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現の蝶  作者: 鮎弓千景
action1 現在:西暦二〇五〇年
7/45

action1/4 独立守護組織 蝶⑵

 「紡君」

 「……はい」


 激痛の波が引いて疲れていた紡は咲夜からの呼びかけに反応が遅れた。

 対して咲夜はそんな紡を気にすることもなく、最も重要な質問を投げかけた。


 「率直に聞きたいんだけど。……君は、今回の事件についてどう思う?」


 投げかけられた質問は難しいものだった。

現在までに至って、なにか有力な情報があるわけでもない。確定しているのは、暴走状態に至るまでの段階と症状くらいだ。


 「あくまで憶測に過ぎないのですが。私は、今回の暴走事件は……いえ、もちろん今までのも含めて、です。これらについては、何かしらのウィルスによる感染ではないかと考えています」

 「ウィルスか……」

 「はい」


 そう、あくまでこれは憶測。それを前提に、紡は話を続ける。


 「最初、私はバイオテロを可能性の一つとして浮かべました。ですが、咲夜さんも知っての通り、加害者は皆ラボでの調整を終えたばかりであることが分かっています。バイオテロなら、少数の被害だけではなくてもっと多くの被害が出るはずなんです。ですから私は、これはバイオテロではなく、ラボでなんらかのウィルスが紛れ込んでしまい、調整の段階で加害者達に感染したのではないかと考えています」


 今の段階で分かっているクローンの暴走段階は全部で五段階。加えて、その症状も明らかとなっている。


 暴走段階と症状が確定しているのなら、何故初期段階で拘束や捕獲をしないのかと、以前人間の住民から苦情という名の抗議の声をもらったことがある。


 初期段階というのは、所謂レベル1もしくはレベル2の状態である。実は暴走者のほとんどがこのレベル1・レベル2の段階を丸々飛ばしてレベル3・レベル4からなのだ。

 たまに全段階を飛ばしていきなり暴走状態、なんてこともざらではなく。


 もしレベル1からとかであれば、早くに捕獲し細胞・組織を病理解剖に回せて、今頃はとっくにワクチンの類が出来ていたかもしれないが。

 残念ながら、今のところ初期段階での暴走者はいないため、捕獲しようにもできない状態が続いている。


 「ウィルスによるクローンの集団感染、か。その可能性も視野に入れておくべきだね。人間の感染者は出ていないわけだけど。警戒は強めていかないと。あと一番いいのは、加害者から何かしら情報を聞き出すことなんだけどね……」


 できないんだよね、聴取、と咲夜は頭を抱えこんだ。紡も小さく溜息をつく。

 加害者からの聴取は極めて絶望的である。彼らのほとんどがレベル5、つまりは末期段階であり、意思疎通が完全に図れないのだ。


 暴走者は皆ラボに収容されるようになっている。以前こちらから問いかけてみようと試みたが無駄足だった。頑丈な鉄扉の向こうから、興奮した相手の咆哮。飛びかかろうと扉に何度も体当たりをしていた様子を紡は思い浮かべた。


 下手にこちらから問いかけてみようものなら、相手を刺激してしまう。例え鎮静剤の類で無理に鎮めたとしても、相手は理性を失った謂わば獣同然だ。意思疎通は図れないどころか、まともな会話すら望めないだろう。


 「地道に調べていくしかないですね」


 結局、いくら話し合っても最終的に導き出される答えは同じだった。有力な情報が得られないのなら、地道な調査を続けるしかない。


 「挫けずに、根気強く……ね」


 紡の言葉に咲夜は言葉を付け足す。もう何度目かになる、二人だけの事件の憶測についての推論。本当であれば、会議を開くのが一番なのだが。パピヨン全員が揃うのは月に一回あるかないかである。


 咲夜が近いうちにパピヨン全員に通達を出すとのことで話は終わり、紡は自室に戻ることになった。


 色んなことから解放され自由の身になったがそのまま自室に戻ることはなく、紡は今までの射殺されず何とか捕獲に成功した暴走者達を収容したラボに足を運んだ。




 「やっぱり無駄足だったか」


 自室に戻って盛大にベッドに寝転がる。体の重みで微かにベッドが軋む音がした。体全体が柔らかい毛布に包まれて心地よい。

 ラボに向かった理由は無駄とは分かっていたが、暴走者達にもう一度話を聞こうと思ったからに過ぎない。


 結果、何も得られなかった。暴走者は紡を見るや否や誰もが興奮して襲いかかってこようと暴れた。強固な扉の覗き窓から見える赤い瞳、口をこれ以上ないくらいに大きく開けて放たれたのは言葉ではなく、咆哮。


 こちらから事件前のことについていくつか質問を投げかけたが、返ってくるのは言葉とは思えない呻き声と後は咆哮のみで収穫にもならなかった。


 ただ何をするわけでもなく、天井をじっと見つめていると次第に微睡んでくる。現実と夢の境が曖昧になる感覚を自覚しながら、紡は微睡みに身を任せた。




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