第六話「平和が一番」
薫「ん・・・」
朝起きると慣れない天井が見えた。
昨日の出来事が思い返されて、一気に意識が覚醒した。
薫「ふぁああ・・・明命ちゃん?」
・・・あれ? 呼んでもこない。
薫「あっ、任務に行ってるんだった」
一人寂しく起き上がり、着ていた寝巻きを脱いで古着に着替え始めた。
薫「おっとっと」
意識が覚醒したとはいえ、昨日の筋肉痛が響いて足元がおぼつかない。
寝巻きが足に引っかかってベットに倒れ込む。
通常の着替えよりも時間がかかってしまった。
[バァァン!!]
雪蓮「薫~! ご機嫌いっかが~!・・・ありゃ?」
ようやく下は古着に着替えられて、上の古着を着ようとする時に雪蓮さんがやってきた。
前に、友達が「女子の着替えに偶然居合わせるイベント」を饒舌に語っていたけど、その女子の立場が自分になっていることに、しばらく気付けなかった。
雪蓮「あっ、お着替え中だった? ごめんごめん」
薫「って、何で入ってきてるんですかぁ!?」
すぐに古着を着たが、雪蓮さんは服の中に手をいれて僕の腹筋を触ってきた。
雪蓮「いいじゃない。減るもんじゃないし。へぇ、結構鍛えてるのね」
薫「く、くすぐったいです! や、やめて───ぷくくっ、くくっ!」
雪蓮「ほれほれ~!」
薫「ぷくくっ! あはははははははっ!」
耐え切れずに笑ってしまった挙句、また足元がおぼついてベットに倒れ込んだ。
一緒に雪蓮さんも倒れてきたが、くすぐり攻撃が止むことがない。
薫「た、助け───あははははは!!」
雪蓮「ほ~れほれ!」
何か、どんどん楽しんでいないか、この人───だ、誰でもいいから、この人を止めてぇ!
[ドドドドドドドッッ!!]
蓮華「一体、何事!?───姉様?」
雪蓮「あっ、蓮華! 丁度いいところに来たわね」
薫「っ!」
雪蓮「あら、逃げちゃった」
雪蓮さんの拘束が緩んだところで、僕は部屋の隅っこまで逃げる。
笑いすぎて息が切れて、恥ずかしながら目頭に涙が溜まっていた。
蓮華「姉様は何をしているんですかっ!? もう会議が始まる時間ですよ!」
雪蓮「あー、もうそんな時間かぁ。じゃあまたね、薫」
ウィンクした雪蓮さんが部屋を出るまで、僕は隅っこから動けなかった。
バタンッと扉が閉まって、ようやくへなへなと身体から力が抜けた。
蓮華「さ、災難だったわね」
薫「あはは、孫権さんが来なかったら笑い死んでたかも・・・あはは」
力なく笑っていると、孫権さんが手を差し伸べてくれた。
蓮華「立てる?」
薫「あ、ありがとう、ございます」
手を借りて立ち上がり、目もとを袖で拭く。
薫「あれ? 孫権さんは会議に出なくていいんですか?」
蓮華「ええ。明命がいない間、あなたの護衛に集中しなくちゃならないから。(それに、私がその場にいても意味はないし)」
薫「え?」
蓮華「何でもないわ。それで、昨日の今日だけれど外出するのかしら?」
薫「はい。少しでもこの世界に慣れたいので」
蓮華「そう。じゃあ部屋の外で待ってるから」
さて、早く準備をしないと───
思春「私もいることを忘れるな」
薫「[ビクッ]は、はい」
蓮華SIDE
薫が身支度を終えて、私達は城を出た。
城下町まで降りると薫は辺りに視線を配る。
薫「あっ、改修作業してる。あの案、通ったんだ」
私も薫の見ている方向を見ると、確か前まで空家だった一軒家だ。
確か、冥林が会議に出した"屯所増築"の案件だったわね・・・。
薫「・・・」
蓮華「・・・」
会話がない。
いや、私は護衛なのだから会話は必要ないわね。
しっかり周囲に気を張り巡らさないと。
蓮華(それに思春も近くに───ダメ! そうやって周りばかり頼ってたら、一生姉様には届かない!)
「って、あれ? 薫?」
この数秒の間で薫の姿が見えなくなった。
一体、どこに───
薫「はい、孫権さん」
蓮華「うひゃ!?」
いきなり後ろから話しかけられて、情けなく飛び上がってしまった。
その私に、ほかほかの肉まんが差し出された。
蓮華「え?」
薫「思い返してみたら、朝ごはん食べるの忘れていて。せっかくですし、孫権さんもどうかなって」
「えへへ」と人懐っこい笑顔は、護衛の意識を消すほど平和的な表情。
差し出された肉まんを取ると、薫はもう一つの肉まんを口に含んだ。
薫「[モグモグ]」
食べながら歩きを進める薫に、私もついていく。
歩きながら食べるなんて初めて・・・。
蓮華「・・・どこに行くの?」
薫「城壁です。もう一回、この街を見たくて」
振り返らず言う薫は、さっきまで姉様にいじめられて泣き顔を晒していた男とは思えない。
ちょっと笑いそうになったのを抑え、もう一度、薫を観察してみた。
背は私より少し高いかな。
ほんわかとした雰囲気。乱世を収めるために舞い降りた御使いにしては、頼りないようだけど、平和の使者と言われれば頷ける部分がある。
体力は、昨日の一件で測れた。私よりもあることが、情けなく思ってしまう。
容姿は整っていて───
薫「ん? ほぅしあした?」
(ん? どうしました?)
