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縁の旅人  作者: ネギ田。
31/32

桐沢望

「はじめまして。昔、翔一のお目付役でした桐沢望です」


違うから、と翔一の冷静なツッコミを受けながらも望は皆に自己紹介をした。お互い一通り事を済ました所で、二人の昔話などで盛り上がっていた。


「あの…それでどうしてここが?」


これで4回目。翔一はげっそりとしながら幾度聞いているが、話で盛り上がっているせいか望は翔一に対して返事がなかった。


「だから言ってるでしょ。(あたし)の勘だってば」


勘で片付けられては納得がいくはずもない、翔一は睨むように鋭い視線を向けるが、それでも望は観念はしなかった。少し険悪なムードを察した昂介は二人の中に割り込んでいく。


「ところで桐沢さんも大学生なんだよね?どこの大学?近かったりするの?」


「私?私は啓蒼大学だけど」


「おお、私たちと同じだな!…………同じ?」


そのまま三人が止まること数秒。


「啓蒼…大学?」


と昂介。


「そう」


「ちなみに、学部は?」


と翔一。


「経済学部」


「え」


最後に頓狂な声は昂介。

啓蒼大学は三人が通う市内にある大学。学部も豊富で偏差値も平均より上。そんな大学に深空は理学部、翔一は芸術学部、そして昂介は…経済学部。同じ学部なら既に顔を合わせているはず…。

当然、翔一は黙っているはずもなかった。


「昂介っ?!学部同じじゃないか!」


突然翔一は血相を変えて身を乗り出す。当然、状況のわからない昂介は鳩が豆鉄砲でも食らったかのように驚いていた。


「いやいやいや!でも会ったのは初めてだって!ね?片桐さん」


しかし、望は首を縦には振らなかった。


「何言ってんの昂介くん。前に学部内でやった合コンでメアドも交換したの、忘れたの?」


再び時が止まり、ピキッと何かよからぬ音が翔一を駆り立てる。


「昂…介…なんで…」


「あ、ほんとだ」


昂介は慌てて携帯を開いて確認すると、確かに桐沢望のアドレスが入っている。望は「ね?」、と笑顔を返すと、どこからかブチリと血管の切れたような幻聴が聞こえた気がした。

声にならないほどの叫びまで数秒。


「昂―――――」


「叫ぶんなら外でね。周りのお客さんに迷惑だから」


目もくれない声で制したのは捺美。カチャカチャと食器を洗う水音に隠れて尋常でない殺気が放たれていた。








「こっちに来たのは2年前。大学の食堂が安くて美味いって啓蒼に進学した先輩が教えてくれてさ。偏差値も(あたし)に合ってたからここにしたんだ」


8月の半ばを過ぎても太陽の日差しは加減を知らない。当たり前か、と昂介は道中で買ったジュースを飲み干す勢いで口に含む。公園に流れるそよ風では足りないほど気温は高かったが、汗が止まらないとまではいかなかった。


「今はどこに住んでるの?」


「初瀬。駅の近くにあるアパートに住んでるの。近いんだけど朝がヒドくてね。通勤ラッシュで学生やサラリーマンで電車ん中スゴいよ」


初瀬は大学のある中瀬から三つ駅離れた町。決して大きな町ではないけれど、冬にオープンする大型アミューズメント施設の建つ町として話題を呼んでいる。初瀬ならここまで20分もあれば着く近場だが、朝の人波となれば尋常ではないだろう。


