プロローグ
都市戦争——
何処にでもありそうな言葉であり、物騒な言葉だ。
流行じみた体感型ネットワークゲームや、アプリ、実際の戦争でも使われる言葉だ。
それが今、世界の中心の海上にある都市『アールヴヘイム』で起きているのだ。
この海上都市は2075年に開発された精神投影システムにより、作り出された仮想都市である。
精神投影システムとは、医療分野にて心身療法等に用いられていたのだが、それに目を付けた新進気鋭のプログラマーがゲームに持ち込んだのが、海上都市の始まりとなった。
「ヴァーチャルの世界に身を投じるのなら、ヴァーチャルになって帰ってくるのも夢があるよね」
当時の雑誌インタビューでプログラマーが語っていた台詞だが、今考えても意味が解らない。
アールヴヘイムの外観は大きなドーム状に見えるが、実際は球状になっており、地下空間までも用意されている。
これで中身は空っぽだというから、海に浮く意味も理解は出来る。
しかし、空っぽなはずなのに半分で仕切られた空間には巨大な都市と、自然豊かな国が見える。
これがアールヴヘイムの凄いところである。
「ホログラムにて映し出された世界は、まるでそこにあるようで興奮さえ覚えた」
これは20年後に某国の頂点に君臨する人が言った台詞だ。
おかげでアールヴヘイムの周辺には今日も見物客が船で押し寄せている。
出店ならぬ商売船まで徘徊する始末。
手に汗握る戦争を観戦する人々は国境を越え、いつしか世界基準となり、実際の戦争を目にする機会が無くなったほどだ。
何故なら、全てをアールヴヘイム内で決めることが可能になったからだ。
そして更に5年後、遂に国の代表を都市戦争で、世界の王を都市戦争で決めることになった。
つまり、この戦争の勝者は世界を牽引する権力を与えられる。
ルールは簡単、アールヴヘイムに入場すると人は『イコール』という神の血が流れる神人となる。
神人には投影者に見合った力が与えられる。
手から火が出せたり、水を操れる魔法を使役する『ヴァルハラ』。武器や兵器を使う『アルカディア』。
それぞれ得意とするフィールドで戦っている。
戦い方も様々で、一匹狼や、ギルドという徒党を組む者、国家を作ろうとする者、騙し、騙され、現実より現実みたいになっている。
そして、ゲームだがゲームのようにHPやMPと言った概念も存在しない。
普通に死ぬ——
これは参加者のコメント。死ぬと『ダナケー』というコインとなり、これを一番集めた者が勝者となる。
システムで制限されているとはいえ、痛みや感覚もある為、参加者には覚悟も必要となっている。
リアルなヴァーチャルを求める人々に与えられた現実。
いつしか人々はこの都市戦争を『神々の系譜』と呼び始めた。
理由は簡単、このゲームには隠し要素がある。
『才能』という言葉が適用される。大きな火を操れる人だったり、ビルを丸ごと投げれる人といった様に、見合った力が発現される中、神の代行者ともいえるような力を発揮できる者が現れる。
その手に浮かぶ神の名を刻んだ黒いカードを持つ人々を神人達は神と呼び始めた。
『神がいないこの世界、そして僕達は神になった。』
ヴァルハラサイド日本エリア、森に囲まれた洋館の一室
貴族の屋敷を思わせるような絵画、壺、気品のあるソファーを両側に構えた大理石の机。
それに向かうように置かれた執務用の机を背にして、少年は窓の外を見る。
黒紫のローブに赤く刺繍で紋様が施され、綺麗な黒い髪が映えて見えるほど品性を感じる。
端正な顔立ちの少年は、鋭い眼光で赤い瞳を動かした。
「突っ立っていないで入りなよ?」
扉の音と共に赤髪の男が入ってくる。
「気づいてました?」
「当たり前だ。僕を誰だと思っているんだい?」
「流石、王の器を持つレア様は違いますね」
「火城、僕をからかっているのかい?」
二人は顔を見合わせながらソファに腰かける。
「で、進捗は?」
「睨み合いが続いていますね。暫く動きはないかと……」
火城は黒いグローブをはめた手を組み俯く。
暫くの沈黙が続き、静寂を切り裂くように黒い髪を靡かせながら、少女が入ってくる。
「均衡が崩れたそうですが、どうなさいますか?動きますか?」
「遅くないかい?レア様が呼んでいる時くらい急いで来たらどうだい?」
「火城、纏は偵察していたんだ。仕方がないだろ?まぁ、座りなよ」
纏は火城の隣に少し距離をとり腰かける。
「戦況は?」
「五分といったところでしょうか……お互いに神を有していないようですし」
「そうか……火城、君なら一人でどれだけいける?」
「そうですね、片方のチームを潰すくらいならできます」
「となれば、残りは10人だが……纏、いける?」
「レア様が望むのであれば」
「決まりだ」
レアは立ち上がり、二人に手を伸ばす
「待ちわびた僕達のデビュー戦だ。派手にいこうじゃないか!ここから僕達のギルド『エリュシオン』は栄光の道を辿る」
『はいっ』
二人は手を取り立ち上がる。
部屋を出て、赤い絨毯が敷かれた長い廊下を歩いてゆく
時折後ろで火城と纏が言い争いをしている。
仲間と言うものは悪くない。
そう思いながらレアは大きな扉を開けると戦場へと駆けて行った
これは『今』より三か月前のお話……