過去
「二人が……」
「消えたぁ!?」
「ちっ……」
黒ずくめの男は、軽い舌打ちをしたあと、シーバーのようなものを取り出した。
「ターゲット、適合者を見つけた模様。飛んでいきました。直ちに追い掛けます」
それだけ伝え、早々と走り去っていった。すると、緊張の糸が切れたように、翔一はペタンと腰を落とした。
「な、なんなんだよ……あの人たちは……」
「どうやら……知鶴さんを追っていたみたいだな……」
冷静に腕組みをして考えていた深空に、翔一は不満を覚えた。
「何で深空ちゃんはそんなに冷静なのさ…」
「性格…かな…。それより…あの二人は何処へ行ったんだろう…」
昭和20年 3月27日
午前3時
「………」
「………」
二人は、ただ呆然と立ちすくんでいた。一方、昂介の方は状況が呑み込めていないようだ。
「え…?ここ…どこ…?」
「通じた……」
「うぉっ!?」
「通じたんだ!」
ひどく共感したのか、昂介を抱いては振り回していた。
しかし、未だ状況が把握出来ていない昂介がいた。
「そっ、その前に!ここは一体どこなんですか!」
あまりに状況が把握しきれていないので、かなり動揺していた。
「ここは…」
ウーウー…
「!!?」
真夜中に、感嘆に煌めくサイレンが鳴り響く。それはこれから起きる、空襲を予感していた。
「これって……昔の空襲のサイレン!」
「おそらく、昭和20年…多分…3月27日…」
「!?」
「私たちは…過去へ飛んでしまった…」
辺りは物静かで、近くに民家はまちまちだった。上を見上げると、直線に伸びるライトが夜空を照らしていた。
「行くよ!昂介くん!」
「えっ!?おわっ!」
強引に引っ張られながら、民家を目指した。
「防空壕へ急げー!」
「坊、手を離しちゃダメよ!」
「消化活動に入れー!」
それはあまりにも無惨な光景だった。辺りが火の海で広がっていた。民家は燃え、人々はずきんを被り防空壕へ急いでいた。
「な、なんだよこれ……」
「言ったでしょ…私とあなたは通じた。そしてここは…昭和20年の宮坂市…」
「えっ!?」
「つまり…過去に来たって事」
「うあぁ!」
目の前でボウズ頭の子どもが、倒れてきた屋根の下敷になった。
「鉄平!!」
背後から父親らしき男が、汗をかきながら必死で走ってきた。
「待ってろよ鉄平!今助けとやるからな!」
勢いで屋根に手をつけ、必死に持ち上げようとするが、ビクともしない。
「昂介くん…手、握って」
「え!?」
急な要求に、僕は硬直した。しかし、僕の意志とは関係なく、強引に手を握られた。
「お父さん!そこを退いてください!」
「え?」
すると、いつの間にか僕たちの手には、赤い消火器が持たされていた。
1時間後――
空襲は無事おさまり、民家に出払っていた火事もじき消沈した。屋根の下敷になっていた男の子も、無事救出された。人知れず手に持っていた消火器のおかげで……。
防空壕へ逃げていた人たちも、よたよたと戻ってきていた。なかには、間に合わず犠牲になった人もいるが、
「……………」
受けきれない、冗談のような現実を見て、僕は胸を締め付けられるような気持ちになった。あの子は助かったけど、他の人は……。
すると、先ほど助けたボウズ頭の子どもと、その父親がこちらに来た。
「先ほどはありがとうございました!なんとお詫びをしたらよいか!」
言いながら、父親は何度も頭を下げた。そうか…この時代の子どもは…とても大切にされていたんだ…。
「いえ…当然のことをしたまでですから…」
知鶴さんは、父親の恩を受け取らないように、即座に振り返った。
「そろそろ帰る時間よ昂介くん…手を繋いで…」
「え……?あ…はい……」
自然に手を繋ぎ、その風景は一瞬にして消えた。
まるでド〇えもんのタイムマシンの通る空間のようなところを、僕たちは渡っていた。
その晩、僕はなかなか寝つけなかった。あまりにも非科学的なことが起きすぎて、
祠から出てきた知鶴さんの存在…。校内に侵入してきた黒ずくめの男たち…。僕の中で、僅かに悪い予感が頭をよぎった。
「ただいまー、と」
誰もいないはずの部屋に、昂介は虚しさを感じていた。そういえば、一週間くらい帰って来てなかったっけ……自分の家なのに…。
「ふぅ……」
疲れが溜っていたのか、不意にため息をついてしまった。しかしそれに反面、日常的に有り得ないことの連続だったので、退屈だった日々から抜け出せたことに感動していた。
