ブレスレット
自分もこの作品を読み返し、読みにくい点はある程度訂正したつもりです。よければみなさんも読み返していただけると幸いです^^
「ふぁ〜あ…」
目をこすり、近くにあった目覚まし時計に目をやる。
8時10分。僕にしては早い起床だ。
いつもならもう1、2時間は寝ているところだ。講義のある日は別だけど。
おまけに、昨日の海での疲れが取れない。おかげで体のあちこちが筋肉痛だ。伸びをしようと腕を伸ばしてみようとするが、痛くて出来そうにない。
「……」
まだ早いし、二度寝しようかな、そう思ったとき、どこかでR.Sの着メロが鳴り響いていた。朝から誰だよと、文句を言いながらパソコンのそばにあった携帯に手を伸ばす。
液晶画面には、知依奈と表示されていた。着信のようなので、早く出るのにこした事はないが、出てまた買い物に着いてこいだの言われるに違いない。そして、その際には何故か僕とペアルックを買いたがる。それは多分、知佐人がいないから…。
いつの間にか着信が切れていた。悪いと思いかけ直そうとすると、すぐさままたかかってきた。
今度はすかさず出る。
「もしもし?」
「あ、コウ先輩、どうしてすぐに出てくれないんですかー?」
案の定言ってきた。いつものことだから気にせず返事をする。
「今起きたんだよ。俺が起きるの遅いの知ってるだろ?」
去年、知衣奈が毎朝家まで何度も起こしに来ていた。親も喜んで許すので好き放題されたのを思い出した。時間が30分も違うはずなのに本人は、
『先輩のためですから♪』
と問答無用になっていた。しかし、今年になっては引っ越してからは来なくなった。おかげで朝はゆっくり起きれるが、少し寂しい気もした。
「あ、じゃあまた朝はちぃが起こしに行ってあげますよっ」
知衣奈の声が活き活きとして聞こえる。ありがたいけど、ここからでは実家みたくすぐ来れる所ではない。大学からは近くなったが、知依奈の家からは遠くなった。
いや、ここからなら大学も近いし、お前も遠回りになっちゃうだろ」
「大丈夫ですって。じゃあまた夏休み明けに行きますね」
強引に決められたが、知衣奈がいいならそれでいいと思った。
「ところで、何か用か?」
本題に戻す。
「あ、そうだ。コウ先輩て、今日予定とかあります?」
今日はない。大学の講義は明日だし、バイトなんてもあれっきりだ。
「ないよ。でも、俺今忙しいんだよ」
そう、今は寝るのに忙しい。こんな早くに起きたところで再び睡魔が襲ってくる可能性大だから、大人しく寝ていたい。
しかし、それでも知衣奈は引き下がる事はなかった。
「寝るのに、でしょ?それにもう先輩のアパートの近くまで来ちゃってますよ?」
さすが解ってらっしゃる…ていうか来てるって!?
「せ〜んぱいっ!」
ノックと共に、元気の良い声が扉越しに飛び込んできた。しぶしぶ重い腰を上げ、知衣奈を迎えに行った。
ドアを開けると、お出掛け準備万端の知依奈が立っていた。
「あ、おはようございます!コウ先輩っ」
無理矢理起こしたくせに…という突っ込みはあえてなしで、僕は出来るだけ笑顔を繕った。
「おはよー」
重たいまぶたをこすりながら返事をした。
「もー早く着替えてくださいよー」
「解った解った。とりあえず着替えるから、外にいてくれ」
「はーい」
知衣奈を再び外に出し、そそくさと着替えを済ませる。そういえば何処行くつもりなんだろ?
「ちぃー!今日は何処行くつもりなんだー?」
「中瀬でお買い物してからー、ショカンでお昼?」
中瀬ってここじゃないか!まぁ電車を使って遠出したいと言われても困るしな。
「了解」
そこらへんを回るなら、前に買ってきた新品のジーンズを履くのはもったいないな。
いつも通りでいいかな?
