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縁の旅人  作者: ネギ田。
1/32

日常

「昂介は、将来の夢って、何かあるか?」



眼鏡をかけた赤髪の青年が、ふとそんなことを問いた。


「何だよ急に」

「いや…何となく…さ…」

「俺?俺は……」

「そういえば……聞いたことなかったよな。昂介の将来の夢」

「夢って……お前らはなんかあんのか?」



そういうと、三人は同時に口を閉じた。



「僕は……絵を書いてるから……やっぱり画家……みたいなのになりたいな……」



一番最初に口を開けた翔一は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。



「翔一らしいじゃん」

「そういう深空はどうなんだよ?」



不意をつかれた深空は、慌てて口を滑らせた。



「わっ、私か?」

「興味があるね、深空のは」

「あ、僕も」



みんな一斉に声を上げたので、深空は少したじろいた。



「お、お前ら……」

「で、深空の夢は?」



僕は手にマイクを持ったように、深空に突きつけた。深空は少し間を置いて、再び口を開いた。



「ほ……保育士………」

「え?」

「なんだって?」



一番近くにいた昂介は聞こえたハズなのに、あたかも聞き取れなかったように耳を傾けた。



「だ、だから……保育士!!!!」

「!!!!!?」



あまりに意外な夢を語った深空に、三人は笑いを隠せずにいた。



「み…深空が…」

「保育士……だって……」

「笑うな!!!!だから言うのヤだったんだ!!」



よほど恥ずかしかったのか、顔がゆでダコのように真っ赤になっていた。


すると、赤髪の青年はずれた眼鏡を掛け戻し、うつ向いていた。



「そっか……みんな……夢があるんだ……」

「そういえば……知佐人はどうなんだよ?将来の夢は」



知佐人は振り向き、微笑みながら口を開いた。



「そうだな……俺は……」



眼鏡を通して空を見ていた知佐人の目は、いつになく寂しそうな目をしていた……―――――――


普段通う学校。受けなきゃいけない講義。そんな毎日に僕は飽きれを感じていた。

もしかしたら、高校生までは、何か夢があったかもしれない。しかし、今はそんな夢もなく、ただただ繰り返される決まった人生に振り回されている事に最近気付いた。そんなのは嫌だ。確かに夢もなにも無いけれど、自分の人生は自分で決めたい。そうは思ってるけど…


――想い続ければ、願いはきっと叶うものよ――


4月18日


―花坂荘―


ブウウゥン。


「都築さん、場所はここでいいんですよね?」

「はい」

「じゃあ荷物も部屋の中に入れてしまいますので」

「ふぅ……」


親が大学から近いアパートがあるから来てみたけど……


「これじゃボロアパートだな」


不意にそんな言葉が出た。アパートの壁の色も微かに黒く、狭そうな団地にちょこんと建っていた。これでは誰もがボロアパートと言うだろう。しかし、ここに越してきたおかげで、大学までの時間が45分から15分とかなり短縮された。これはこれでありがたい。

