第三話「何事もやり過ぎはよくない」
圭吾「いてて・・・高さとか、考えてなかった」
だいたい二階ぐらいの高さだったけど、下が茂みで助かった。
どうやらまだ城内・・・それどころか、城の中心に位置する広場にいるようだ。
圭吾「さっさと移動したいんだが・・・あの野郎、気付くのはえぇよ」
城内を忙しなく動き出した兵達。
あの荀彧って奴の指図だ・・・だが、人手不足のせいで厳重ではない。
人の目を盗んで茂みから抜け出し、通路の柱に身を隠す。
目の前には、兵士が三人固まって捜索状況を話していた。
兵士1「くそっ、人手が少ない時に限って脱獄かよ」
兵士2「人手が少ないからこそ脱獄するんだろう? だが、城内を事細かく調べ尽くしてたら、陽が落ちる」
兵士3「なら、城の出入り口を塞ごう。そうすりゃ、脱獄犯も逃げられないだろ」
そこまで話して、三人は駆け出した。
俺は気づかれないようについて行くことにする。
わざわざ出口に案内してくれるんだ。付いていかない訳がない。
圭吾(だけど、何かうまく出来すぎていないか?)
いや、今は余計なことを考えるな。
邪念を振り払って、引き続き三人の後を追う。
そして、城と城下町の境界にある厳かな門の近くまでやってきた。
兵士1「見張りはどうだ?」
兵士4「いや、許緒様と典韋様以外、出入りしていない」
圭吾(完全に固められてるな。一旦、戻るべき───」
兵士5「いたぞぉ! 脱獄犯だぁ!」
げっ!? いつの間に後ろにいたんだ!?
背後には三人一組で捜索に当たっていた一つのグループ。
これを皮切りに、門の近くにいた兵士達も俺に気付く。
圭吾「───ヤッベ!!」
兵士1「逃げたぞ、追えぇ!!」
門番を引いて、6名の兵士が俺を追っかけてきて、城と城壁の間にある砂利道を逃げ道に選んだ。
そういや忘れていたが、牢に入れられてジャージは没収されなかったが、スニーカーも靴下もない。
なので───
圭吾「痛いたいたいたいたい!!??」
子供の頃に、裸足で砂場を走ったことはあるが、これはその比じゃない痛さだ。
でもここで止って捕まれば、また毎日のようにあの猫耳野郎に嫌がらせを受ける。
圭吾「んっ!」
不意に上へ視線を向けると、一つの部屋の窓から黒い笑みを浮かべる荀彧が───
桂花「まぁ、精々頑張りなさい」
声は聞こえなかった。
口の動きだけで分かった。
圭吾「上等だ、くそアマァ! ぜってぇ逃げ切ってやる!」
もう痛みなんて感じなくなっていた。
踏み込む力がさらに増し、どんどん兵士たちとの距離を空ける。
兵士6「もう逃げられないぞ!」
圭吾「挟み討ちかよ!」
ガリガリと足の裏を削るように急ブレーキをかけて、再度城の内部へ。
砂利道とは違い、整備された床は走りやすい。
上の階層に続く階段を駆け上がり、とりあえず近くにあった部屋に逃げ込んだ。
机もろもろをドアに投げ込むように運び、急造のバリケードを作る。
圭吾「畜生め。もっとスマートに脱出したかったのによ・・・」
[ドンドンドンドンドンッッ!!]
圭吾「もう来やがった・・・また窓から逃げるしかねぇ」
部屋に置いてあった椅子を使って、それを破壊し窓枠に足をかける。
圭吾「やっぱ高い・・・」
さっきは茂みがクッション替わりになったけど、今度はそうじゃない。
落ちる場所は先ほどと違う広場で、学校の校庭と同じ砂の地面。
『まぁ、精々頑張りなさい』
圭吾「[イラッ]やってやるわぁ!」
着地ポイントに目掛けて両足の膝を曲げる。
窓から放物線を描いて、俺は無事に地面に着陸・・・出来たと思われたが、突然地面が抜けた。
圭吾「おわっ!?」
"ベチャッ"とヌカるんだ土がジャージに吸い付いてくる。
そういえば、昨日は雨が降っていたな・・・。
桂花「あはははははっ! 引っかかった引っかかった! なぁにが『ぜってぇ逃げ切ってやる』よ! 今の自分の姿を見て、そんなこと言えるのかしら? あはははははっ!」
圭吾「やろぉ・・・」
あいつは脱走を予想して、雨ん中で落とし穴作ってたのか・・・。
圭吾「雨の音で気付かなかったのか・・・くそっ」
悔しがっている場合ではない。
穴の中に仕込まれていた害虫を振り払い、穴から抜け出す。
周囲を見渡すと、既に俺は兵達に囲まれていた。
圭吾「万事休すか・・・」
と、諦めかけたのだが───
兵士1「うわぁ!?」
兵士2「な、なんでこんな所に落とし穴が!?」
桂花「なっ!?」
上で高みの見物をしていた荀彧は、果たしてこの広場にいくつの落とし穴を用意したというのだ。
俺を取り囲んでいた兵全てが、荀彧の用意した穴に落ちていく。
桂花「あれほど、広場に近づくなって言ったのに・・・!」
圭吾「あはははっ!! 策士策に溺れるってこういうことを言うんだな! 参考になったぜ、荀彧!」
桂花「ま、待ちなさい、豚!!」
圭吾「待てって言って、待つ脱獄犯がどこにいるってんだよ! このアホネコ!」
桂花「何ですってぇぇ!?」
広場から城壁に向かってダッシュ。
城壁をよじ登り、俺は無事城下町へ逃げ込むことに成功するのだった・・・。
桂花SIDE
桂花「くっ、これだから男は使えないのよ」
落とし穴で慌てふためている兵達を見下ろし、近くの工作員に声をかける。
桂花「あの男の監視はちゃんとついてる?」
兵士7女「はい。万事異常はありません」
桂花「そう・・・」
こういう形で逃げられたのは不本意だけど、"華琳様の意向"通り進んでいるから問題はないわね。
兵士7女「しかし、天の御使いかも知れない人物を、外に放って大丈夫なのでしょうか」
桂花「かも知れない人物、だからこそよ。華琳様は、アレを試すためにわざわざ今日まで生かしてきたんだから」
番兵にわざわざおこぼれを渡すように指示を出していたのも、脱獄させる体力を失わせないためだったのかもしれない。
桂花「とりあえず、分かった事があれば逐一報告して頂戴」
兵士7女「御意」
圭吾SIDE
何とか城下町まで逃げてきた俺は、すぐに人気の少ない裏道に入った。
圭吾「ひぃー、ひぃー・・・ここまで来ればそう簡単には見つからないだろ」
近くで荀彧の放った工作員の目があることに気づかず、俺は壁に背中を預けズルズルと地面に座り込む。
圭吾「腹減ったなぁ・・・でも、金ねぇし」
??「あの~、どうかしましたか?」
圭吾「ん?」
見上げれば、10歳ぐらいの少女二人が俺を見下ろしていた。
許緒と典韋・・・この幼い天使の登場で、俺はこの世界に来て初めて、人らしい一時を得ることになった。