「初瀬なら翔一のとこの一つ前だな。コイツ西庫裏だし」


と昂介は翔一を引っ張り出して告げる。

ちなみに彼らが使うハマ電(私鉄浜塚山電鉄浜塚山線)の駅の順は、中瀬から二駅隣の川田から始まり

川田―宮坂―中瀬―西庫裏(にしくり)―峯川―初瀬―桑見―河緒―斗妻(とづま)―桜峰が終点の順になっている。


「な…なんで隣の駅なのに気付かなかったをだろう…」


翔一は頭を抱えて落ち込む。もしかしたら一緒の時間に乗っていたのかもしれない。通勤ラッシュで人混みがひどくて見えるものも見えなかっただろう。


「まぁ場所も解ったなら、今度から一緒に来れば問題ないだろ」


良かったな、と深空はバンバンと強く翔一の肩を叩く。


「うん…て、そうじゃなくて!」


ショカンで上げられなかった大声をあげた翔一は、くるりと望の方へ振り返る。


「なんで今まで顔を見せなかったんだよ!大学も同じで二年間、昂介と同じなら僕の姿だって見ていたはずだろ?!」


「お…おい…ちょっと落ち着けって」


そこには普段の温厚な姿はなく、感情のままに言葉を出す翔一。を昂介は押さえようとしたが、その手を払いのけたのは望だった。

目が合うと、不意に背筋がゾクッとした。


「顔を合わせなかったんじゃない、“合わす機会がなかった”のよ。私だって、昂介くんとアンタが友達って知ってたら二年間も知らずにはいなかったわよ!」


「う…」


痛いところを突かれうめきながらも、うらめしそうに昂介を見る。「あはは…」と苦笑浮かべるのは当然昂介。


「それに、そんな調子じゃアンタ、きっとあの時の約束も忘れてるんでしょうね」


ムスっと頬を膨らますと、あの時と同じ情景が翔一の中で浮かぶ。

目の前で涙を溜める望。かつて望を不安にしてしまった事を重々しく思い出す。


「まぁまぁ二人とも、痴話喧嘩はそれくらいに…」


と冗談混じりに仲裁を試みた昂介だったが、緊迫した二人にその声は届いていない。


「あとは二人に任せようか」


苦笑しながら深空は帰るかと促す。このままいてもラチがあかないと昂介も二人を置いて戻ることにした。案外薄情な昂介と深空であった。

当然、睨み合った翔一達は二人がいなくなったことなど気づくはずもない。


「約…束…?………あ」


一息空いて思い出すと、それを目の前で見ていた望は既に涙をこらえられないほど溢れていた。


(あたし)がどんな思いでこの二年間…ずっと待ってたか…。そんなこと言うんだもん、そりゃ忘れてるよね」


「…ごめん」


それしか言葉が思い浮かばない。原因は解っている。過去での、涼輔と不意に飛んでしまった過去で決めた約束。当時高校生だった翔一は未だに携帯を持つようなことはなく、大学に入学と同時にようやく持つことになった。過去で交わした約束とは、翔一が引っ越す前日の夜に望から渡された紙切れの事だ。


―これ、私の携帯番号とメルアド。翔一がいつ携帯持つかわかんないから、持つようになったら、そこに連絡して。絶対だからね!―


忘れてない。忘れるはずもない。というのはその約束をしたのは昨日の今日の事だっただからではなく(翔一自身は過去へ飛んで約束したのは昨日の感覚だが過去にいた望からすると二年前の事になる)

そしてその約束が実行出来なかったのは、約束をしたのが昨日の夜(二年前へ飛んだのが)、そして再会したのが今日の昼ごろ。二年前のタイムラグがあまりにも早すぎて約束を果たすヒマもなかった。細かく寝る前や朝起きた時、そういう時間帯の間にメールを送ればまだ良かったのかもしれない。しかし、昨夜は過去へ飛んだ疲れがどっと出たのかすぐベッドへダイブ。気が付けばいつの間にか寝ていて、起きて気付いたらショカンにいた。そんな夢遊病状態のまま昼を過ごしていたので、とてもメールの事など頭になかった。

だからといって、今更弁解しようとも信じてくれる筈がない。だから、ただ謝るしか思いつかなかった。


「…変わってないね。すぐ謝るとこ…」


「あ、ごめ…じゃなくて…え、えっと〜…」


謝ることを封じられた翔一は言葉を失う。その時不意に笑みがこぼれたのは望だった。


「もういいよ。こうして、また会えたんだから…」


ポフッ、と華奢な翔一の胸に顔を埋める。翔一は懐かしいなと思う反面、それが人目のある公園でされるとは思ってもみなかったので、思わず体が火照ってしまう。

気付いた望も慌てて翔一から離れる。


「そ、それにしてもあっついよねー!セミもうるさいし、どこか涼しいとこにいこ?」


「あ…うん。そだね」


小さな手に引かれ、二人は快適を求め歩き出した。


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