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ボツ&番外編たち  作者: 佐伯琥珀
連載作品の番外編たち
9/23

山下緋紗子・本編後の番外編2

皆大学生になってからの話。

緋紗子さん視点。

「何でモデルはじめたかって? 彼女と同棲するお金欲しかったから」


 しれっとそう言う翔に私は頭を抱える。

 翔の取材にあたっていた私の大学のフリーペーパーを作ってるやらなんちゃら言っている意識高い集団は、翔のその言葉に苦笑した。

 


 私の通っている大学は、この()の中でも三本の指に入るくらいの超エリート国公立大学。一方翔は、一芸入試でそこそこの私立に入学した。


 翔は頭が悪いしどうせ良い大学なんていけないわ、お前にはFランがお似合いよ!なんて心の中で思っていたのに。

 翔は高校二年の時にスカウトされた。そこから「小遣い稼ぎ」という本当に殴ってやりたくなるような理由でモデル活動を開始。相変わらずのシンデレラボーイっぷりで一気にトップモデルまで上り詰めた。


 そのお陰で、そこそこ有名な大学にも一芸入試で入学できた。

 エミカお嬢様は国公立の大学に決まっていた為少々不満だったようだが、脳みそスポンジ(吸収力は0)な翔の分際で文句なんて言えるもんじゃないだろ。と私は思ったもんだ。




「山下さん、羨ましいわぁ。こんな素敵な弟さんが居るなんて」


 この取材の為に借りた小さな教室には、私と翔と、大学のフリーペーパーを作ってるらしい意識高い集団が。よくわからんゆるふわ女子から、清楚系イケメン、写真撮る事に命かけてそうなやつなどなどとりあえず個性豊かだ。



 どこから嗅ぎ付けたのか知らないが、「私の弟が山下翔である」という事を知ったこの謎のフリーペーパー集団は私に「弟さんの取材をしたい」と申し込んできたのだ。

 就職の時のためか、それとも単なる趣味なのかはよく分からないが彼らからすれば、芸能界に片足突っ込んでいる人間が身近に居るなんて、最高に記事にしたい内容なんだろう。

 

 私としては非常に面倒だったが「山下さんに学食券三万円分あげるから」という言葉にあっさり弟を身売りした。

 翔は断わるだろう、と思っていたけれどメールを送った次の日にすんなり承諾のメールが来た。ちょっと怖い。




 翔は、翔の言葉を熱心にノートパソコンに打ち込んでいる彼らをぼんやり見た後に、机の上に置いてあった彼らが作っているフリーペーパーをぱらと開いていた。



「へー凄いね、学生だけでこんなの作れるんだ」


 やめろぉ!

 私の心の言葉が翔に届く訳もなく、私の予想通り彼らは「このフリーペーパーを作ってる目的」やら「俺たちのめざしているもの」やら耳を塞ぎたくなるような意識高い系大学生のテンプレワードをペラペラと話し始める。

