悪役令嬢ドロシーちゃん
2014.08.30に書いたらしい。
3854文字。
はぁーと、こめかみを押さえながらボロアパートのさびれた階段を上る。
階段を上がるたびに近所のスーパーで買い物をした為、手に持っているスーパーの袋が足に当たってがしゃがしゃと音を立ててうるさい。
今日もとにかくバイトがだるかった。
私は今日のウゼェ客の事を思い出してまたため息をつく。そして、自分の部屋の前に立ち、きもいマスコットの付いた鍵を取り出し部屋の鍵を開けた。
「ただいま」
そう言うが勿論返事はない。
ぱ、と電気を付け買ってきたものと自分の荷物を机の上に置く。
四畳半のボロアパート。
大学生になって始めた一人暮らしだが、生活水準は最悪。ボロアパートだし、金は無いからオサレな家具なんかないし。
ほんとに生きる為のものだけがそろった、そんな部屋。
朝から引きっぱなしのお布団が魅力的に俺を誘っているが、我慢我慢。とりあえずご飯を食べなければ。
そう思って冷蔵庫を開けた、そんな時だった。
「もうやってられないですわー!!」
そんな声と共に、ばん。と俺の部屋の扉が開く。
するとそこには、綺麗なブロンドの髪に青い目。そしてフリッフリのドレスをきたお嬢様が立っていた。
どうみても、私の靴が転がっている玄関ともいえない靴置場スペースにも似合わない人外人お嬢様だ。
「……だれあんた。強盗!?」
謎のお嬢様は目をパチクリとさせて俺を見た。
お嬢様強盗?なにそれ新しすぎ。なんて思いつつ俺はばっと棚を開けて包丁を取り出した。
謎のお嬢様は俺の姿を見ると「ヒッ」と声をあげ、壁にへばりついた。
……俺と謎のお嬢様の無言の時間が過ぎる。
「あ、あのう?あなた殺人鬼?」
「俺からも質問。あなた強盗?」
また無言の時が。
かち、かちと秒針が時を刻む音がやけに耳に付いた。
とりあえずなにこれ。なんて思っていた時、先に口を開いたのは謎のお嬢様強盗(仮)だった。
「私、『よろ☆ぷり』という乙女ゲームの悪役令嬢こと、ドロシー・ディーゼルと申します」
すっと足を引いて。そしてドレスを持ち上げお嬢様強盗(仮)はそう言う。
とりあえず言っていることの九割が理解できなかった。こんな謎の状態でも、とりあえず挨拶されたから挨拶し返すか、何て俺の脳みそは呑気極まりない選択をした。
「あ、はい。俺は糀谷潤です」
包丁をもったまま自己紹介。なんというカオスな空間であろうか。
ドロシーと名乗る女性は部屋をきょろ、と眺めまわす。そしてにこと笑った。
「ここは物置かなにかですか?」
うるせぇ。ドロシーというお嬢様は俺の部屋をきょろきょろと見渡す。
訳も分からなすぎると脳みそも麻痺するようで、とりあえず俺はドロシーというお嬢様を自分の部屋に入れてちゃぶ台の前に座らせた。
土足のまま上がろうとするのを阻止し、無理やり靴を脱がせた。ひっぱたかれたりでもするかと思いきや、案外ドロシーというお嬢様は「まぁ!脱ぐなんておもしろい!」とノリノリであった。
包丁を洗い場に置いた後、自分もドロシーというお嬢様に向かいあうように座る。
「私、まだ状況が掴めていないのですが……」
「どう考えても、知らない謎の外人が部屋に転がりこんできた俺の方が状況掴めてないのに決まってるよね?」
そう言うと、ドロシーというお嬢様は少し首を傾けた後に説明を始めた。
自分は「よろ☆ぷり」というヨーロピアンな雰囲気のゲームの世界の人物である事。そして毎日毎日固くてまずいパンばかりの日々に嫌気が差し、「もうこんな世界はいや!」と叫びドアを開けるとなんと、ライク物置の俺の部屋だったらしい。
……いや、全然状況が掴めん。全く意味が分からん。
「私、世に言う悪役令嬢でして。只今メインヒロインを邪魔しまくっているのですが……美味しくないご飯ばかりでもうやる気がでませんの。そうしたら、『悪役令嬢としての自覚が足りない』なんて怒られてしまいまして……もうイヤー! と思って逃げ出して、扉をばんっと開いたらこの部屋に居たんですの」
「うん、ごめん。もう一回説明されても意味不明」
とにかく、これ以上説明されても意味が分からない事には変わりはない。
そんな時、ドロシーというお嬢様のお腹が盛大に鳴った。
彼女は恥ずかし気にお腹を押さえた後、俺をちらと見る。
「……ご飯作ってあげよっか?」
とにかく全く意味は分からないけれども、ドロシーというお嬢様が美味しいご飯が食べたくて逃げ出してきた。という事だけは分かった。
