3人目
初陣を終えた後、朝方まで戦争に明け暮れた俺達は、歯を食いしばりながら昼休みを迎えた。
「ねむーい」
「千寿、だらしないぞ?」
「そういう臨だってくまが……」
「あー、本当だー」
臨は携帯のカメラで確認をする。
すると、机に向かい合う二人の傍に一人の少女が立つ。
「二人ともどうしたの?顔……ひどいよ?」
長い茶髪を耳に掛け困ったような顔で少女は問う。
「あぁ……誰かと思えば臨、彼女が来たぞ?」
「誰が彼女ですか」
「そうだぞ、千寿。奏は俺みたいなオタクを相手しない。『見た目』は美少女なんだから」
「あぁ、『見た目』だけはな」
ピクッと綺麗な顔が強張り、二人の耳をつまみ上げる。
「ありがとう。でも、何か引っかかるなー」
『いたたたたた』
彼女の名は、御剣 奏。
高校1年生とは思えぬ大人っぽさと、落ち着きを見せて外面は美少女そのものだ。
しかし、幼馴染の臨が言うには、中学にあがる迄は相当なじゃじゃ馬だったらしく。
千寿と臨には強気で接している。
ハーフアップにしている花の髪止めは、臨から貰った物らしい。
「で、今度は何にはまっているの?お二人さん」
「戦争」
「はい?」
「千寿の言葉はあってるよ。正しくは戦争ゲーム」
「まさかアールヴヘイムって所でやってる奴?」
「せいかーい」
「臨?危ないからやめなよ」
「そんなに心配するな。只のゲームだ」
「当たったら痛いらしいけど」
「普通に死ぬらしいけど」
奏の顔が心配から怒りへ変わってゆく。
「伊万里君?臨に何かあったら……」
「御剣さん、俺は共犯であって主犯じゃないぜ?」
「そうだよ奏、俺が主犯で上官だ」
「上官?」
「そう、臨は後方で指示出してるだけ」
「たまに狙撃はするけど。部下が不甲斐ないから」
「悪い」
「気にするな、いつものことだ」
奏はため息をつく。
「わかったわ。じゃあ私もやる」
「え、あの、御剣さん?」
「危なくないならいいでしょ?睡眠不足にならないように終了時間も私が決めます」
「出たよ、奏の悪い癖」
「何か言った?」
「なんでもないです、ごめんなさい」
奏は臨の面倒をずっと見ている。
食事が偏れば弁当を作り、睡眠不足になればゲームを取り上げ、朝も家まで起こしに来る。
気づけば入学から3ヶ月で学年公認の夫婦扱いされていた。
本人達は否定しているが、奏に至ってはまんざらでもない様子だ。
「奏、参加するには最低でも半年はかかるぞ?」
「え!?じゃあ臨も半年待ったの?」
「いや、千寿に特別チケット貰った」
奏が千寿を睨みつけた後、満面の笑みを見せる。
「伊万里君……?よかったら私にもくれないかな?」
「最初の表情がなければあげてたかも」
「ん?」
「いや、あの、もう余りがなくてですね。これが最後の2枚で」
千寿が胸元からカードを取り出す。
「あ」
「へ?」
「それと同じ物が家にあった気がする」
「まさか……」
「いや、ありえる。御剣製薬のご令嬢なんだ、お兄さんがゲーム好きだったよな?」
「うん、お兄ちゃんの部屋に置いてあったけど、数字の所に黒いテープが張ってあったよ?」
「未使用だな、それ。こっちは臨に渡す前に俺が剥がした」
「てことは?」
千寿と臨がゆっくり奏を見る
「宜しくね、先輩」
美少女(仮)はあざとく満面の笑みを見せた。
その後、簡単なシステムの説明で昼休みは終わり、男子2名は肩を落としながら授業を受け……
放課後、三人は帰路につく。
「じゃあ、後でな」
「あぁ」
「気を付けてね」
千寿は横断歩道を渡っていった。
よほど説明に疲れたのか、どっかのロボットの様に前のめりに歩いて行った。
「で、理解できたか?」
「うん、後はやってみないとわかんないかな」
「奏は体で覚えるタイプだしな」
「さっすがー、よくわかってる」
「付き合い長いからな」
暫し、沈黙が流れる。