 翔はこういうのが大嫌いなので「うるさ」とか言うと思っていたのに、案外真面目にその話を聞いた後に「凄いね、尊敬する」と言った。



「いえいえ、私達の活動なんて……山下さんの方が凄いじゃないですか。本当に取材を受けていけたなんて奇跡だと思ってるくらいなんで……」


 私は一体いつまでこのフリーペーパー集団の山下翔ageに付き合えばいいのだ。

 そんな風にため息をついた時、翔が口を開く。



「緋紗子からメール来た時は、普通に断ろうと思ったんだけど、なんかここに俺の彼女の友達居るらしくて」


 エミカお嬢様の友達?と首を傾げる。

 この意識高い集団の中には私と同じ高校出身の人は居ないと思うのだけど。私がおもいっきり顔を歪めたのを見てか、翔がまた口を開く。



「なんか、予備校でできた友達でー……とか言ってたんだけど。やば、友達できたとかあの人の妄想だったのかも……」

「エミカお嬢様のお友達?」


 私がエミカお嬢様、と言った時私の近くに居たゆるふわ系女子が「あー!」と声をあげた。



「も、もしかしてエミちゃんの事ですか?」

「そう、朝比奈エミカ!」

「私、予備校の時エミちゃんと隣の席だったんです! エミちゃん、お迎えとか全部黒塗りの車だったし超お金持ちだと思ってたけど、山下さんと付き合ってたなんて……」


 良かった、妄想じゃなくて。と翔が笑いながら小さく呟いた。











 大学の喫煙所にあたるベンチに翔は座っている。

 吐かれる白い息に嫌悪感を感じて、タバコを吸う事によって引き起こされるデメリットをつらつらと述べていると翔はかなりイヤそうな顔して「うざい」と呟いた。



「うざいって何よ!」

「あーもう緋紗子の説教がウザくて山下家出たのに……」


 翔はまた煙を吐く。

 副流煙にむすっとしていると、翔は灰皿にぎゅっとタバコを押し付けた後に「はいはい緋紗子様」とわざとらしく言ってみせた。

 翔は、今関西の方に大学に通っており一人暮らしをしている。……まぁお嬢様もあっちの方の大学だから一人暮らしというよりも同棲の方が正しいのかもしれないけど。



「緋紗子、お前さ。就職はどうすんの」


 翔がカバンから携帯を出しながらそう言う。翔やお嬢様はまだ大学の二年生だが、私と礼司様はもう三年生でそろそろ就職を考えなければいけない時期である。



「私も礼司様も朝比奈の家に就職のつもりだけど」


 翔は私のその言葉を聞いて露骨に嫌そうな顔をした。

 礼司様は跡取りだし、勿論朝比奈の会社に勤める。私は翔と違って特に朝比奈の家にも山下の家にも嫌悪感を感じていないので勿論、朝比奈の会社に勤めるつもりだ。



「翔はどうなの。そのまま芸能界でも入るつもりなの」

「ありえないね」

「……マジで?」

「マジで。モデルなんて小遣い稼ぎって言ってたよね、俺。普通に朝比奈の会社で働くつもりだし」


 こいつ、本気でモデルを小遣い稼ぎに考えていたなんて。

 私は翔が朝比奈の家で働こうとしているなんていう事を初めて聞いて死ぬほど驚いてしまった。

 翔は脳みそゆるふわなのに大丈夫か……いやでもモテオーラが……なんて考えていた時今までスマホの画面に指を滑らせていた翔が、耳にスマホを当てだした。誰かから電話が来たようだ。



「エミカ」


 電話に出た一発目、翔がそう言った。

 エミカ、ですとな……?

 翔の分際で、「お嬢様」抜きで「エミカ」なんて呼び捨てするなんて。


 今日は何時に帰るだの、何が食べたいだの、早く会いたいだの。つらつらと翔は告げた後にぴっと電話を切った。


 じとっとした目で私が翔を見ているのに気づいたのだろう。翔は顔を上げた後に「何」とだけ眉を寄せて言った。



「翔」

「……なに」

「私が何を言いたいか分かる」

「全く」

「エミカお嬢様、でしょう」

「でたよカルト」


 翔はタバコを箱から取り出しながら呆れたようにそう言う。

 そして火を付けてまた煙を吐いた後にじとっとした目で私を見た。



「彼女なんだから、お嬢様なんて呼ぶほうがおかしい」

「……そんな事ないわ」

「……あのさ、緋紗子もしかしてお前って」


 まだ、礼司の事「礼司様」って呼んでんの。翔が煙を吐きながらそう言った。

 ……残念ながらご名答である。


 翔は私がぐっと押し黙ったのに気づいたようで「やれやれ」なんてわざとらしく言った。ムカつく。

 だってしょうがないじゃないか。生まれてきてからずっと「礼司様」と呼んできたのだから。……本当は翔みたいに、呼び捨てしたいんだけど。



「相変わらずの主従関係だね」

「……うるさいわよ、私は翔と違って、礼司様をリスペクトしてるから様付けしてるのよ」

「礼司のどこをリスペクトしてるわけ」


 翔が楽し気にそう言った。

 リ、リスペクトしてる所……。



「キュ、キューティクル?」


 そう言うと、翔は柄にもなく爆笑した。

 しょうがないじゃないか!そんな事突然言ってもポンポコ出てくるわけではないし。あ、でもここで「あんたはじゃあどうなのよ!」なんて言えば翔にお嬢様の事に付いて半日程語られそうだからやめとこう。



「ああ、あと俺ら結婚するから」

「……はぁ!?」


 あと、って何よ。

 それ一番大事な事でしょうが!とキレれば翔はタバコの煙を吐きながら笑った。

 どうにも翔もエミカお嬢様も成人したから結婚するとの事。相変わらずこいつら生き急いでるな……。












「翔もう帰ったわけ!?」


 思いっきり翔と遊ぶ気マンマンだったらしい礼司様は、私の大学に車でやってきたなりそう言った。

 翔もこっちに泊まっていけばいいのに、エミカお嬢様がどうちゃらこうちゃら言ってサッサと新幹線に乗って帰ってしまった。もうあのバカップルが恐ろしい。



「あーせっかく翔と飲みに行きたかったのに」

「また伝えときます」


 翔はあまりこっちに帰ってこない。まぁエミカお嬢様もだけれど。

 なので礼司様も今日は久々に翔に会える!と楽しみにしてたのだろう。かなりがっくりと肩を落としていた。



「……まぁいっか。ヒー子、今日二人で飲みにいこ」

「はい、礼司様」


 そう言えば、礼司様の手がにゅっと伸びてきて私の手を取った。



「今日は礼司様に話したい事、沢山あります」


 そう言えば、礼司様は笑いながら「別れ話だけは勘弁」なんて言った。

 翔とエミカお嬢様が生き急いで結婚しようとしている事。翔が大学生活が終わればこっちに帰ってきて朝比奈の会社に入るつもりである事などなど。とりあえず今日は話す事盛りだくさんである。


 それが全部話終われば、ちょっと酔ったフリでもして「礼司」なんて呼び捨てしてみようかな。なんてね。


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