ての力が抜けた。やった。やり切った。ヒナはやり切りましたよ。リスペクト自分。

 最後の期末試験の答案が返ってきた。よりによって一番苦手な物理の答案。お前がラスボスだったとは。何書いたかも覚えてないものに点がついて返ってくるって、意味が判らない。重力定数って何?ニュートン?万有引力?略して万引?ニュートンは万引を発見しました。通報しますた。

 こんなヒナでも、ぎりぎり赤点は回避出来てた。ありがとう、サユリ。持つべきものは頭の良い友人だよ。ハルだったらこうはいかなかった。むしろ、ハルの方がどうなっちゃってるのか心配なくらい。ヒナ、英語なら得意なんだけどなぁ。アイキャンスピークイングリッシュ、プリーズギブミーエクストララージヘルピング。

 いやー、これで一学期の残りの日々は、安心して消化試合にすることが出来る。赤点とか補習とか、お母さんに何言われるか解ったものじゃない。ハルとのお付き合いにまで口出しされたらたまらないよ、ホントに。お母さん、ハルと付き合い始めたこと、一体何処から聞いたのかと思ったら、出所はハルのお母さんだし。で、ハルのお母さんはハルの友達から聞いたみたいだし。なんなの、そのよく解らない情報網。

 別に隠しているつもりは無かったけど、でも、今更そんなこと改めて言うの恥ずかしいじゃん。ヒナがハルのことを好きなのは、家族には随分前から知られてる。お母さんと、ハルのお母さんの前で盛大にやらかしたからね。ハルと一緒が良いって言って二人して部屋に閉じこもるとか、いくら小学生時代の話っていっても、思い出すだけで赤面しちゃう。

 ハルはヒナの気持ちなんて、だから昔から知っていたと思う。あれからずっと、ヒナはハルのことを好きでいる。ハルはいつもヒナのことを考えてくれる、見てくれる、探してくれる、見つけてくれる。

 そうだね、いつもヒナが勝手に何処か行っちゃうんだ。反省。ハルが探してくれるって、安心しちゃってるのかもしれない。ハルにいっぱい依存しちゃってるなぁ。この前も雨の中走ってもらっちゃった。えへへ、ゴメンね、ハル。ヒナ、すっごい嬉しかった。

 五月にハルが告白してくれた時は、本当に幸せだった。まあ、やっぱりヒナがどっか行っちゃいそうで不安になったからみたいなんだけど。ご迷惑をおかけいたします。ふふ、そうやってちゃんとヒナをつなぎ止めようとしてくれるから、ハルのこと信じられるんだよ。ハル、大好き。

 とはいえ、愛想だけはつかされないようにしないと。ヒナだってただ漫然としている訳じゃないんだよ。ハルに好かれるために、日々努力してる。今だってハルの彼女として、色々考えちゃってるんだから。

 授業終了のチャイムが鳴った。よし、今日の残りは帰りのホームルームだけ。起立礼着席。物理のすだれハゲ先生さようなら。あ、名前なんだっけ。どうでもいいか。万引だし。

 サユリの方に小さく手を振る。後でお礼言いに行くから、ちょっとだけ待ってて。ヒナには大事な用事があるの。そう、彼氏様のテスト結果確認。

「ハル」

 ひらひらと手を振りながらハルの席に行く。男子友人数名がいたけど、にっこりと笑って。

「ごめん、ちょっとハル貸して?」

 これで引っ込んでくれる。うん、すごく生活しやすくなった。

 少し前だったら、学校内でハルと話してるだけでもう大変だった。付き合ってる男女がそんなに珍しいですかね。動物園の見世物じゃないんだから。普通に学校生活とか、成績の話とかもしますよ。いつでも何処でも発情してる訳じゃないの。

 その辺りの理解が進んだというか、まあ、ハルが軽くキレてくれたおかげで、二人でいることは割と自然に受け入れられるようになった。いや、実は一回生活指導にも呼び出されたんだよ?酷くない?学校では何もしてません。っていうか、学校の外でもしてません。ううう、何もありませんよう。むしろあっても良いのに。