「通じた人間と飛べる…か…」
ベッドに転がり、少し考えた。
あのあと、知鶴さんからなるべく詳しいことを聞いた。当然、あの黒い集団の事についても。
すると知鶴さんは、こんなルールがあると教えてくれた。
・知鶴さんは半分死んでいるという事。
・昨日みたいに時代を飛ぶには、通じた人間(生きた)の力を借りる事。
・過去に戻り、とどまれる時間はせいぜい数時間程度である事。
・一度行った日付には二度と行けない事。
・日記には特別な力が備わっていて、一人では苟の力であり、通じた人間となら、本当の力を発揮する事。
などなど…
こんな体験を、幾度も体験しているらしい。
そして、あの黒い集団は、知鶴さん達の日記を狙っている。何故か、 アイツらも時代を飛べるらしい…。
―――――――
翌日
ガチャ。
「コウせんぱーい!引っ越し祝いにケーキ買ってきましたよー」
ドア越しから現れたのは知鶴さん……ではなく……
「お、おお…。よく来れたなちぃ」
いたのは高校で後輩だった、アイツの妹。
「それってどういう意味ですかー先輩…」
一条知依奈はふくれっ面になりながらも、のそのそと上がり込む。ガラス張りにされたテーブルの上に、大袈裟に大きな白い箱を置く。
「方向音痴のお前が、よく迷わずこれたなってことだよ」
兄に似ず、文系でオッチョコチョイな上、極度な方向音痴と機械音痴を持ち合わせている。壊された電化製品は数知れない……。
「う゛…実は行く途中で二度くらい迷って…何度か教えてもらったんですけど…それでも…」
デパートの中でも迷いそうだな…コイツ…。大丈夫かな……。
「そんなことより!見てください!今日は奮発して大きいの買ってきたんですよ」
開けてみると、それは見事な大きなクリームケーキが、テーブルを占領していた。
「おおっ!」
「ビックリしたでしょ?先輩の引っ越し祝いは豪勢にやろうと思いまして」
「豪勢って…これはいくらなんでも多すぎだろ…これじゃ食べきれないぞ」
「じゃあ…誰か呼びましょうよ!深空先輩と坂本先輩とか!」
確かに、カレーがあれだけ食べれるなら、ケーキなんて朝飯前だよな…。翔一のヤツはともかく…。
「お邪魔しまーす。昂介くんいるかな?」
すると、またもや一条と名乗る女生徒が現れた。また、こんな時に……。
「え…誰かな…?」
「…………」
聞き覚えのない声に敏感に反応した知依奈に、ビクッと肩を揺らした昂介であった。
「ま、いいや。お邪魔しまーす。あ、昂介くん、いるなら返事してよー」
それは先日俺に奇妙な体験をさせた張本人。いつも通り、チャームポイントである横峯章陽学院の制服を着ていた。それを見た知依奈の頭上には、?マークが点々と浮かび上がっていた。
「コウ先輩…どなたですか?」
「え、あ、ああ…」
少し焦りを感じた。知依奈の中には勘違いすれば憎悪で埋まってしまう。そうならないよう、必死に口実を考えた。
「あーえーと…、俺の従兄妹だよ。妹の知鶴」
とりあえず険悪な場になりそうだったので、その場凌ぎに思いっ切って嘘をついてみた。
「?」
「……従兄妹?」
出来れば知鶴さんは余計なことを言わないでほしい……。
「あれ…?けどコウ先輩の従兄妹って、日和ちゃんだけじゃなかったですか?」
普段物忘れが激しいクセに、今回だけは妙に鋭い。仕方ない……。
「ねぇ昂介くん、ちょっとはなし…」
「はいはい今行くよ!」
かくなるうえは、直接交渉!
僕はドア越しにいた知鶴さんを、力ずくで外へ引っ張り出した。
「なっ、何!?」
「何しに来たんですか!てかよくここが分かりましたね?」
初めてどころか、行き道さえ教えてないハズなのに、ヒョコヒョコ現れた知鶴さんには驚いた。
「昂介くんのお母さんが場所を教えてくれたんだ。ついでにこれも持ってってって言われたの」
言いながら、知鶴さんは右手に持っていた袋を手渡した。中を見ると、有名な和菓子屋、『悠辿堂』のケーキが顔を出していた。またケーキかよ…。
「と、とりあえず、ちぃには自分の正体を明かしちゃいけませんよ!」
「えっ?なんで?ていうかあのコ…」
「今騒がれたら話がややこしくなるんですよ!」
内心を身に潜め、表面上の理由だけで説得させ、二人でズコズコと中へ入っていった。
「???」