ドロシーというお嬢様は、俺の言葉に大きく頷く。
「じゃあドロシーちゃん、ちょい手伝って」
「ド、ドロシーちゃ、ちゃん?」
「あ、ごめん。昔俺が読んでた漫画のキャラ、ドロシーちゃんって呼ばれてたから。イヤだったらやめるけど。ドロシー様とかの方が良い感じ?」
「い、いえ! では私も潤ちゃんとお呼びしますわ!」
潤ちゃんねぇ、なんて苦笑しながらよっこいせ、と立ち上がるドロシーちゃんに俺はまた苦笑した。
すっからかんの冷蔵庫を見て、少し固まってしまう。今日買い物をしたと言えども卵やら牛乳しか買ってきていない。やばい。
……卵、朝の残りのご飯……思いつくのはチャーハン。
でもどう考えても西洋系のドロシーちゃんにチャーハンを作るなんて喧嘩を売っているようなものではないのか。……まぁいっか、美味しいもの食べたいって言ってるし。いきなり俺の部屋に転がり込んできたドロシーちゃんが悪い。
卵とチャーハンの素(市販のやつ)を出すと、ドロシーちゃんはそれを見て首を傾げた。
俺がご飯をお茶碗に取り、フライパンを火にかけ油を敷く。
ドロシーちゃんは、フライパンやガスコンロにもっと驚くかな?と思っていたがそんな事はなかった。
「……ドロシーちゃん、こういうの珍しくないの?」
「あら、私調理場になど立った事がないので分かりませんわ。いつも座れば料理がでてくるので」
なるほどね。
油をたっぷり引いたフライパンにといた卵とご飯をブチ込みかき混ぜる。そして暫くして市販のチャーハンの素をさらさらとふりかけ、また炒めた。
「潤ちゃん潤ちゃん、それは何ですの? その粉を入れた瞬間とても良い匂いがしてきましたわ」
「んー魔法の粉」
じゃじゃと炒めながらそう言う。
めんどくさくてそう言ったのだが、ドロシーちゃんは思いっきり信じきったようで「まぁ素晴らしい!」なんて目をキラキラとさせていた。
はむはむ、とドロシーちゃんは無言でチャーハンを食べている。
口に合うだろうか、なんて心配は無用だったらしい。ドロシーちゃん、なかなかの雑食である。
「ひゅんひゃん、おいひいへふわ」
「うん、食べ終わってから喋って」
こういうお嬢様ってマナーとかしっかりしているんだと思っていたけれど。そうでもないらしい。俺は、無言でチャーハンを食べるドロシーちゃんを見て少し苦笑した。
最後の一口を名残惜し気に口に含むと、ドロシーちゃんはスプーンを置く。
「潤ちゃん、とっても美味しかったですわ!」
「ドロシーちゃん、御馳走して」
そう言うとドロシーちゃんは首を傾けた。
俺がごちそうさまの意味と仕方を教えると、ドロシーちゃんは目をキラキラとさせた後に手を合わせてごちそうさまでした!と言った。
「ライスのパラパラ感がたまりませんでしたわ! 私、毎日同じ食事ですの。もう飽きてしまいましたから、潤ちゃんのご飯は本当に美味しく感じましたわ」
「え、毎日同じなの」
「そうですわ、だってゲームのキャラですもの。ゲームだって毎日の食事の絵が変わる程作りこまれていませんし……」
なるほどな。そう思うと突然目の前のドロシーちゃんが可哀想に思えてきた。
「ドロシーちゃん、俺の部屋、すぐ来れる?」
「……分かりませんけど、さっきと同じ方法ならすぐに来れるんじゃないでしょうか」
ドロシーちゃんがそう言うので、一回ドロシーちゃんで実験を行う事に。
扉を開ければ普通に元のゲームの世界に戻れて、そして「もうやってられないですわー!!」と叫びながらドロシーちゃんの部屋の扉を開けると、俺の部屋に繋がる。という事が判明。
その日から、ドロシーちゃんはお腹が減るたびに俺の部屋にやってくるようになった。
「ドロシーちゃん、今日はオムライス」
「ま、まぁ! ……美味しい、美味しいですわ!! 卵のふわふわ感と、酸味のきいたライス……潤ちゃん、何杯でもいけますわ!」
「あーそ、そう言ってもらえると嬉しい」
バリムシャしていく代金といっちゃなんだが、ドロシーちゃんは自分の世界の面白い話をしてくれる。
「今日はメインヒロインにこんな事を言われましたの!」なんてむきーと怒るドロシーちゃんに苦笑したり、一緒に打倒メインヒロインの作戦を立てたりだとか。
一人暮らしには変わりないけれども、俺の部屋には時たま悪役令嬢が訪れる。
美味しいご飯、食べさせて頂戴なんて笑いながら。
俺は今日も「ああ今日はドロシーちゃんにこれ作ってあげよう」なんて思いながら、このボロアパートのさびれた階段を上るのだ。