でもよく見ると、ここから見る景色もそんなに悪いもんじゃないな……さてと。


「部屋に入ってみるか」


ガチャ。

思ったより部屋の広さは広く、六畳半+押し入れや流し台、それに風呂まで付いている。これで家賃が一万弱とは格安だ。

元々、ここの大家だった人が親の知人だったのが縁で、知り合いという事で、僕だけ特別安く家賃を払っている。

まぁ、家賃三万ならこれでも文句言えないな。


「んんー……」


大きく背伸びする。初めての一人暮らしは少し気が引けるな。

よし、運んだ荷物を出して、色々設置してみよう。


――――――


そして一時間が過ぎた。

とりあえず、置ける物は置いてみた。テレビの配線は簡単に終わったけど。


「パソコンのは、ちょっと無理だな。」


やっていく間に配線がぐちゃぐちゃになっちまった。う〜ん、僕って機械類は全然駄目だな。まぁいいや、今度翔一にやってもらうか。

ひとまず部屋の片付けは終わったから、周りを散歩でもしよう。

僕は部屋を出た。

すると隣の部屋からドアが開く。

出てきたのは髪の長い青年だった。どうやらこちらに気付いたようだ。


「おっ君か。新しく越してきたって人は」


青年はニヤニヤしながら挨拶する。

胡散臭そうな人だなぁ。


「あ、はじめまして。今日越してきた都築です」


「あ~そんなに俐まらなくていいよ。俺は室井健、宜しくな。あと、コイツはたつきだ」


すると、室井さんの足元から荒い鼻息が聞こえた。


「ワンワンッ」


そこにはまだ子供の柴犬がいた。僕と目が合うと僕の足に寄って来て臭いをかいでくる。

そして足にすりよってきた。

「ん?珍しいな」


「何がです?」


「いや、こいつさ、普段見知らぬ人には挨拶なしに吠えるんだ」


そうだったのか。


「だから、初対面の都築君にすぐなつくなんて」


村上さんは驚いた顔を見せた。僕はしゃがんでシンの頭を撫でる。

それに応える様にシンは頭で僕の手を擽ってくる。


「昔に、僕も同じ柴犬を飼ってたんですよ。もしかしたらその臭いが残ってるからかなぁ」


「もしかして君、犬臭い?」


室井さんはさっと鼻を抑える。


「そういう意味じゃないです」


室井さんにツッコミを入れる。


「ははっ冗談だよ」

「しっかし君手慣れてるなぁ…」


感心する目で見る。

すると室井さんが手を差しのべてきた。

僕はそれに応じた。


4月24日


7時50分の目覚ましアラームに起こされる。

んんー…

大きな背伸びをする。身体中のあちこちが痛い。昨夜に夢の中でドタンバタンと聞こえていたのはベッドから落ちた音だったのか。

そういえばベッドに上がるような動作をやっていたかもしれない…。

相変わらず僕って寝相悪いなぁ…自覚してるけど。

昨日コンビニで買ってきたパンをかじりながらテレビを見る。

その後顔を洗い、素早く着替える。

再び時計を見ると8時20分。

大学の講義は9時からだが、早く行く事に損は無いだろう。

アパートの駐輪場に停めてあるママチャリにまたがり、大学に向けて自転車をこぎ始める。

坂を自転車で降るのはなんとも爽快な感じだった。

しかも朝なのでそれ程交通量も少ないため、気楽に走れる。

これなら予定より早く来れるな。

やがて大学の校門の近くまで来た。

自転車を停めるのが面倒だったのでそのまま通る事にする。

しかし、あまりに勢いがつきすぎて


「うおおおっ!?」

ガッシャーン!!!!


見事段差に上がれずころげた。

頭より自転車の前輪が前に出ていたので頭突きをせずに済んだが、どうもその振動で腰に痛みが響いた。サドルから落ちて、校庭のアスファルトに落とされた。


「ったたた…」


しかし、あれだけの勢いでぶつかったのにかすり傷一つもなかったのは不幸中の幸いである。今だ腰が痺れるが…。


「朝から随分ハデな登場の仕方だな。昂介」

目の前にショートカットで緑色のシャツの上にカーディガンを着た女性が立っていた。


「や、やあ、おはよう。深空」


辿堂深空は僕の昔からの幼馴染みで、同じ大学二年生だ。

学部は違うが、去年同じサークルだったのでよく会うのだ。

女性としては、容姿もスタイルも抜群なのだが、口調まではそうはいかないらしい。


「一体どこから見てたんだ?」

「自転車で猛スピードでの校内侵入から段差を乗り上げようとして転げ落ちたトコまで」

「要するに全部見てたって事か」

「全く…これじゃ、秀才ときいて呆れるよ」

「そんな事言ってないで、手ぐらい貸してくれてもいいだろ?」

「そっ、そんな事言われなくても、今貸すところだった!」


ムキになっちゃって…素直じゃないなぁ…まぁ、そんなところが彼女の可愛い所なんだが、流石に僕は好きになれない。何年も一緒だったから彼女は友達、という存在が定着してしまって、そんな事は当たり前になっていた。


