幼馴染
「へぇー、これが私の部屋かぁー」
奏は部屋を見渡す。
クローゼット、ベッド、風呂、トイレ、机にソファ——。
基調はモノトーンで、あっさりとした部屋だ。
ここで軽く紹介をしよう。
彼女の名は御剣 奏。電子製薬という、各々にデータ処理された薬品を作り上げるシステムを駆使した『御剣製薬』のご令嬢だ。
温和な父に、しっかり者の母、知的な兄に囲まれた世間一般的にいう、裕福な家庭で育った。
蝋人形の様に整えられた顔立ちに、スレンダーな体型、美しく長い茶色い髪を流して歩く様はお嬢様そのものだ。
千寿の様に言うならば、『見た目』は完璧な美少女だ。
ん?何故『見た目』を強調するかって?
簡単なこと、見ていればわかる。
「まずはシャワーね」
奏は服を脱ぎ散らかすと、下着姿でウロウロと歩き回る。
「シュシュとかないのかな?」
メニューを開く。しかし、買ってもいないアイテムは見当たらない。
「んー、不便だなぁー。ま、いっか」
バスルームに入っていく。
20分後——。
「はぁー、さっぱりした」
頭にタオルを巻いたまま、ベッドに飛び込む。
勿論、何も身に着けてなどいない。
この状況を見ていただいてわかる通り、ズボラというか、だらしない奴なんです。
男勝りだし、がさつだし……
「んー、臨と遊ぶのって懐かしいなー」
仰向けに寝転がる。大の字に。
もう一度言う、何も身に着けてはいない。
「『あの時』以来……もう3年も経つのかぁ」
奏は遠い目で天井を見る。
『あの時』……まだ気にしてるのか。
では、語らせてもらおう。
3年前の夏の出来事を——。
中学にあがると共に、奏のじゃじゃ馬っぷりは拍車がかかった。
小学生高学年にあがる頃に頭角を見せ始めた悪ガキは、男子よりもスポーツ万能で、力も強く、気も強く、喧嘩っぱやかった。
中学にあがっても胸は成長せず、痩せっぽちなその体型から、揶揄われる度に喧嘩をしていた。
ここで喧嘩がどのくらいの暴れ様かと説明する例を一つ。
近隣の小学校3つが集まる中学校に、噂のガキ大将が入学してきた。
入学式で、奏の事を見るなり……
「お前男のくせに女みたいな顔してるな」
よく見てくれよ、スカート履いてるよね?
バカなの?目が悪いの?言葉を選びなよ。
とか、考えてるうちに……
「絶対許さねぇからなーっ!」
ガキ大将は腫れあがった顔を押さえながら、走っていった。
ここで終われば、奏も、僕も消えない傷を背負うことはなかっただろう。
一週間も経たない内にそれは始まった。
下駄箱にゴミ、机に落書き、刻まれた体操服、行方不明の教材……
『いじめ』ってやつだ。
だが、奏は弱音一つ吐かなかった。
1ヶ月後、俺は見てしまったんだ。
部屋で舞う布や羽毛の残骸を——。
俺の部屋と奏の部屋は同じ2階、窓同士が5m位の距離で、その日俺は電気を消してゴロゴロしていた。
布が切り裂かれる音、ドタドタと聞こえる音、そっと覗くとその光景が見えた。
泣いていた。理由はそれだけで充分だった。
限界だったとか、よく耐えたとか、そんな大人の評価なんてどうでもいい。
奏を泣かせた。それだけで翌日の俺の行動は説明できた。
翌日、奏が登校すると——。
ガキ大将と取り巻き5人がズタボロになって転がっていた。
文字通り、もはや喧嘩に負けた等と言えない重傷だ。
奏は鞄を落とし、両手で口元を押さえ、泣きながら崩れた。
そんな奏に俺は手を伸ばし、頭を撫でて手を取り、髪止めを渡した。
その後は正直あまり覚えていない。
ただ、その事件の後から避けられ、疎まれ、親にまでも世間的にダメージを与えた事からだろう、俺の髪は真っ白に染まった。
奏も大人しくなり、スポーツも出来ないフリしたり、お嬢様の様に振るまった。
いつしか、幼馴染は学校1の人気者、俺は学校1の疎まれ者となった。
奏は俺に近づこうとしたが、避けてきた。
その中で出会ったのが千寿なんだけど、その話は別の機会に。
まぁ、疎遠になったきっかけがこの事件だったって事——。
「まだ……許してもらえないかな……?」
奏はメッセージを開く。
To:臨
まだ起きてる?
よかったら部屋に来ない?
少し話があるんだけど__
そこまで打つと、バックスペースを押し続け、打ち直す。
To:臨
まだ起きてる?
起きてるならもっとゲームのこと教えてよ!
部屋で待ってるから来てね!
あ、変な期待はしないように!
苦笑いしながら送信すると、髪を乾かし、着替えた。
髪をハーフアップにしようと髪止めを探すが、この世界には存在しない。
少し悲しそうに俯くと、頬を叩き、伸びをする。
扉を叩く音がする。
「はぁーい、どーぞ」
奏は笑顔で出迎える。