第三話「"もう"は、成長を止めてしまう」
冥林「・・・ふむ。中々だな」
薫「ありがとうございます」
冥林さんに見せているのは、僕自身が作成した街の警備に関する書類だ。
何でも、袁術から黄巾党の残党狩りに駆り出されているせいで人手不足が目立ち、街中の問題解決が疎かになっているとのこと。
冥林「警羅の強化ではなく、各所に警備兵を常駐させる屯所を作るか・・・場所の目星はついているのか?」
薫「この前、明命ちゃんと街を歩いていたとき、空き家を何軒か見つけました。掃除とかちゃんとすれば、使えるはずですし、その屯所で寝泊まりも出来ると思います」
冥林「南条の世界は、こういう風に街を警備しているのか?」
薫「そうですね。詳しいことは僕にも分からないですけど、人が密集しやすい場所に設置されていることが多いです」
冥林「なるほど。お前の意見はこの後の会議で出させてもらう。しかし、お前の存在を勘づかれるわけにはいかない。悪いが、私が考案したことにするが」
薫「気にしないでください。冥林さんに認められただけでも、考えた甲斐があります」
冥林「そうか。そう言われると助かる・・・しかし、この短期間でだいぶ字がうまくなったな。それに明命に真名を許してもらってるとは」
薫「あはは。まだ一人ですけど」
冥林「それでもだ・・・そういえば、陸遜と何かあったようだが、その後の進展はどうだ? あー、雪蓮からは話しは聞いているぞ」
薫「え!・・・えと、ちなみにどこまで?」
冥林「閉じ込められたところから、雪蓮に救出されたところまでなら」
ぜ、全部じゃないですか・・・。
冥林「それで、そのことについてなのだが、少しいいか?」
薫「は、はい」
冥林「その件が原因なのか定かではないが、陸遜が気に病んでしまって政務に支障がでている。強制はしない。しかし、お前の役目のことを考えれば放っておくわけにもいかない問題だ」
薫「は、はぁ・・・」
冥林「安心しろ。普段のあいつは無害だ。それに歳も近いし何かと話が合うだろう」
えー? あのプロモーションで同世代と言われても説得力がないのですが。
冥林「今の時間なら自室にいるだろう。ほら、男を見せろ南条」
薫「男を見せろって・・・まぁ、行きますけど。それじゃあ、失礼します」
ドアを閉める直前に冥林さんの表情を伺うと、ニヤニヤと笑っていた。
雪蓮さんはよくからかってくるけど、冥林さんも人のこと言えないぐらい意地悪だ。
薫「んー、陸遜さんの部屋ってどこなんだろ・・・明命ちゃん」
明命「ここに」
薫「っ!?」
振り抜けば、明命ちゃんが膝をついていた。
呼べばすぐ来てくれるのは嬉しいけど、急に背後に登場されると心臓に悪い。
明命「それで薫様、どうされましたか?」
薫「陸遜さんの自室の場所を知りたくて」
明命「穏様のですか。それならこちらです」
明命ちゃんを先頭に城内を歩く。
いつも担いでいる刀の鞘につけられた滑車の音だけが、廊下で鳴っている。
明命「ここです」
薫「わざわざごめんね。ありがとう」
明命「いえ! これも任務の内ですから。それでは」
しゅっと明命ちゃんの姿が消えた。
でも、どっかしらで僕の傍にいるのだろう。
とりあえず、目の前のドアをノックして声をかけてみた。
薫「[コンコンッ] 陸遜さん、南条です」
[ドタバタドタバタ!!]
