竟笠
<竟笠>
「ここは?」
翔一は明名に尋ねた。明名は懐かしそうに辺りを眺めながら、問いに答えた。
「ここが竟笠。昔、横浜の海軍将校があったため、1番に被害を受けた所よ」
「でも、今はその面影もないみたいだな」
辺りを見ながら深空は言った。当時は塀斜もない程焼け野原になっていたが、今は見る影もなく、賑やかな商店街となっていた。
「ええ、当時に比べれば、随分戻って来たわね」今までにない喜びの笑顔で明名は言った。
「ところで、本当にこの街の何処かに、明名さん達の探している日記があるんですか?」
うたぐり深く聞いた翔一に、明名は面倒臭そうに答えた。
「何度も言っているでしょ?私が言うんだから間違いない」
自信ありげに明名は言い切った。対して翔一は何処からそんな自信が…と微かに呟いていた。
「で、肝心の日記は何処にあるんだ?」
なんやかんややっている二人を見ながら、深空は本題へ戻した。
「さぁ?」
明名から出た一言は、聞いていた二人には聞き取れなかったようだ。
「え?」
「今…なんて?」
深空が聞き返すと、明名は面倒そうに
「だから、解らないの。というか知らない」
投げやりな答え方に、深空は知らぬ間に怒りが込み上げてきた。
「どういうことだ?」
それでも冷静さを保ちながら聞く。
「今だから言うけど、あの場所を示しているのは、かつて私たちが生きていた頃の友人の住居。つまり、日記を所持している人間が現在も居るだろうとする手掛かり。ただしこれは、記されたのは60年も前だから、今現在生きてるかも解らないし、逆に日記自体が無くなっているかもしれない」
「それって…」
「今ここにあるのかも解らない…?」
明名は重いため息を一つつき
「そんな感じね…」
ここまで来て振り出しか…と同じく重いため息をついた深空であった。
「じゃあ…どうするんですか?」
沈黙の間を裂いたのは翔一だった。
「そうね…書庫のある場所で調べるか、はたまた自分たちの目で確かめるか…」
深空は明名の言葉に首を傾げた。
「自分たちの目で確かめるって?」
すると、明名は無言で深空の手を握ると、
「へ…?」
「翔一!あなたはここで大人しくしてるのよっ!?」
次の瞬間、深空は明名に引っ張られ走り出した。何もない。そう思った時、先に眩しい光が二人を射した。
「うわっ!」
翔一が一瞬目を瞑る。また開くと、二人の姿は無かった。
「………“飛んだ”のかな…」
二人が消えた後、翔一は羨ましそうに二人がいた先を見つめていた。
「先ほどの…貴公の友人か…?」
翔一の背後から、音の低い声が聞こえた。振り返ると、黒いコートを着た中年男が、そこに立っていた。
「え…あ…そうです…」
戸惑いながらも、翔一は答えた。
(誰なんだろう…この人達…)
その男の背後にも、数人黒いスーツを着た男達もいた。今、変なトコ見られたと 翔一は何故か内心顔を赤くした。
「そうか…」
そう呟き男は少し黙ると、今度はその顔に似合わない笑みを浮かべて再びその口を開いた。
「貴公には、しばしの間ご同行願いたい」
「え?」
いつの間にか翔一の背後にいた男二人に腕を掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
「……え?」
「申し訳ない。事が済めば、身柄は無事お返しいたそう。………連れて行け」
中年男がそう言うと、翔一は二人に引きずられながら連れて行かれた。
それに対し翔一は、未だ自分の身に何が起きたか理解出来ず、放心状態だった。