 幼馴染だし、ある程度仲が良いのは当然、ということで生活指導の先生には無理矢理納得してもらった。間違いが起きてからでは困る、か。間違いってなんだろうね。ハルが、ヒナに何をしたら間違いになるんだろう。ヒナはハルに何をされても、それが間違いだとは思わないな。ハルがそうしたいなら、それはハルにとって、ヒナにとって正しいことだよ。信じてる。

 ははは、とかいって、何も無いんだけどさ。プラトニック彼女だよ。笑っておくれ。

「ハル、物理のテストどうだった?」

 横で聞き耳を立ててる男子、大して色気のある話じゃないから。散れ。

 ハルはなんだか微妙な顔をした。寝癖みたいな頭が、今日は明確に寝癖だ。細い目も眠気マックスで、開いてるんだか閉じてるんだか。いつにも増して冴えない感じ。いや、いつもカッコいいですよ?彼氏様・・・って、あれ?ちょっと、もしかして赤点?補習?夏休みの予定全部まっさらか?

「いやー、ギリギリ」

 ギリギリ?

「ダメだった」

 ぎゃー。

 ちょっとハル。それどういうこと?高校一年生の夏だよ?初めての、彼氏彼女で迎える夏休みだよ?二度と帰ってこない青春の輝きだよ?

 ヒナ、ハルとのひと夏の思い出、期待しちゃってたんだよ?

「ええー、ホントに?補習なの?」

 思わず大きな声が出てしまった。う、サユリが笑いをこらえている気配がする。後で絶対なんか言われる。ハルの馬鹿。ホントに馬鹿。赤点野郎。

 ヒナ、ひょっとしてハルのお母さんとか、お父さんにまで怒られるんじゃない?ヒナとお付き合いしているせいでハルの成績がダメダメだって。そんなことないです。ハルの成績は元々ダメダメです。どっとはらい。いや、そうじゃなくて。

 はあ、予定は組み直しですね。色々楽しみにしてたんだよ?もう、言ってくれれば後一問わざと間違えて、ハルと一緒に楽しい補習ライフ・・・は、無いな。ごめん、それは忘れて。

 ヒナはサユリに勉強教えて貰えたけど、ハルにはそれほど頼れる仲間がいなかったみたい。うん、顔ぶれを見れば判るよ。ハルがインカのめざめだとして、じゃがいもとじゃがいもと、あとさといも?主にデンプン質ですね。ビタミンが圧倒的に足りてない。

 実はハルに告白されてから、まともに二人だけでいる機会って、朝の登校の時だけなんだよね。通学路が一緒になるコンビニから、学校までのちょっとした区間。朝早いから、他の生徒に邪魔されない、ヒナの蜂蜜タイム。それを抜かすと、実はデートらしいデートなんてしたことが無い。携帯ではいつもメッセージのやり取りをしてるけど、それだとハル分が不足するんですよ。わかってくださいよ。

 ああー、しかも夏休みに入るってことは、肝心の蜂蜜タイムすら無いってことじゃん。ハルの馬鹿。馬鹿馬鹿。マジで馬鹿。

 埋め合わせ、してくれるんだよね?

「じゃあ、今度の日曜日、デートして」

 他の人に聞かれてるとか、もうそういうのどうでも良い。補填してください。今すぐ。

 ざわっ、て教室中の空気が揺れる。ううう、恥ずかしい。けど、ヒナだって頑張ったんだもん。ハルにも頑張って欲しかったの。ダメだったんなら、ちゃんとヒナにお詫びして。彼氏なんだから。

 ハルはヒナのこと好きなんでしょ?ヒナはハルのこと好きだよ。折角彼氏彼女なんだよ?ハルが告白してきたんだよ、お付き合いしてくださいって。じゃあちゃんとヒナをエスコートしてよ。ヒナの気持ち、受け止めてよ。言ったでしょ、ヒナ、本気なんだよ。

「わ、わかった。じゃあ日曜日」

 うむ。聞いたからね。絶対だからね。

 ハルの席から離れる。後ろから、馬鹿だなーお前って声が聞こえた。ホントだよ。ハルの馬鹿。超恥ずかしかった。

 で、予想通りサユリが笑いをこらえている。サキが何とも言えない苦笑いで、チサトが耳まで真っ赤。もう、全部想定の範囲内ですよ、ええ。

 いいの!ハルとデートの約束したから!

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