「コウせんぱーい!まだですかー?」
「今行くー!」
財布とケータイをポケットにねじ込み、花坂荘を後にした。
僕たちの住む中瀬には大きな商店街がある。花坂荘から10分歩いた所に、中瀬通りと大きな看板があるので解りやすい。
店数もそれなりにあり、休日の時など人通りは半端じゃない。ファーストフード店や喫茶店など、不自由は無いほどだ。
「あ、このアクセ可愛いー」
アクセサリーショップを見かけると、店先に飾られていたアクセに目を奪われていた。
見ていたのは、綺麗な小さい貝殻があしらわれた、可愛らしい女性モノのブレスレットだった。取り外し可能のやつで、腕の太さに合わせて付けれる。
「ねぇコウ先輩。これ、お揃いのアクセにどうですか?」
「お揃い?誰と?」
持っていた缶コーヒーに口をつけると、知衣奈は悪戯に微笑んだ。
「誰って…ちぃとに決まってるじゃないですか〜」
「ぶっ!!」
思わず、口に含んだコーヒーを吹き出した。
「ちぃ達の結婚記念にぃ〜…」
「待て、どさくさに紛れて変な事言ってんな」
既にブレスレットの会計は済まされ、僕の腕にはめている途中だった。
「ほーら、可愛いじゃないですか〜」
「人の話を聞けって!」
「これでちぃとお揃いですね♪」
僕は左腕、知衣奈は右腕といつの間にかペアルックが完成していた。まぁ…いいや。知衣奈が喜んでるなら。知衣奈の笑顔を見て苦笑しながら、ふとそんなことを思った。
『ちぃちゃんを、もう二度と泣かせたりはしない』
脳裏によぎったのは、翔一のあの言葉。知佐人が亡くなった2日後に、教室で聞いた言葉。
ふと、近くに翔一がいるような気がした。辺りを見回すが、それらしき人影は見つからなかった。
「コウ先輩?どうかしたんですか?」
僕の行動に不思議に思ったのか、知衣奈は小さな顔が僕の表情を覗き込んでいた。
「いや…」
大丈夫。それだけは必ず守る。ようやく、知衣奈は殻から抜け出せたのだから。
「コウせんぱ〜い」
「ん?おわっ!?」
知衣奈は僕の顔を見るなり笑顔になり、いつの間にか腕を絡ませていた。
「今日はデートなんですから、いいですよね?」
強引に組まれたその腕は、ちょっとやそっとでは振り払えない力強さだった。もちろん、嫌ではないが、人前となると恥ずかしい。
「…はぁ」
鼻の頭を掻きながら、照れているのを押し隠しため息をもらした。
「あれ?」
ふと、見覚えのある顔が前から歩いてきた。
「知鶴さん、それに明名さんも」
お決まりの白黒のセーラー服を来た二人が中瀬通りを歩いていた。二人だけ雰囲気が違うのは、やはり今の街並みに見慣れていないからだろうか。
「あ、コウちゃんにちぃちゃん!」
僕たちに気づくと、人目を気にせずに大きく手を振っていた。
こっちが恥ずかしいからやめてください…知鶴さん…。
「知鶴さん明名さん、こんにちはー」
知衣奈は元気よく二人に挨拶をした。よくよく考えてみれば、知衣奈は現在高校三年生。対してこの二人も当時の年齢からだと同い年の筈だが、何故か知衣奈は二人に対して敬語を使う。正体もバラしてないはずなのに、なぜ後輩目線なのかと疑問に思う。
「こんな昼間からよくもまぁ、堂々と男女腕組んで歩けるものね。時代の変化とは恐ろしいものね…」
明名さんは僕らの腕を組んでいる姿を見ながら、ぶつぶつと嫌味が聞こえてきた。
「明名おばあちゃんくさーい。あれ〜?もしかして明名さん〜、羨ましいんですかー?」
「お、おいっ!?」
「なっ!?」
