山下緋紗子・本編後の番外編1
小百合視点
「流石ですヒー子様!」
そんな声が聞こえた。俺はその声のする方向に足を進める。すると廊下の片隅に人だかりができていた。
ヒー子リスペクトな声がしたからには、そこにヒー子が居るのだろう。その人だかりの中に行くと、机を二つ並べた上に沢山の写真を並べているヒー子の姿が。
「……何やってるんですか緋紗子さん」
「さ、小百合さん!」
びく、とヒー子が俺の声に肩を揺らす。そしてくるりと俺の方を見る。しかし机の上の写真をどうにも俺に見てほしくないようで、背中で隠しながら写真を片付けている。
「み、皆さん授業が始まりますよ……」
ヒー子はそう言って顔をひきつらせたまま他の女生徒たちを教室に帰す。
……ヒー子は一体何を隠したのだろうか。こんな風に隠されると尚更気になるではないか。
「緋紗子さん何してるんですか」
「え、ええー何もしてませんよ」
そう言うヒー子。するとはらりとヒー子が必死に隠していた写真が床に落ちる。それを俺が拾うとヒー子は顔を真っ青にさせた。
その写真は、山下翔の写真だった。何という名前だったか忘れたが、テレビで見たことのある観光名所をバックに山下翔が笑っているそんな写真。そこには300円と書かれた付箋が貼ってある。
……ああ、そういえばこの写真、エミカ師匠と山下翔がフランス旅行に行ってる時に一杯送られてきたうちの一つだ。
「……緋紗子さんもしかしてさ、エミカ師匠と山下翔の写真売ってる?」
「ああ、えーっと、その、なんていうか……」
ヒー子は必死に言い訳を考えているようで、あのそのと言っている。
考えるにヒー子もエミカ師匠から写真が送られてきていてそれを現像してビジネス展開していたのだろう。
「だって翔って凄い人気ですし……」
「やっぱり姉の特権は使うべきというかなんというか」
なんか、山下翔がヒー子の事を嫌っている理由が分かった気がする。
じと、とした目でヒー子を見ればヒー子は良心が痛んだのか「うっ」と言う。
「緋紗子さん金持ちじゃん。別にこんな事しなくても」
「私の家は金持ちじゃないですよ。お給料もありますけど、それは全て学費に回してますし。しかも朝比奈家からもらったお金で礼司様にプレゼントなんか買っても……」
ヒー子はしまった、という表情で俺を見る。
なるほど、ヒー子は朝比奈家から支給されるお金以外で礼司にプレゼントを買いたいのか。
「自分でお金を稼ぐ方法なんてこれしか思いつかなくて……」
「いや、山下翔の写真売ってる時点で他力本願だから」
ヒー子って、頭いいくせにこう言う所頭悪いな。山下翔は、勉強面はゴミだけど人間としては頭良いのに。全く正反対の兄弟である。
山下翔の、写真を撮っているエミカ師匠に向けられたであろう笑顔。山下翔は確かに第一学年の人気ものだからこの笑顔写真を求めて多くのお姉さま方がお金を落としていったのだろう。
「その写真、すっごく売れてるんですよ。翔が笑ってるなんて珍しいから」
「……ふーん。自分も買っとこうかな」
もしかしたら将来、山下翔が有名になった時でもネットオークションに出せばそれこそ売れそうだし。
ヒー子は突然目の色を変えて、隠していた写真をばっと机の上に並べはじめた。商売開始、との事であろう。
「この写真が一番のレアですよ! 翔が半裸で寝てるの!」
「これアングル的に絶対エミカ師匠が撮ってるよね」
「多分事後」
「売るな」
5000円という破格の価格が書かれたその写真をびりぃと破る。
ほんとにヒー子はトンデモない銭ゲバである。
俺にぶつぶつと文句を言いながら、ヒー子は多くの写真の中からとある一枚の写真をぴっと俺に見せた。その写真は、エミカ師匠と山下翔が手を繋いで歩いている所を後ろから撮ったのであろう写真。
「……これ、誰が撮ったんですか? あのフランスの旅二人で行ったのに」
「朝比奈家の使用人ですよ。お嬢様に何かあれば大変ですし、護衛であの二人に付いて行って下さっていた方が居るんです。……まぁほぼ道案内係と写真係になっていたようですけれど」
確かにあの二人だけで行けば、道に迷いまくって日本に帰ってこれなかったかもしれない。というより搭乗手続きの時点でもうアウトくさいか。
「……じゃあこれ買う」
「それ、一番人気ですよ」
ヒー子も俺も多分同じような気持ちだったようで、二人して顔を合わせて少し笑った。
「エミカ師匠、これ良い写真ですね」
「えー、小百合さんこれどうしたの!? エミが送った写真現像したの?」
「いや、緋紗子さんが売ってた……」
そう言うと、目をまんまるにさせたエミカ師匠が「えー!」と声を上げた。ヒー子、あの二人に無許可で売ってたのかよ。
ちなみに、ヒー子はその後めちゃめちゃ礼司に怒られたらしい。