氷の魔女
氷の魔女——。
エリュシオンの3人のうち一人、彼女はそう呼ばれている。
ヴァルハラ系統の氷の能力、中でも品質、スキルのレベルは最上級ではないかと言われている。
身長は150cm程、黒髪、白い肌、翡翠の様な美しい瞳。
情報が出回っているのは以上だ。
ビルから千寿が出てくる。
「うわっ、なんだこれ!誰がやったんだ?」
千寿の目線が臨と奏の先に向く。
「も、もしかして……氷の魔女?」
女はじっと奏を見つめていたが、視線を一瞬だけ千寿に移した。
「私の名前は纏です。その呼ばれ方は好ましくありません」
「ご、ごめんなさい!あと、助けてくれて、ありがとうございます!」
「見ろ、千寿が礼儀正しい。珍しい」
「いやいや、私たちもお礼を言おうよ」
奏は後ろにいる臨に小声で話した。
「あの、助けてくださってありがとうございます。」
「・・・」
「私は御剣 奏、こっちは尾張 臨、そっちの眼帯が伊万里 千寿です」
「・・・」
「あの……」
「・・・」
「もしかして私、嫌われてる?」
「初対面でそれはないだろ」
纏は黙って奏を見つめている。
「あ、あの、どうして俺達を助けてくれたんですか?」
「通りすがりです。任務の途中で急ぎますので、これで失礼します」
「え、あの」
「では」
纏は背を向け歩き出す。
「いつか、必ず恩は返します!その時まで俺の、千寿と言う名前を忘れないでください!」
纏は立ち止まり、背を向けたまま応える。
「千寿さん……では、いつか力になってもらえることを期待しております」
そう言い終わると、ビルの壁を蹴りあがり空へと消えていった。
「は、はい!」
「ねぇ、伊万里君ってあーゆーのが好みなの?」
「さぁ?千寿とそういう話したことないし」
「さ、帰ろうぜ」
千寿は満面の笑みで言った。
午後11時——。
換金を終えた三人は再びカフェに入る。
「これ……本当に貰っていいの?」
「あぁ、取り分だ」
「まぁ、今回は少ないな」
奏は目の前に置かれた60万円を、眺めながら固まっている。
「で、ギルド申請書は貰ったのか?」
「今書いてるこれがそうだよ」
臨は紙に記入を続けている。
「ギルド?」
奏が臨の右肩に顎を乗せながら覗き込む。
ギルド【戦闘組織組合】申請書 ギルド名_________________
申請書に不備なく記入をし、設立資金と共に提出すること。
1・構成
尾張 臨【ギルドマスター】
伊万里 千寿
御剣 奏
2・拠点設定
■地下施設 □ビル □要塞 □城
3・設備
□格納庫 ■個室 □商店 □ワープゲート
4・共有
■倉庫 □資金 □功績 □メッセージ
5・設置地点
アルカディアサイド
日本エリア
A-186 廃墟ビル地下
「難しい」
「そうか?」
「なんで地下施設なの?」
「余り目立つ物を少ない人数で守るのは利己的ではないし、廃ビルの下なら瓦礫で隠せる」
「じゃあ設備は?」
「奏もいるし、個室あったほうがいいだろ?」
「ありがとー」
「いいえ」
「個室だと何があるの?」
「部屋、クローゼット、風呂とか?家具も買えるぞ?」
「え、ここで暮らせちゃうじゃない」
「そういう人もいる。国からの仕事でやってる人、賞金稼ぎ、情報屋、常駐しないとやってけない人は多いぞ?」
「すごいゲームだね」
「ところで……締まらない顔で千寿は何を見てるんだ?」
千寿は手のひらサイズのモニターをずっと眺めている。
「纏さんの記事だよ」
「伊万里君ってあーゆー人が好きなの?」
「綺麗なお姉さんは好きだ」
「魔女は同学年だろ?」
「そうなのか?」
臨は手を止める。
「確かリアルの雑誌記事に書いてあった気がする」
「へー、さっすが日本エリアのランカーだなー」
「ランカーって何?」
「ランキングだよ。日本エリアの中で上位100人はランキングに表示されるんだ」
「へー、凄いの?それって」
「殺した人数が軽く500人は超えてるってことだ」
「殺人鬼クラスだね」
「いやいや、御剣さん?もはや映画の化け物と同等だよ?まぁ……見た目はファンタジーのお姫様みたいだったけどな」
二人は千寿を冷ややかな目で見つめた。
「と、ところでさ、ギルド名はどうするんだ?」
「もう決めてある」
「何?」
「『アストラル』だ」
「意味は?」
「秘密だ」
「臨ってなんていうか」
「御剣さん、気にしないでおこう」
「はいはい、中二って言いたいんですね」
一時間後——。
3人が総合受付から出てくる。
臨はスーツに黒のロングコートを羽織り、千寿は黒のグローブ、奏は燕尾服の様な洒落っ気のあるスーツだ。
「ねぇ、私女の子なんだけど」
「ギルド正装だ。戦場に出れば自動で着替えられる」
「ま、俺はあんまり変わらないが」
「さ、拠点に行こう」
3人はメニューを呼び出すと、新たに追加されたギルドをクリックし、入場を押した。
体を下から上に、青い数字の羅列がなぞり、転送される。
目の前には綺麗な白いソファー、黒い机、豪華な扉が見える。
「なんか……事務所みたいだな」
「それはいうな」
「あの扉は?」
「個室へ行く扉だ」
「私見てくるー」
奏は扉の奥に消え、二人は向かい合ってソファーに腰かける。
「しっかし、一時はどうなるかと思ったが、案外トントン拍子だな」
「俺の台詞だ。スキルがないとかナイトメアモードかよ」
「それでも戦えてるじゃないか、先生」
臨は白い髪をワシャワシャと触る。
「この際だから言っておく。ゲームに関しては俺は最強だ。パズルだろうが、ボードだろうが、FPS、RPG、格闘ゲームもだ」
「そうだな」
「今俺はキャラクターとしてではなく、初期設定高めの駒を操るプレイヤーだ」
「確かに」
「簡単に例えるなら、FPSの世界にプレイヤーが放り込まれたらどうなる?」
「うーん、普通に死ぬな」
「つまりだ、個人戦闘になると最弱……いや、無力なんだ」
「指示出せて、スナイプ出来てるからいいだろ」
「接近戦は無力だろ?」
「まぁ、そうだけど」
「とんでもないよな……最強になるつもりで来たのに」
千寿がソファーに寝転ぶ。
「でも、楽しんでるんじゃないか?」
臨も軽く笑うと寝転んだ。
「まぁな。初めは絶望したよ……焼肉食べに言ったら肉がないって言われたのと一緒だからな」
「なんだよそれ」
「でも、これが俺に架された電脳世界の神様からのペナルティなら納得できる」
「ん?」
「ハンデくらいくれてやるってことさ」
「ほんと、前向きだよなー」
「お前もな」
臨は立ち上がると扉へ向かう。
「俺は今日こっちに泊まるけど、千寿は?」
「なら俺もそうするかな、明日は土曜だし」
「そうか、何かあったら呼んでくれ」
「あぁ、おやすみ、相棒」
「あぁ」
臨が扉の向こうに消えると、千寿はメッセージを開く。
To:●●●
潜入に成功した。こっちは順調だ。
そちらも上手くいくことを願う。
くれぐれも正体を明かすなよ?
こうして、自称プロゲーマーの『最弱』としての『最強』への、長い旅路の幕はあがった。