知衣奈が悪戯に笑うと、明名さんは顔を真っ赤にしていた。
「明名さんて、まだお付き合いとかされたことないとか?」
図星なのか、明名さんの顔はみるみる赤くなっていった。この人たちの時代では、恋愛は仕方なかったのではないだろうか。ましてや明名さんなど家柄が有名な所だと、さぞ厳しいだろう。さらに戦争など、恋もする暇もなかっただろうな…。
「ば…馬鹿言わないでっ!私だって交際の一つや二つ…」
「そーだねー。確か、明名って涼輔に…〜!?」
知鶴さんの言いかけた口を、明名さんは瞬時に塞いだ。
「だから、あんなやつとはなんにもないと言っているでしょうっ!?」
タコのように真っ赤になっていた明名さんは、今までにない表情の豊かさを感じた。
「涼輔…」
思い当たる名前に、僕は少し前の記憶を引き出した。確か、知鶴さんと学校へ探し物を探しに行った時…。
「まぁ立ち話もなんですし、ショカンにでも行きましょーよっ」
手を振り上げ案を提案すると、知鶴さんも元気よく乗ってきた。相変わらず明名さんは、顔を赤くしたまま何かを呟いていた。
「私DXチョコパフェで!」
「ちぃは〜…ストロベリー・パフェで」
「ブラックをもらおうかしら」
「俺もブラックで」
「かしこまりました」
注文を聞いた捺美さんが笑顔で注文を繰り返し、中へ戻っていった。戻り際に、いつでもバイト待っているからと聞こえたのは、多分気のせいだろう。
「それでそれで〜?明名さんの恋バナ教えてくださいよー」
「恋バナ?」
知衣奈の言葉に理解できていないのか、明名さんの頭の上に?マークが無数に浮かんでいるような気がした。
「恋の話ですよっ。明名さんの」
「だから、私は色恋などに惑わされる程軽々しい女ではないわ」
「またまた〜…さっきの涼輔さんて人がそうなんでしょー?」
「だから…〜!あれは違うって…!」
「ん?それ、どうしたの?」
知衣奈と明名さんが恋バナで夢中でカヤの外になった知鶴さんが、僕の左腕にあったブレスレットを見て訊いてきた。
「ああこれ、さっき中瀬通りのアクセサリーショップで買ったんですよ。…ちぃとペアルックで…」
後半声が小さくなったのは言いたくなかったから仕方がない。しかもペアルックだなんて、いつの言葉だよ…。
「ぺあるっく?」
「えーと…こういう同じアクセサリーを二人で付けることです」
不本意ながらも知衣奈の右腕を指すと、不思議そうに僕とちぃのを見比べていた。
「おー、お揃いってやつだね。お熱いねぇ〜」
このこのーと僕に肘打ちを喰らわせると、次に僕の腕を引っ張り、興味津々にブレスレットを見ていた。
知鶴さんの手、ひんやりとして冷たい…少し、ドキッとした。
「う〜ん…」
ありがとと言って離すと、知鶴さんは首を傾げ何かを考えているようだった。
「知鶴さん?どうかしたんですか?」
「う〜ん…このあくせさりーって言うの?どこかで見たことがあるような…」
もう一度見せてと強引に引っ張り、眉間にシワを寄せながらブレスレットを凝視していた。
知鶴さんの時代でも、こういう洒落た物があったりしたんだなと、時代の共通点に再び興味を持った。
「あ〜思い出せないっ!いつだっけなぁ…」
癇癪を起こしたように机に伏せていると、捺美さんが注文した品々を持ってきていた。
「はい、DXチョコパフェにストロベリー・パフェ。と、ブラック二つね」
注文が来てからも、知鶴さんはDXチョコパフェを食べながら、僕のブレスレットを睨みつけていた。