「で、手は貸すのか?」

「ん?貸してくれるのか?」

「嫌ならいいんだが…」

「あー分かったお願いだ貸してくれ!」

「ったく…」


渋々差し出す彼女の手を借りて、ようやく腰を上げた。


「朝から事故るなんて、ついてないなー」

「段差に引っ掛かって勢い良く倒れたのに、怪我を一つもしてないのはついてると思うけど」

「何言ってんだ。お陰でこのお気に入りのジーンズが汚れちまったじゃねーか!」


僕の愚痴は無視して、


「ところで昂介、お前引越し、終わったのか?」

「ああ。つい今朝終わったんだ。アパートってのもそんなに悪いもんじゃないな。結構広い上にシャワーがついて家賃が三万だぜ!?」

「それはそこの大家とお前の親と知り合いだから安くなったんだろ?」

「う……」

「まぁとりあえずは安心したよ。昂介の事だから、間違って他のアパートに越しちゃったんじゃないかと気になっていたんだ」

「なんでだよ」

「ふふっ、冗談だ」


キーンコーンカーンコーン

最初の講義15分前のチャイムが鳴る。


「おっ、そろそろ始まる!じゃあまた後でな!」


そう言って走りながら深空に手を振る。

それに応えて降り返す深空。


「さて、そろそろ私も行くかな」

―教室―



「…であるからにして…この場合は…」

「はぁ…」


かったりぃ…毎日毎日同じ科目の授業を受けて、毎度同じ講師の話を聞いて…もう…飽きたな。

実は自慢ではないが、去年の時点でもうほとんど大学の学習範囲は、頭の中に入っているのだ。大学も高校と同じで義務教育じゃないので、今更通う意味は無いのだが…まぁ理由も色々とあるわけで…


「それではここを…都築、前に出て答えを」

急に指名が来た。やべっ、全然聞いてなかった。まぁ黒板を見て考えるか…。


「え……と」


黒板に書き綴っていく問題の答え。ただここで難点なのは、問題の答えが長いため、何度も手を休めなければならない。それが唯一の問題である。講師は毎回この光景を見ているので、見慣れてしまったのか、真剣な眼差しで僕を見る。

二分して…


「できました」


チョークをカタンと置き席に戻る。

何故か答えを書いただけなのに皆愕然としている。


「うん、完璧な答えだ。流石だな」


講師に誉められ皆が拍手をする。

普通なら嬉しいのだが、もうウンザリしていた。

席に戻ると不意にため息が出た。


「ふぅ…」

「凄いね昂介は、僕全然解らなかったのに…」

「ん、そうか?」


隣で声をかけてきたのは高校で知り合った男子。名は坂本翔一。見た目は妙になよっていてよく女の子に間違えられる程美少年?である。言動も少し弱いが芯は強い。


「だって、さっきから昂介、ずっと寝てたのに分かっちゃうなんて」

「あの問題の公式って、前にやったのと同じやつだったろ?」


翔一はキョトンとしている。


「そうだっけ?」

「結構最近にやったと思うけど」

「やっぱり凄いね昂介は、流石秀才だね」

「お前、毎回同じ事言ってんな…」


―食堂―


昼の講義が終わり昼飯をとるため、翔一と一緒に食堂に出向いていた。今日は皆弁当など持ってきているのか、あまり人気がなかった。

しかしその中に一人学食をすする女性がいた。


「よぅ、深空」

「深空ちゃん、またカレーランチ食べてるの?」


深空が食していたのは深空の定番、カレーランチ。しかも通常より辛さが三倍増していて、今や、これは深空専用の学食となっている。


「毎回同じの食べてねーで、たまには気分を変えてDランチでも食べたらどうだ?」ぶっ!!


深空が口からカレーを吹き出した。


「ばっ、ばか言うな!!殺す気か!?」


Dランチとは、

「dieランチ」の略で、毎月付けられる学校内の学食旨くないランキングで毎回ダントツ一位をとっている異例の料理である。

その味も食べてみれば分かるが(無理だと思うが…)まさに殺人料理ともいえる程恐ろしい不味さだ。

実際に食べた人間はまだ数人だが、確実にその人間は数日間腹を壊してたか、病院送りになっている。さらに謎なのは、どうしてあんなに不味いものが、まだメニューに残っているって事だ。噂では、食った数人の中に腹を壊したというのにもう一度食べたいという危篤のヤツがいるので、今だ学校に存在しているらしい…。

一体どんなおぞましい料理かはまだ僕も見たことがない。見てみたい気持ちもあるが、そんな事のために自分の命を危うくしたくないのだ。


「なんだよ、根性無いなぁ」

「じゃあ、昂介は何を食べるんだ?」

「んなの決まってるだろ」

「えっ?」


二人は声をハモらせ、昂介は食券を買いに出向いた。


〜fin〜


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