薫「っ?・・・???」
部屋から聞こえる激しい物音。
だが、その物音はすぐに収まり、ぎぃっと扉が少し開く。
穏「ど、どうしましたか~・・・」
薫「えっと・・・暇でしたらお話でもどうかなって思いまして大丈夫ですか?」
穏「は、はい! ちょっと待ってくださいね~!」
さっきの物音みたいバタバタと室内が騒がしくなる。
再び物音が静まると、「どうぞ~」と言われてたのでゆっくりと扉を開けた。
薫「し、失礼します・・・」
女子の部屋に入るのは人生初なのだが、残念ながら内装は僕の部屋と変わりない。
しかし、錯覚なのか甘い匂いが部屋に充満している。
穏「ささっ、こちらに~」
薫「あ、ども・・・」
用意された椅子に腰掛けると、お茶持ってきてくれる。
薫「あの・・・陸遜さんは座らないんですか?」
お茶を出した後も、陸遜さんは立ちっぱなしで腹の辺りで両手をもじもじさせている。
穏「そ、その・・・この前はごめんなさい~!」
薫「り、陸遜さん!?」
その場で床に女の子座りして頭を下げられた。
僕はすぐ椅子から立ち上がって、陸遜さんの肩を掴む。
薫「や、やめてください! この前のことは気にしてませんから」
穏「ぐすっ、本当、ですか?」
薫「今もちょっと怖いですけど・・・」
穏「やっぱり気にしてるじゃないですかぁ!!」
「ごめんなさぁいぃ! 嫌いにならないでくださいぃ!」と、五分間ぐらい謝られたが何とか収めることが出来た。
落ち着かせるために、陸遜さんがいれてくれたお茶を渡して椅子に座らせる。
僕はベットに腰掛けた。
薫「落ち着きました?」
穏「はいぃ。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
薫「陸遜さんの事情は雪蓮さん達から聞きました。だから、安心してください」
穏「うぅ・・・」
そして、本を見ただけで興奮する体質を陸遜さん本人は直したがっているとも聞いた。
確かに、本を見ただけで女豹になる女性なんて聞いたこともないから、コンプレックスになるのも仕方ない。
薫「よかったら、話だけでも聞かせてもらえますか? 陸遜さんの体質のこと」
穏「いいんですかぁ?」
薫「これからの事もあります。お互いのことをよく知ることは良い事だと思いませんか?」
穏「・・・分かりました」
陸遜さんの体質は、幼少期から起きていたことだった。
分家といえど名門の家系で生まれた陸遜さんの周りには、兵法問わず様々な本が置かれていた。
キッカケはただの好奇心。読み書きを覚える一つとして与えられた本に、心底はまったのだ。
すらすらと入っていく「知識」は、激しく脳に刺激を与え、麻薬と化した。
薫「で、気づけばあんな感じに・・・」
穏「はい~」
項垂れてる陸遜さんは、胸もとで両手の指同士をちょんちょんとつつく。
それにしても、友達に教えてもらった三国志の話と、この世界の三国志はやっぱりズレてる。
ツギハギの歴史の知識は当てにならないね。
穏「本当に、どうすればいいのでしょ~?」
薫「好きなものに興奮するのは、普通の反応ですからね。ただ、陸遜さんの場合は過剰なだけ・・・こういう場合、"慣れるしかない"としか思いつかないです」
穏「何度もしましたよ~。その度に、雪蓮様や祭様に昏倒させられましたぁ」
止め方、雑!っと突っ込みたいのを堪えて、雪蓮さんに嵌められた時のことを思い返していた。
・・・確かにあの時も、雪蓮さんが映画みたいに陸遜さんを気絶させてた。
穏「もう・・・諦めるしかないんでしょうかぁ」
うるうると泣きそうに言う。
本当は本が好きなのに、自分の体質のせいで我慢をせざるをえない。
それでも読みたくてしょうがない・・・この板挟みの心情は、僕には想像のつかないだろう。
しかし───
『───俺のせいなんだ。もう、○○には会えないよ』
脳裏によぎった親友の顔が、陸遜さんに重なる。
その瞬間、ベットから立ち上がり、手は膝に置かれていた陸遜さんの手を握った。
薫「そんな事はありません!」
穏「南条、さん・・・?」
薫「本が好きなんでしょう! だったら、諦めちゃいけません!」
穏「・・・」
薫「雪蓮さんと祭さんでもダメなら、僕がお付き合いします。少しずつ少しずつコツコツとやっていけば、絶対に結果は出せます」
いつの間にか、僕と陸遜さんの顔は15センチまで近づいていた。
気づいた僕は咄嗟に、陸遜さんから離れる。
薫「ご、ごめんなさい・・・!」
穏「い、いえ。あの・・・本当にお付き合いしてくれるんですか?」
薫「あの時は怖くて逃げちゃいましたけど、陸遜さんが普通に本を読めるようになるまで手伝います。だから、諦めないでください」
穏「・・・」
しばし、顔を俯かせて無言になる陸遜さん。
さっきまで握っていた陸遜さんの手が、さらに力強く服を掴む。
すると、バッと顔を上げて今度は立っている僕の手を取った。
穏「お願いします! これ以上、本を我慢するなんて出来ません!」
握られた手は物凄く痛かったが、何よりも自分から努力しようとしてくれる陸遜さんに、僕は嬉しくなってこちらも握り返す。
薫「はい! 陸遜さんなら必ず───
穏「穏です」
薫「っ」
穏「これからは穏って呼んでください。私も"薫さん"って呼ばせていただきます」
満面の笑みを浮かべて、ぐいっと腕を引かれた。
穏「それでは~、さっそく倉に行きましょー!」
薫「え!? 穏さん、今からですか!? それに僕まだ───
[ぐぅ~~]
薫「ぁっ・・・」
冥林さんに提出する書類作成で、今日はまだご飯ありつけていなかった。
恥ずかしくて顔を赤くしてると、穏さんが吹き出す。
穏「ぷっ・・・食堂に行きましょうか~。私もおなか空いちゃいましたぁ」
その後、僕は再び倉で貞操の危機を迎えたのは、言うまでもない。