蓮華「っ! な、何でもないわよ」
薫「???」
一度気になりだしたら止まらないもので、薫の顔をちらちら見てしまう。
モグモグと肉まんを頬張って、道行く顔見知りの民に挨拶していく。
さっきまで、姉様にいじめられて小動物のように震えていたのに、ころころと印象が変わる。
そんなことを考えていると、気付けば目的地の城壁の上に着いていた。
薫「あそこに海? いや、川かな?」
蓮華「あそこで水軍が鍛錬しているのよ。普段は思春が指揮しているの」
薫「そうなんですか。でも今、甘寧さんって」
蓮華「安心して。思春の部下は優秀よ」
思春の部下は、呉に仕える前から思春の部下。
錦帆賊と呼ばれる江賊だった。水上の覇者と言われた集団は、呉にとって有益な兵達だ。
そして私と思春には、固い絆があると自負している。
薫「・・・なんか羨ましいです。孫権さんと甘寧さん」
蓮華「え?」
私と思春の話になると、暗い顔をした薫。
だが、それは一瞬だけですぐに顔を上げて、笑みをこっちに向けた。
薫「じゃあ、帰りましょうか」
蓮華「う、うん」
そういえば、私は薫の過去を知らない。
いや必要はないんじゃないか? 彼は天の血を呉に捧げるために、保護しているのだ。守る義務はあるにしろ、彼の全てを知る必要はない。
だけど───
知りたい。その柔らかい笑顔の奥にある思いを。
薫「? 孫権さん?」
蓮華「あっ、何でもないわ」
なんか暗い空気のまま終わってしまった。
もう夕刻が過ぎようとしていて、空の明かりが弱くなっていく。
薫「・・・」
[プニッ]
蓮華「ふぇ? ふぁに?」
(え? なに?)
突然、頬を優しく引っ張られた。
横で笑っている薫の表情は、輝いて見えた。
薫「ダメですよ、そんなに怖い顔したら。こういう平和な時ぐらい笑顔でいましょう?」
[ドキッ]
きゅ、急にそんなこと言われたら、恥ずかしいじゃない・・・!
蓮華「えい!」
薫「ひゃっ!? わ、脇はやめてください!」
ちょっと触れただけなのに、人ふたり分も距離を置かれた。
相当、くすぐったいらしい。
蓮華「あ、あなたがいきなり変なことを、その・・・とりあえず全部、薫がいけないの!」
こんなに騒いだのは、母様が生きていた頃以来だろうか。
もし、この平和が日常になるために、私は剣を抜かねば・・・そして、薫を守らねば。
薫「はぁ、孫権さんも意地悪だ」
蓮華「ふふっ・・・ねぇ、薫。これからは私のことを蓮華───
思春「蓮華様」
薫・蓮華「「ッ!?!?」」
ま、またこの瞬間になの、思春!?
思春「鍛錬の時間が押しています。参りましょう」
蓮華「ちょ、ちょっと思春! まだ護衛の途中で!」
薫「ここまで来たなら大丈夫ですよ! 鍛錬、頑張ってくださーい!」
手を振って引っ張られている私を出迎えてくれる薫。
その純真さに、私は心のなかで毒付いた。
思春[イライラ]
雪蓮「───それで、偵察隊の報告は?」
冥林「蓮華様と薫を襲った襲撃者は、一名は逃走し、残りの二名は拘束する直前に自害した。よほど忠誠心だ」
雪蓮「先行した兵は、思春の部下よね。相手はよほどの手だれ。袁術ちゃんの兵じゃないわ」
冥林「相手の所属先もそうだが、なぜあの場所で薫が一人だということを知っていたのか、だ・・・」
祭「ん! 待つのじゃ、儂は───
雪蓮「大丈夫よ、祭。私達はあなたを疑っていないわ」
冥林「だが、情報が漏れたことは無視できない。祭殿、本当に薫を連れ出す時に誰もつけられていなかったのですね?」
祭「くどい! 儂がそんなヘマはせん!」
雪蓮「・・・つまり、あの森で既に潜伏されていたということ、か」
祭「だが、薫が御使いだということは、ここにはいない蓮華様を含む四人だけじゃ」
冥林「薫を御使いだと知っていて」
雪蓮「我が兵にも劣らない工作員・・・」
祭「それを従える指導者・・・」
冥林「・・・一人だけいるわね」
祭「そうじゃな」
雪蓮「曹孟徳・・・北の領地からわざわざご苦労様ね」
華琳「襲撃は失敗に終わったのね」
桂花「はい。帰還した一名の証言では、残りの二名は捕縛される直前に自害したとのことです。しかし、戻ってこれた一名は重症で、もって一月だとそうです」
華琳「そう・・・その兵の家族には私から報告するわ。これは、焦りすぎた私の責任よ」
桂花「華琳様・・・」
華琳「向こうの御使いの存在を知った時点で、引き戻すべきだった。ありがとう、桂花。もう戻っていいわ・・・」
桂花「は、はい・・・」
華琳「ふふっ、また閨でね」
桂花「っ!? は、はぁい!」
[バタンッ]
華琳「三人の御使い、か・・・」




