第一話「東圭吾」
「・・・」
目覚めてみれば、ただただ荒野が続く平坦な地面だった。
授業をボイコットして、ボロアパートで寝ていたはずだ。着ている黒ジャージはそのまま、地毛の金髪は砂まみれ、傍らに置いておいた携帯電話はない。俺の身体だけが違う場所に飛ばされた感じなのだが、何故かスニーカーをしっかり履いている。
「ったくよ。意味わかんね」
夢だ夢、と自己完結させて、また硬い地面の上に寝転がる。
「・・・」
・・・
「・・・」
・・・
「・・・」
「お兄さん? おにーさーん?」
「あ?」
寝転んで5分ぐらいか経ったあたりか、不意にかけられた声に目を開けた。
変わった服装を身に付けた女性が三人、俺を見下ろすように立っていた。
その内の白が基調の服を着た女性が尋ねてくる。
「お主、こんな荒野の真ん中で何をしているのだ? 昼寝にしては、少々無防備ではないか」
「どうせ夢なんだからいいだろ?」
「・・・ふむ。どうやら、この御仁は随分と肝が据わっているらしい」
「いや、ただ単に今の状況を理解していないように見えるのですが」
突っ込みを入れたのは、"メガネ"だった。
今度は、メガネがくいっと中指で眼鏡を上げて尋ねてきた。
「それで、貴方はどこの村の者ですか? 見ない服を着ていますが」
こちらとしては、お前たちも変わってるな、と突っ込みたいところなのだが。
「つーか、村って?」
「おっとー? 村という言葉も分からないほどに、混乱をしてるんですかー?」
「そう言うな 風。世の中には色んな人間がいる。村という言葉が分からん者がいても、不思議ではない。ここは知っている者が、知らぬ者に享受すべきだろう」
「おー、星ちゃんはココロが広いですねー」
「馬鹿にしているようにしか聞こえませんが」
本人に聞く前に、三人の中で勝手に話が進んでいく。
これでは埒が明かないと思い、俺は話に割り込んだ・・・のだが。
「それで・・・えっと、"星"さんだっけか? ここは一体───[ドスッ]───ごほぉっ!?」
急に槍の石突きで、鳩尾を打たれた。
そのまま地面に叩きつけられて、ぐりぐりと抉られる。
襲ってきた白服の顔は、怒りで険しく、殺気がダダ漏れだった。
「訂正しろ」
「あ? 何を───あがっ」
「我が真名を口にしたことを訂正しろと言ったのだ。今なら半殺し程度に済ましてやる」
「な、何を言って・・・真名って?」
「お兄さん。さすがに、その発言は信じられないですねー」
「さっさと訂正した方が利口だと思いますが」
キレているのは白服だけはなく、他二人も同様だった。
鳩尾にかかる力は徐々に力が増していく。それは、華奢な女性から出せるものではなかった。
「うぐ・・・わ、悪かった! 訂正する!」
「・・・ふん」
スっと力が消えて、俺は解放された。
即座に三人から転がるように距離を取って身構える。
「興が冷めた。二人とも先に進もう」
「ええ」
「はーい」
「・・・はぁ~」
三人の姿が米粒まで小さくなって、ようやく安心できた。
「本当にどうなっているんだ? 何だよ、真名って?」
文句を言っても仕方がないと分かっているが、何もかもが意味不明だ。
今自分が立っている場所もそうだ。日本にこんな荒野が存在するはずがない。
「夢じゃねぇんだ。だったら、ここはどこなんだ?」
動くしかない。
自然と先ほどの三人組とは逆方向に歩き出す。
「何もないな、ここは。人の気配すら感じない・・・ん?」
何か遠くの方で砂煙が立ち上っている。
よーく目を凝らすと、10騎以上の馬に乗る鎧兵だった。
(おいおい、物騒すぎる光景だな)
「だけど、丁度いい」
俺は迷わず駆け出した。たぶん、あの集団を避ければ野垂れ死にしてしまうだろう。
「そこの者、止まれ!」
集団の先頭に立ちそう叫んだのは、屈強な鎧兵ではなく、真っ赤なチャイナドレスに胸当て、そして黒曜石を削って出来たような黒い剣を持つ女性だった。
俺は従って足を止めた。
「貴様は何者だ!?」
「ただの高校生だ。それよりも、ここがどこだか教えてくれないか?」
こうこうせい? と頭を傾げる女性の後ろから、一回り小さい"金髪の少女"と"猫耳フード"が進み出た。
「ここは陳留よ。あなた、変わった服を着ているけど、どこの出身の者?」
陳留? 確か、漫画で聞いたことがあるような・・・
「おい! 華琳様の質問に答えろっ! 名を名乗れ!」
「東だ。あと、こういう場合、自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかい?」
まぁ、言った俺本人は、礼儀を語れるほど良い子ちゃんじゃないんだけど。
「貴様───」
「春蘭!」
小さい姿とは裏腹に、たった一回の一喝で女性は黙った。
その背後で、ぷーくすくすいい気味、と笑う猫耳フード。
「確かに、あなたの言う通りね」
馬から降りると、腰に携えた髑髏の装飾をあしらった鎌を横にひと振りして───
「名は曹孟徳。この子達は、夏侯惇と荀彧よ」
「曹、孟徳・・・? つまり、曹操?」
ここは三国志時代。
そして目の前にいるのが、魏の国を統べる曹孟徳───
「何か、思ってたよりちんまいんだな」
[ブチッ!]