奏は少し寂しそうな顔をして、また笑う
「そういえば二人で帰るの久しぶりだね」
「家が隣なのに何故か……な」
「私のこと避けてる?」
「そんなことはない。ただ……」
「ただ?」
「ゲームが俺を待っているから」
「そう、俺はプロのゲーマーだから!でしょ?」
「あ、あぁ、その通りだ」
奏は機嫌良さそうに笑う。
「やっぱり臨は『あの日』から変わってない」
「何か言ったか?」
「べっつにー、また一緒に遊べるんだね」
「……もう無茶はするなよ?」
「また……守ってくれるんでしょ?」
奏は臨の前に立ちふさがり、上目遣いで問う。
「まぁ……部下を守るのが上官の役目だからな」
ふふっと笑うと奏は走っていく。
「また後でね!」
「あぁ」
家の前を通り過ぎると、ひょっこり奏が顔を出す。
「ご飯ちゃんと食べなよ?」
「はいはい」
手をヒラヒラさせながら、少しはにかみ、家の扉を開けた。
午後7時——
エントランスのゲート前に千寿と臨は集まった。
ここは、初心者がゲーム開始時に出てくるゲートだ。
2回目以降のログインでは、ギルド本拠地か、集会所と呼ばれるこのエントランスに設置された10個のどれかから出てくる。
「臨……御剣さんってゲーム出来るのか?」
「出来ない」
「どうすんだよ……」
千寿は頭を抱える。
「ゲームならお荷物かもな」
「え?」
「この戦争はゲームであり、ゲームじゃない。身体能力も加味されるだろ?」
「それなら尚更、あの華奢な体じゃ」
「奏は実はスポーツ万能なんだよ」
「え、初耳なんだけど」
「小学生の頃なんて男子に混じってサッカーしてたぞ」
「まさか」
「ちなみに殴り合いもしてた」
「まさか」
「俺より喧嘩強かった」
「まさか……」
「おまたせー」
奏が笑顔で手を振りながら歩いてくる。
「待ってなんかいませんよ、御剣さん」
「え、伊万里君どうしたの?」
「気にするな、千寿の最大限の敬意だ」
エントランスのカフェで3人はお茶をする。
「凄いねー、これが現実じゃないなんて」
「だろ?しかし、その恰好だと御剣さんも美少女型無しだね」
「可愛い服がよかったなー」
「臨に買って貰えば?」
「え!?いいの!?」
「そんな金はない」
「えー」
「いやいや、あるでしょ。昨日いくら稼いだと思ってるの?」
「総額800万だね」
「え!?それ危ないお金じゃないよね!?」
「あの、御剣さん?これ人を殺すゲームだからね?」
「そっか、そうだよね……」
奏は少し俯く。
「血は出るし、痛いし、死ぬし、首が転がってたり、手足が千切れて転がってたりするけど、これはゲームで本当に死ぬわけでも、殺すわけでもないから心配するな」
「えー、励ましてくれるのは嬉しいけど、もう少しオブラートに包んで欲しかったな」
「でも、俺もそう思う。何より、人が簡単に死ぬから命の重みが解るっていうか……」
「千寿は惜しい所まできてるね。戦争が無くなったのはそういう理由もある。殺戮を楽しんでいた奴が殺され、て最後に思ったんだって、死にたくないって」
「んー、ゲームなのに深いね」
「ゲームは常に深く、人生さえも突き動かすものだ」
そこから臨のゲームへの愛情のが語られながらも、奏は千寿から説明を受ける。
「で、このカードが隠し要素の特殊スキルだ」
「おい、あんまり目立つ場所で出すなよ」
「へぇー、これって珍しい物だったんだ」
奏は手のひらに黒いカードを浮かべる
「へ?」
「御剣さん……それって」
「私のアイテムにあったよ?」
「え、あの、ちょ」
「まさか御剣さんも……これはひょっとすると」
「奏!見せてくれ!」
臨は金色に縁取られた黒いカードを見ると、剣の絵柄に、
『ATHENA』
と刻まれていた。
「臨!俺達、すごいギルドを……」
「何故、俺だけ……」
「え?臨?」
臨の小さな呟きは、群衆の歓声にかき消されたのだった。