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九月十七日、潜入調査の翌日。紡は十夜の部屋の前に来ていた。訓練の時間になっても彼が一向に出て来ないから、心配で様子を見に来たのだ。
(……昨日の今日だもんね)
昨日の咲夜の話が脳裏に浮かぶ。紡自身も確かにショックを受けた。だが、どんなに現実から目を背けたとしても、突きつけられた真実からは逃げられない。それは逃げただけで、受け入れるのを先延ばしにしただけに過ぎない。
早々に事実を飲み込んで理解した紡は、十夜のショックと動揺が痛いほどよく分かる。咲夜に殴りかかろうとしたくらいだ。
ドアをノックしようと手を伸ばしては引っ込め、また伸ばしては引っ込める。それは他人から見れば奇異にしか映らない。だからなのか、突然掛けられた声には驚かされた。
「十夜の部屋の前で、何やってんの?」
声の方へ顔を向けると、ラフな服装をしている黒髪の男の人が不思議そうな目で紡を見ていた。まじまじと顔を見つめてみるが、見たことがない。
十夜に負けず劣らず、整った顔立ち。陶器のような白さまでとはいかなくても、健康的な肌色。こんな顔立ちの人、一度でも会えば顔を忘れることはないだろう。
「あの、どちら様ですか? ここは一般人の立ち入りは禁止のはずですけど」
不審がって声を掛けると、男の人はひどく可笑しそうに笑った。腹を抱えて笑う男の人を、ただ不審な目つきで見つめる。
「はぁー……久々だな、こんなに笑ったの。そっかそっか、自己紹介がまだだったっけ」
眦に残った涙を拭ってから、すっかり失念してたわ、と頭を掻いた。
「俺は蝶の主力メンバーの一人、黒蓮 白哉。はじめまして、弓槻 紡ちゃん」
黒蓮 白哉。歳は紡や十夜より三つ年上。咲夜がくれた蝶の主力メンバーリストに載っていた名前だ。そして改めて顔をよく見ると、リストに載っていた顔写真と同じであることに気付いた。
初めて会ったとはいえ、顔を見れば気付くはずなのに。いくらなんでも先輩に対して失礼すぎる。
「すみませんっ。先輩とは知らず、失礼な口を聞いてしまって」
「気にしなくていいって。まあ、礼服着てなきゃ一般人と大差ないからさ」
これからよろしくな、と白哉は明るい笑顔を見せた。
「は、はい。よろしくお願いします」
深く頭を下げてから上げると、白哉は顔から笑顔を消して怪訝そうに十夜の部屋のドアを睨みつけている。
「で、何で十夜は柄でもないのに引きこもってるわけ?」
「それが……」
紡は全てを白哉に話した。自分達がクローンの始まりと呼ばれている最初のクローンであること、優秀な科学者のクローンであること、それを咲夜は知っていながら今まで隠していたこと。
出会って間もない白哉に、自分達もつい先日知ったばかりの重要な過去を気軽に話していいものなのか。少し迷ったが、少なくとも白哉は自分が思っているより、悪い人ではないと分かったからだ。
立ち振る舞いはもちろん、決して人の目から視線を逸らさない。話を真剣に聞く姿勢が紡の信頼を得たのだ。
「なるほどね」
一通りの事情を聞いた白哉は、両手を頭の後ろに持ってきて組む。そして何を思ったのか、十夜の部屋のドアを思い切り蹴破った。蹴破ったことに驚いている紡を余所に、白哉は飄々と中に入っていく。




